中国を経由してラオスに逃れた脱北者9人が5月28日、ラオス政府によって違法入国者として脱北のコースをそのまま逆にとって中国を経由して北朝鮮に強制送還されたという。
《韓国外務省 新聞情報把握せず》(NHK NEWS WEB/2013年5月30日 17時46分)
記事題名は韓国の有力紙「東亜日報」が5月30日、9人の中に日本人拉致被害者の女性の息子がいたと報道したことに対する韓国外務省の反応に由来する。
東亜日報記事はその女性を「1970年代に29歳のとき姿を消して2006年に拉致被害者として認定された」と特定していて、「NHK NEWS WEB」記事は鳥取県米子市の自宅を出たまま行方不明になった松本京子さんを指していると見られると解説している。
チョ・テヨン韓国外務省報道官(5月30日記者会見)「知らないので、説明する内容もない」
記者「日本政府から事実関係について問い合わせがあったか」(解説文を会話体に直す)
チョ・テヨン韓国外務省報道官「確認する」
報道官は日本メディアから同じ趣旨の質問が繰返されたが、「知らない」の一点張りだったという。
記事には書いてないが、人道問題が絡んでいるから、安倍晋三の歴史認識発言に端を発した日韓関係冷却からの突き放した態度ではないはずだ。
脱北者団体によると、中国経由ラオスへの脱北はラオスが強制送還する心配のない安全なルートだとされていて、今回のラオス政府による強制送還は異例だとしていると記事は解説している。
このラオス政府の5月28日強制送還に対してアメリカに本部を置く国際的な人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチが2日後の5月30日に直ちに反応、脱北者が北朝鮮に強制送還されれば危害を加えられることは予想できたと声明を発表し、ラオス政府の対応を非難、中国経由の送還であることから、「中国は難民認定の義務を果たさず、人権を無視した」と中国を併せて非難、北朝鮮に対して「9人が国から逃げたことについて報復や危害を与えないよう保障しなければならない」と9人の安全を保障するよう強く求めたと、《人権団体 脱北者強制送還のラオスを厳しく非難》(NHK NEWS WEB/2013年5月30日 15時29分) が伝えている。
時事通信社が5月30日、ラオス外務省当局者に電話取材して9人の脱北者の中に日本人拉致被害者の女性の息子が存在したのか確認したところ、「承知していない」と回答したという。
ラオス政府は承知していたとしても、「承知していない」と答えるだろう。問題を大きくしないためだけではなく、一旦北朝鮮に強制送還した以上、北朝鮮が9人をラオスに戻すことはあり得ないから、9人に関しては一切がラオス政府の手から離れて、もはやどう動かすこともできないからだ。
中国政府に確認したとしても、「承知していない」と答えるだろうし、北朝鮮は否定するのは分かり切っている。
5月31日に国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が北朝鮮に戻れば9人の身に危害が加えられる恐れがあるとして中国とラオスの措置に深い失意を表明。《脱北者9人の送還に「失望」=国連》(時事ドットコム/2013/06/01-01:08)
〈OHCHRによると、9人は全員が孤児で、このうち5人程度が未成年という。その上で、「北朝鮮に送還されれば、厳しい処罰や虐待を受ける可能性が高い」(報道官)と指摘。危害を受ける恐れがある国に送還しないとする難民保護の原則が尊重されなかったとした。〉と記事は書いている。
対して日本政府の対応。《ラオスの脱北者に拉致被害者息子か~韓国紙》(日テレNEWS24/ 2013年5月30日 16:56)
5月30日朝の記者会見。
菅官房長官「そうした報道があったことは承知しております。拉致被害者の安否にかかわる情報については、普段から情報収集に努めており、本件についても関係国と連絡を取るなど、事実関係について、今、鋭意確認中であります」
記事解説、〈菅官房長官はこのように述べ、外交ルートを通じて、ラオスや韓国など関係国に事実関係を確認していることを明らかにした。 〉・・・・・
《「拉致被害者の子」報道 慎重に調査》(NHK NEWS WEB/2013年5月30日 12時15分)
記事題名の「慎重に調査」は韓国政府の動向を伝えたもので、日本政府のではない。松本京子さんの兄の孟氏の発言を紹介したあとで最後に、付け足しというわけではないだろうが、菅官房長官の同じ5月30日午前の発言を伝えている。
松本孟氏「けさ、日本政府から、事実関係を調べているという連絡があった。今のところ、韓国の新聞だけの話なので何とも言えません。政府には、事実関係を解明してほしいし、仮に事実であれば一刻も早く妹が日本に帰れるようお願いしたい」
菅官房長官「拉致被害者の安否に関わる情報については、ふだんから情報収集に努めており、報道についても関係国と連絡を取るなど、事実関係を今、鋭意確認中だ。すべての拉致被害者が生存されているという前提の下で情報収集・分析を行っている」
なぜ日本政府は第一番に人道的観点からラオス政府に直ちに抗議しなかったのだろうか。強制送還された9人の中に日本人拉致被害者の関係者が入っていなければ問題はないというわけではあるまい。
もし問題はないと見ているなら、9人の脱北者を日本人拉致被害者の観点からのみ見ていて、人権の観点からは見ていないことになり、何人(なんぴと)もその人権は尊重されるべきだとする人権感覚が疑われることになる。
日本とラオスは1955年3月に外交関係を樹立、58年が経過している。抗議できない関係ではないはずだ。
日本人拉致被害者の関係者が存在するしないに関わらず、人権尊重の観点から強制送還を抗議することによって、次の強制送還を阻止する手立てとし、その手立てを生かすことによって次の人権無視――非人道的措置を防ぐことが可能となる。
そのように脱北者の脱北を守る=人権を守る手立てを講ずることによって、守ることができた脱北者の中から日本人拉致被害者の情報が韓国政府経由等で手に入る偶然に恵まれる可能性も生じる。
勿論、脱北者の中に拉致被害者の関係者が存在していたなら、有力な手がかりが手に入る重要な機会となる。
逆に強制送還が続いたなら、脱北者の中に仮に日本人拉致被害者の情報を持っていたとしても、持っているという情報はもたらされることはあっても、それがどのような情報内容なのか、具体的な点までは殆どの場合、確認できない状態――未確認情報と化すことになるはずだ。
当然、日本政府は人権擁護を優先事項として、日本人拉致被害者に関係する情報獲得への期待のためにも脱北者の強制送還に反対の抗議を声を上げ、その保護に動かなければならない。ラオス政府に対してだけではなく、中国当局の北朝鮮強制送還にも反対し、常に抗議の声を上げなければならない。
だが、日本政府は脱北者の中に日本人拉致被害者の関係者が存在していたのかいなかったのかの事実確認のみに動いて、ラオス政府の脱北者強制送還に対して今以て優先事項とすべき抗議の声を上げていない。これでは拉致解決の本気度がどの程度か窺い知ることができるというものである。
岸田外相が6月1日、アフリカ開発会議(TICAD)出席のため来日中の潘基文国連事務総長と横浜市で会談している。
岸田外相「安倍晋三首相は自分の政権で完全に解決する決意だ」(MSN産経)
すべきことをせずに決意だけ勇ましく語る。