フィリピンの最大の援助国は日本だそうだ。
フィリピンのドゥテルテ大統領がなかなか強かな外交を展開している。2016年10月18日、中国を訪問、10月20日に習近平主席と首脳会談、フィリピン政府が国連海洋法条約に基づいて訴えた中国が南シナ海で主張している領有権は国際法違反だとした2016年7月12日のオランダ・ハーグの仲裁裁判所の判断を棚上げ、いわば中比間の対立問題の解決を先送りし、その見返りに習主席から90億ドルを超える融資の申し出でがあり、民間投資45億ドルを合わせて総額135億ドル(約1兆4000億円)の規模にも上る経済支援を獲得している。
中国訪問の後、一旦フィリピンに帰国、10月25日に日本を訪問。翌日10月26日に安倍晋三と首脳会談。南シナ海で中国が主張する権益に関して、「法の支配を基に平和に問題を解決したいと思っている。我々は常に日本の側に立つつもりだ」と発言したという。
中国では棚上げし、解決を先送りすることで合意していながら、日本では仲裁裁判所の判断の履行を中国に迫っている日本の立場と同調、法の支配に則った平和的解決を口にする。
さらに「私どもは忠誠なる日本のパートナーであり続けることをはっきりと再確認するためにここにやってきた」とも発言したという。
その狙いは日本からの経済支援を引き出すことにあるのは言うまでもない。フィリピンの海上警備能力の向上を図るための大型巡視船2隻供与の他、発展が遅れている地域経済活動支援の円借款供与等の具体策で合意したとマスコミは伝えている。
要するに中国から資金援助・経済支援を受けるために南シナ海問題を棚上げ、その解決を先送りすることで合意し、日本からも資金援助・経済支援を受けるために仲裁裁判所の判断の履行を中国に迫っている日本の立場と同調した行動を取ることを表明した。
但しドゥテルテ大統領は後者を優先させることはできない。優先させたなら、中国の支援が途中で止まる可能性が生じる。
前者を優先させた場合、優先させている間に中国が南シナ海の権益を現在以上に着々と既成事実化し、実効支配をなお一層確立していったあとでは、仲裁裁判所の判断の履行を迫ろうとも、そこに日本を加担させたとしても、今以上の困難に付き纏われることになるのは目に見えている。
それとも現状維持に留めるという密約でもしたのだろうか。だとしても、中国から援助を得るために国際法違反の現状に甘んじたという事実は残る。国が発展し、中国からの援助はが要らなくなったから、南シナ海の問題解決のためにそろそろ腰を上げるでは信義が通らないことになるが、信義など問題としていないのかもしれない。
いずれにしても厄介な賭けに出たことになる。
それを承知のことなら、なおさらに強かな外交手腕ということになる。
ドゥテルテ大統領は10月20日に北京で開かれたビジネス会合で演説して、「軍事的にも経済的にもアメリカと決別する」と発言したとマスコミは伝えている。
さらに10月25日、来日に向けたマニラ空港で米軍の国内基地使用等を可能とする米比防衛協力強化協定について「忘れてくれ」と述べたという。
そして来日翌日の10月26日、都内で講演して、「私は独立した外交政策を追求すると宣言した。恐らく2年以内に外国の軍隊はフィリピンからいなくなる」と述べて、米軍の2年以内の撤退を求めている。
アメリカとの関係を断絶しかねないこの極端な反米感情はドゥテルテ大統領がフィリピン国内で進めている麻薬常用者や麻薬売人を見つけ次第銃で抹殺してしまう、麻薬戦争と呼ばれている過激な麻薬撲滅運動に対してアメリカやEU、人権団体が「超法規的殺人」と批判、問題視していることに対する反発から出ているようだ。
この根拠は10月25日の訪日当日、東京・千代田区のホテルで1000人近い在日フィリピン人を前に講演して、過激な麻薬撲滅政策を非難するアメリカやEUを「お前はバカだ。今頃分かったのか」などと名指しで批判したことに現れている。
しかしバカなのはどっちなのだろうか。
フィリピンの人口は9839万(2013年)。フィリピン政府の危険薬物委員会(DDB)は2012年の調査で全国の麻薬利用者は130万人としていたが、実際は人口の約1割に当たる1000万人近くに上る可能性があると推定されているという。
この膨大な麻薬人口に関して2016年10月26日付の「ロイター」記事、《別リポート:ドゥテルテ氏、虚偽の数字で「麻薬戦争」先導か》が興味深い記述を示している。
〈ドゥテルテ大統領が22年間にわたって市長を務めたダバオ市でも、やはり同じように凄惨な麻薬取り締まりを主導。人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによる2009年の報告書では、ダバオ市では数百人もの麻薬密売の容疑者、軽犯罪者、ストリートチルドレンが暗殺部隊によって殺害されたという。ドゥテルテ大統領は、これらの殺害のいずれについても関与を否定している。
だがこうした取り締まりにもかかわらず、2010年から2015年の警察犯罪データによれば、ダバオ市は依然として、フィリピン15都市のなかで殺人事件の件数で1位、強姦事件の件数では2位にランクされている。〉――
このような犯罪事情から容易に想定される犯罪を生み出している原因は、この記事では触れていないが、貧困の広範囲な広がりである。
フィリピンの経済発展は著しいものがある。《フィリピン経済の現状と今後の展望》(三菱UKJリサーチ&コンサルティング/2015 年3月17日)なる記事には次の記述がなされている。
〈フィリピン経済は、1960~1990 年代にかけて長期低迷に陥っていたが、近年は好調であり、2012 年以降の経済成長率はASEAN 主要国のなかでもトップクラスである。需要面で景気拡大を牽引しているのは個人消費であり、それを支えているのが、在外フィリピン人労働者(OFW)からの送金である。〉――
また、マニラ等の大都市では高層ビルや豪華なショッピングモールが次々に建設されているという。
そのような経済発展の一方で、ストリートチルドレンが街に溢れ、ゴミを埋め立てて山となったゴミ山から売れるゴミを漁って最低限の生計を立てている最貧住民が無視できない数存在しているという。
いわばフィリピンは経済発展が富裕層を増殖させている一方で、その経済発展に取り残すことで貧困層を放置している状況にある。
そして貧困が犯罪を生み出す温床となっている。
では、フィリピンでは富裕層と中間層、貧困層の割合はどうなっているのか、《[フィリピン] 階層別世帯収入 ( アジア )》( この身はフィリピンに預け、心はまぼろしの日本を想う/2013/8/30(金) 午後 2:00)なる記事に日本人商工会議所の月報(2013年1月号)の引用でフィリピンの世帯収入毎の収入の分類と世帯数を載せている。
社会階層 世帯収入月額 世帯数(割合) 日本物価換算収入月額
富裕層 15万ペソ以上 4万(0.2%) 150万円以上
中間層(A) 10万~15万ペソ 18万(0.9%) 100万~150万円
中間層(B) 2万~10万ペソ 380万(20.6%) 20万~100万円
貧困層 1万~2万ペソ 700万(37.5%) 10万~20万円
最貧層 1万ペソ未満 760万(40.7%) 10万円以下
合計 1862万(99.9%)
貧困層と最貧層で1460万世帯を占める。日本の2015年世帯構成人数2.49人に対して2012年のフィリピンの世帯構成人数は4.6人。4年経過した今日、少しは状況は良くなっていると仮定して1460万世帯に4人掛けると、5840万人。
5840万人をフィリピンの人口9839万(2013年)の割合で見ると、約60%を占める。
そしてこの貧困の原因はご多分に漏れず、機会不均衡な教育事情にあるはずだ。
《フィリピンの教育格差と日本人が知らない小学校の特別クラス》(gloleacebu.com/2015/10/09)なる記事に次のような記述が載っている。
〈フィリピンの教育格差
フィリピンでは大学や専門学校など、いわゆる高等教育の就学率は30%と高く、国内には1,600以上の高等教育機関があります。
フィリピンは戦後、アメリカが英語を普及させ教育養成にも力を入れたため、優秀な人材がたくさん育っています。ITや工学、医学、介護などの専門知識を持った彼らは、欧米や中東など世界で活躍をしています。
彼らのほとんどは幼稚園、小学校から、教育設備が充実している私立の学校に通っています。
一方、授業料が掛からない公立の学校は、設備や先生の不足から十分な教育を提供できていません。
また、貧困層の子どもたちも大勢いるため、小学校では30%、高校では50%の生徒が卒業まで在籍せず、途中でドロップアウトしてしまいます。
学用品や制服が買えない、家の仕事を手伝わなければならない、などがその理由です。〉・・・・・・
いくら高等教育の就学率は30%と高く、国内には1,600以上の高等教育機関があったとしても、それらを主として担っているのは富裕層や中間層に限られていて、フィリピンの人口9839万人のうちの約60%もの貧困層に属する生活困窮者が〈小学校では30%、高校では50%〉と途中退学していたのでは、あるいは最初から小学校にすら通っていないとしたなら、満足な就職もなく、貧困が貧困を生むという負のスパイラルに囚われた生活にとどまる確率は高いことになる。
ゴミ山漁りも親を継いで生計の道具としている生活困窮者も存在するはずだ。
そして困窮した荒(すさ)んだ生活の果に麻薬に走ったり、殺人や強姦に走ったりする。
麻薬利用者がフィリピン政府統計の130万人であっても、実際は人口の約1割に当たる1000万人近くに上ろうとも、見つけ次第超法規的に銃で命を奪い、死体の山を築くことで麻薬に手を染める芽を摘んでいったとしても、犯罪を生み出す確率の高い貧困問題を置き去りにしたのでは、社会を浄化したことにはならないことになる。
その貧困対策にフィリピンの最大の援助国である日本の援助は殆んど役に立っていなかった。富裕層の富の収奪により役立ったということであろう。
貧困の解消と教育機会の万遍のない普及こそが麻薬やその他の犯罪を少なくしていく対策であるにも関わらず、ドゥテルテ大統領の麻薬対策に於ける超法規的殺人を批判するアメリカやEUに対して反感を募らせ、オバマ大統領に対してはバカ呼ばわりまでしている。
バカなのはどっちなのだろうか。