安倍晋三が退任後日本の方向に憤激、自衛隊国粋派を糾合・反乱、鎮圧部隊との銃撃戦は戦闘行為とはならない

2016-10-11 12:02:37 | Weblog

 2016年9月30日の衆議院予算委員会で民進党の後藤祐一と防衛相の右翼国家主義者稲田朋美との間で「戦闘行為」とは何を指すのか、その意味についての質疑があった。

 両者の遣り取りを大まかに取り上げて、最後に安倍晋三の答弁で締め括ってみる。

 要するに後藤祐一は自衛隊がPKO派遣されている南スーダンで政府勢力大統領派と反政府勢力副大統領派が武力を用いて勢力争いをしている、2016年7月以降300名が死亡、上旬には自衛隊の宿営地近くで両勢力の間で銃撃戦が行われ、同じくPKO派遣されていた中国軍のパトロール中の装甲車が狙撃されて2名死亡、2名重症、3名軽症の被害が発生している、こういった銃撃戦の発生は戦闘行為の状況にあるのかどうかといった質問した。

 なぜこのような質問をしたかは、ここではその発言を取り上げないが、後藤祐一は後の方でPKO五原則に深く関係するからだと、その理由に触れている。自衛隊がPKO(国連平和維持活動)に参加する際の条件の第1は、「紛争当事者間で停戦合意が成立していること」となっている。

 戦闘行為が発生していることになると、停戦合意が破棄された状態となり、自衛隊は撤退しなければならない。

 「戦闘行為」とはどのような状況を指して言うのか、その定義に関わる稲田朋美の答弁を見てみる。

 稲田朋美「国同士、国と国に準ずる間の紛争であったということではない、戦闘行為とか武力紛争があったということではないということです」

 稲田朋美が言っていることの裏を返すまでもなく、南スーダンの銃撃戦は国内の勢力間の争いで、国同士の争いでも、国と国に準ずる統治主体との争いでもないから、その争いは戦闘行為でもなければ武力紛争にも当たらないと答弁していることになる。

 だが、後藤祐一はこの答弁に納得しない。あくまでも稲田朋美から「戦闘行為」という言質を引き出して、PKO南スーダン派遣の条件が崩れていることの追及に拘った。

 後藤祐一「これだけの銃撃戦があって、戦闘行為にならないのですか」

 対して稲田朋美は同じ答弁を繰返すことになる。

 稲田朋美「委員が戦闘行為という言葉をどういう意味で使っているか定かではありませんが、それが国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺し、または物を破壊する行為と言う意味で使われているものであれば、(南スーダンでの武力衝突は)戦闘行為、法的な意味に於ける戦闘行為ではないということであります」

 稲田朋美「大変繰返しになって恐縮でございますが、今迄の戦闘行為とは何かと言うことは国際法でも答弁さえて、政府の答弁書でもなされております。この中で法的に戦闘行為とは国際的な武力行使の一環として行われる人を殺傷し、または物を破壊する行為と定義づけられております。

 そこで法的に言いますと、(南スーダンでの銃撃戦、あるいは武力衝突は)戦闘行為ではありませんと申し上げております」

 要するに南スーダンの軍事的混乱は国際紛争に当たらないから、両勢力の軍事的行動は戦闘行為ではないとしている。

 この政府の答弁書とは2001年9月11日の米国同時多発テロを受けて米ブッシュ大統領がアフガニスタンに武力行使に出ると小泉純一郎の日本政府はその行動を支持し、海上自衛隊を後方支援のためにインド洋に派遣した状況に対して2001年12月3日提出の「戦争、紛争、武力の行使等の違いに関する質問主意書」への答弁書のことである。

 海上自衛隊の役目は給油活動とされていたが、アフガニスタンで米軍要員等の輸送に直接携わっていたともされている。

 答弁書は次のように答えている。〈テロ対策特措法第二条第三項の「戦闘行為」とは、国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。〉

 但し〈テロ対策特措法第二条第三項の「国際的な武力紛争」とは、国家又は国家に準ずる組織の間において生ずる武力を用いた争いをいうと考える。〉

 要するに南スーダンでの武力衝突は国内の争いであって、「国家又は国家に準ずる組織の間において生ずる武力を用いた争い」――「国際的な武力紛争」に当たらないから、いわば、「国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為」に当たらないために、その武力衝突は「戦闘行為」でないという意味となる。

 簡単に言うと、日本政府がアメリカ及び米軍に協力することを可能とする目的で作り上げた「戦闘行為」の定義ということであろう。

 埒が明かないと見たのか、安倍晋三が答弁に立つことになった。

 安倍晋三「先程来、稲田大臣が答えているのは、政府の戦闘行為という定義は先程稲田大臣が答えた通りなんです。国際的紛争の一環としてのですね、この武力衝突によってですね、人を殺傷したり、あるいは物を壊すという戦闘行為ということを政府として定義しておりますから、後藤さんのつくった定義で答をと言われてもですね、なかなか答えようがないわけでありまして、国際紛争がなくて国内に限った中に於いてですから、人が殺されたり、物を壊されたりすることはある、このように答えているわけでありまして、これを我々がまた戦闘行為と言えば、戦闘行為の解釈を変えることになりますから、稲田大臣はあのように答えているわけであります」

 アフガニスタンでの政府軍とタリバンの武力衝突も、タリバンは国内勢力なのだから、国際的な武力紛争の一環として行われる武力衝突ではないから、その武力衝突は戦闘行為に当たらない。

 イラクのサダム政権崩壊後の国内混乱は政府軍と国内勢力の反米武装勢力等との武力衝突だから、両者間の軍事衝突は戦闘行為に当たらない。

 では、ウクライナのクリミアでのロシア派武装勢力とウクライナ軍との武力衝突は国際的な武力紛争の一環ではない、国内の勢力同士の戦争だから、それぞれが行っていることは戦闘行為ではないということになる。

 もし安倍晋三が退任後政権交代が起きて、その政権が国民の生活を向上・充実させることに重点を置いたリベラルな政策を採り、その財源に防衛予算を削り、自衛隊組織を縮小、縮小に対応させて安倍晋三が成立させた安保法制を廃案、さらには靖国神社に代わる戦没者慰霊の国立追悼施設の建設を計画し実行に移すに及んで日本の方向に不満を持ち、かねてから気脈を通じていた自衛隊国粋派を糾合して日本が進んでいる方向を変えるべく反乱を企てた場合、その鎮圧のために自衛隊本体と戦うことになったとき、例え武器を用いて戦ったとしても国内の勢力同士の軍事行動ということになるから、戦闘行為という態様を取らない軍事衝突ということになる。

 要するに事を小さく見せてPKO派遣をし易いようにするためにコジツケた定義に過ぎない。

 コジツケはいつかは破綻する。

 2016年10月9日放送の「相棒 -劇場版Ⅲ- 巨大密室! 特命係 絶海の孤島へ」を視た。伊原剛志演じるかつて自衛隊員であったが、落馬して膝を痛め、退官を余儀なくされたものの、防衛大学の任命拒否した八丈島に近い孤島の所有者であるかつての先輩に救われ、その孤島で民兵組織のトップとして訓練に励んでいた神室司(かむろ つかさ)は天然痘を使った生物兵器を開発していて、その疑いを探らせるために孤島の所有者が組織に潜らせていたスパイの正体を見破り、スパイとしての処置――その命を抹殺していた。

 馬に蹴られた事故死に見せかけていたが、事故死の検証の名目で生物兵器の存在を探るべく潜り込んだ杉下右京と甲斐享の相棒は事故死が実は神室司による殺人であることを見破り、生物兵器をも発見する。

 逮捕された神室司を東京拘置所に尋ね、そこでなぜ生物兵器を開発するに至ったのかを尋ねる。神室司がその理由を話しているうちにその顔に安倍晋三の顔がダブってきた。

 面会室で待つ杉下右京と甲斐亨の前に神室司が守衛に案内されて現れ、両者を仕切るガラス越に対面する。
 
 神室司「あなた方を少し甘く見ていた」

 甲斐亨「聞かせて貰えますか。生物兵器なんか造ってどうしようと思ったんですか」

 神室司「質問の意味が分からない」

 甲斐亨「生物兵器や化学兵器は国際的に禁止されています。そんなものを造るのは――」

 神室司「テロリストですか」

 甲斐亨「ええ」

 神室司「みんな短絡的に我々のことをテロリストと呼ばわりをする。それは心外だ。我々が生物兵器を造り、所持したのはあくまでも備えですよ」

 甲斐亨「備え?――」

 神室司「万が一やられたとき、やり返すため。それなりの武器を備えていなければ、やられっ放しじゃないですか。(身を乗り出し)やられたとき、あなたはどうやって反撃するつもりだ。

 それともやられたときには友人(アメリカ)が代わりに仕返しをしてくれるとでも思っているのか。もしそうだとしたら、相当オメデタイ。我々が当てにしているその友人は我々に危害を加えるかもしれない連中とも手を組もうとしている。

 約束通りにやられたときにやり返してくれる何ていうのは幻想ですよ。自分の身は自分たちで守るしかないんですよ。そんな簡単な、極く当たり前のことからどうしてみんな目を背けるんだ(吐き捨てるように言う)。

 私は自分から危害を加えたりしない。そこは決定的にテロリストとは違う」

 甲斐亨「だとしても、非合法兵器を持ってもいい理由にはならないでしょう」

 神室司「(大きな声で)そんな、そんなことは分かってる。ならば聞こう。核兵器はよくて生物兵器や化学兵器はなぜダメなのか。核兵器を持っていけない国があるのはどうしてなのだ。一体そんなことは誰が決めたんだ。

 生物兵器や化学兵器は非人道的だからダメなのか。なら、核兵器は人道的な武器なのか。矛盾だらけじゃないか。

 そんな矛盾の中、我々は唯一世界中の誰も侵すことができない権利を持っている。防衛権です。日本を守る権利。私はその権利を行使したいだけなんです。そしてその権利を行使するためにはそれなりの備えが必要なんです。ただそれだけなんです」

 杉下右京「あなたのような方はいずれ可能になったならば、平気で核兵器をお持ちになるのでしょうねえ」

 神室司「当然でしょう。核兵器以上に平和を担保される兵器は存在しません。原子力の平和利用を本気で考えるならば、核兵器を開発スべきでしょう」

 甲斐亨「本気で言ってるんですか?」

 杉下右京「核兵器によって担保される平和ですか。僕にはひどく脆い、危ういものに思えますがね」

 甲斐亨「ええ、人間は過ちを犯します。犯した罪は償わなければいけないけど、事、核兵器に至ってはその過ちをどう償えるんですか」

 神室司「あなた方は重い病に侵されている。平和ボケという重い病に。我々の友人によってもたらされた悲しい病に」

 杉下右京「あなたの方こそ、侵されてますよ。国防という名の流行(はや)り病に」

 場面変わって駅前なのか、多くの人々が行き交う雑踏の中に二人は正面を向いて歩いている。

 甲斐亨「知ってます?サバイバルゲームって、この日本で生まれたんですって」

 杉下右京「そのようですねえ」

 甲斐亨「戦争なんて遠い国の出来事みたいんですかね」

 杉下右京「そもそも何を守るために戦うのでしょう」

 甲斐亨「え?」

 杉下右京「故国ですか、それとも家族や友人、あるいは自らの命。どれも正当です。大切なものが脅かされようとしたら、人はそれを守ろうとする。その結果、相手を殺めることになっても正当化されるんです。

 また、新たな戦いが起きる。殺し合いを繰返し、所詮、命の遣り取りによって大切なものを守るという行為は大いなる矛盾を孕んでいるんです」

 甲斐亨「ええ」

 杉下右京「どっかに出口はないものでしょうかねえ。矛盾のない、晴れやかな出口が」

 甲斐亨「杉下さん(人混みの中立ち止まる)。ありますよ、きっと。出口、ありますよ」

 杉下右京「そう信じたいですね――」

 安倍晋三はアメリカとの同盟を重視しているが、大国意識の強い、そのゆえに安倍晋三の防衛論と神室司の自主防衛論は根っ子のところでは奇妙に重なる。

 大国であることを証明したいメンツから自主防衛と叫び、その自主は大国であることを証明したいがために際限のない拡大へと落ち込んでいく。

 安倍晋三は国民の生命と平和な生活を守ると、それを担保にして軍事力増強に走ろうとしている。

 如何に軍事力を強大化しようと、故国や家族や友人、あるいは自らの命を守らない祖国防衛の戦争もある。日本は75年以上も前に経験している。

 そういった過ちは実際には武器を持って相互に戦う態様を有していながら、「戦闘行為には当たらない」とするごく些細なゴマカシから積み重なっていく場合もある。

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