安倍晋三が2016年10月2日、京都市内で行われた「STSフォーラム(科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム)」第13回年次総会に出席し、スピーチしている。
そのスピーチで第1次安倍政権時代に退陣のキッカケとなった持病の潰瘍性大腸炎に触れて、「薬のおかげで(症状は)ずっとうまくいっている。あんまりうまくいっているので『マリオ』にさせられた」と話し、会場内の笑いを誘ったことを2016年10月3日付の「日経電子版」が「首相「元気すぎてマリオに」 健康不安説の払拭狙う?」と題して伝えている。
具体的には記事の中で、〈リオデジャネイロ五輪の閉会式で、任天堂の人気ゲーム「スーパーマリオブラザーズ」のマリオに自ら扮(ふん)したエピソードを引き合いに、最近の健康不安説を払拭したい意向とみられる。〉と書いている。
安倍晋三の健康不安説が流れていることは知らなかったが、テレビで見ると、顔が赤みががって少々むくみ気味のところに芳しからざる体調のシグナルが出ているように思っていた。
クエスチョンマークが付いているものの事実健康不安説払拭の意向からの発言なのかどうかを確かめるために首相官邸サイトにアクセスして、そのスピーチを採録してみた。
安倍晋三「わたくし、皆さまの会議に随分と参加してまいりましたせいか、ひとつ習慣が身につきました。9月になって、国連総会に出る頃合いになると、科学と技術は社会をどう変えるだろう、とりわけ日本社会をどう変えるだろうかと、いろいろ思いをめぐらせる性癖のようなものが、できたわけであります。
というわけで、今度も日本と、米国の往復の途次、念頭に浮かんだところを以下お話しいたします。
まずは、いましがた申し上げた点を、すぐに訂正しなくてはなりません。というのも、科学と技術が社会を『どう変えるだろうか』などと、問うている場合ではないのでありまして、科学、技術は、何としても、『世の中を変えなくてはならない』。それ以外にないわけです。
糖尿病に例を取ってみます。手遅れにならないよう、血糖値に目を配っておかなくてはなりません。まさしくここで、技術が力を発揮します。例えばの話、皆様がはめておられる腕時計が、血糖値が一定ラインを超すたび、警戒音を出してくれたらどうでしょう。歩くか、ジョギングするか、それとも食べる量を減らすかして、元に戻すことができます。
これが予算に与える意味合いは、もちろん良い意味合いですが、非常に大きなものになるでしょう。と言うのも、いろいろな成人病に要している医療費は10兆円という巨額で、これは教育予算より大きいからです。
私の場合は、マイクロ・センサーのロボットがあったらいいなと思います。腸に抜かりなく目を配って、潰瘍性大腸炎が落ち着いているか見てくれるロボットです。ちなみに、飲んでいるクスリのお陰でずっとうまくいっておりまして、あんまりうまくいっているので、『マリオ』にさせられたりしました。
無線センサー技術はほかにも、介護を受けているお年寄りの方たちに、毎日24時間、目配りをするのにも役立ちます。ロボット・スーツがあれば、お年を召した方や体力の弱まった方が、筋力を取り戻せます」――
先ず自身がスピーチした科学と技術に関する話題は「米国の往復の途次、念頭に浮かんだ」もので、スピーチに当たって考えついたものではないとしている。
安倍晋三は2016年9月18日にニューヨークでの国連総会出席のために政府専用機で羽田空港を出発、国連総会出席後キューバを訪問、米サンフランシスコ国際空港経由で9月24日午後9時頃羽田に戻っている。
健康不安説がいつ頃から囁かれ始めたのか分からないが、要するに9月の「米国の往復の途次」、「科学と技術は社会をどう変えるだろう」と考える過程で思いついた話題だとしているところに、裏を返すと、自分の健康を考えて思いついた話題ではないと暗に断っているところに健康不安説払拭と取られた場合の先を見越した用心を見ることができる。
このような用心は健康に不安を抱えていない人間がするだろうか。
確かに「マイクロ・センサーのロボット」が存在して、そのロボットが腸の状態を常時監視し、自動収集したデータを医者に送って医者がそのデーターを解析してロボットを取り付けている患者の腸の状態を常時把握できるようになれば、定期的に医者の診察を受ける煩わしい手間を省くことができる。薬も代理の者に受け取らせることもできる。
あるいはドローンで配達できるようになれば、代理にわざわざ薬を受け取らせに出向かせる手間も省くことができて、居ながらにして定期検査も薬の受取りも済ませることができる。
但し、「飲んでいるクスリのお陰でずっとうまくいっている」、それも「あんまりうまくいっている」良好な症状の人間が、例え定期検診や薬の受け取りの煩わしさから解放されたいと切に願っていたとしても、「私の場合」はと自身のみを対象としてマイクロ・センサーのロボットを望むだけで終わらせることができるだろうか。
安倍晋三がスピーチで自身の潰瘍性大腸炎に触れる前の発言は厚労省年調査による2014患者数過去最多の316万6,000人、その予備軍2012年調査約950万人の糖尿病を例に取って科学と技術の応用の話に触れていたのであり、自身の潰瘍性大腸炎に触れた後は、厚労省2015年9月調査在宅介護または介護予防サービス利用者約390万人、施設サービス利用者約91万人、実際にはそれ以上存在するはずの被介護者を例に取って科学と技術の応用の話をした。
いわば糖尿病という病気を抱えている不特定多数の患者やその予備軍、介護という世話を受けている同じく不特定多数の多数の被介護者を頭に置いた科学と技術の応用話であった。
安倍晋三自身の持病の潰瘍性大腸炎について調べてみたら、日本の〈潰瘍性大腸炎の患者数は16万6060人(平成25年度末の医療受給者証および登録者証交付件数の合計)、人口10万人あたり100人程度であり、米国の半分以下〉だと、「難病情報センター」のサイトが紹介している。
このサイトは潰瘍性大腸炎を難病の部類に入れ、〈現在、潰瘍性大腸炎を完治に導く内科的治療はありませんが、腸の炎症を抑える有効な薬物治療は存在します。治療の目的は大腸粘膜の異常な炎症を抑え、症状をコントロールすることです。〉と解説し、年々患者数が増えているグラフを載せている。
当然、安倍晋三の「医療費は10兆円という巨額」にのぼる国家予算を考えなければならない総理大臣としての立場上からも、決して自身のみを対象としてマイクロ・センサーのロボットを望むだけで終わらせることはできないはずだ。
自身の持病を例に取ったとしても、そこには存在しない数多くの患者を頭に置き、「マイクロ・センサーのロボットをあれば、私だけではなく、多くの患者が定期的な様々な煩わしや心労から解放されると思います」と、科学と技術の応用に期待を馳せべきだった。
だが、自身のみを対象としてロボットを望むだけで終わらせた。
だからこそ、「飲んでいるクスリのお陰でずっとうまくいっておりまして、あんまりうまくいっているので、『マリオ』にさせられたりしました」と、自分だけの話題とすることができた。
だが、自分だけの話題としながら、この言葉は自身の健康を強調し過ぎている。ゲーム「スーパーマリオブラザーズ」のマリオは一種のスーパーマンであるはずだ。リオオリンピック閉会式でマリオに扮したというものの、単に扮しただけのことであるのに、潰瘍性大腸炎が薬の飲用ですっかり治まっている自身の生身をマリオの生身に擬え、マリオの身体頑強さを以てある意味自身の健康に見立てた。
瘍性大腸炎の症状が薬の飲用ですっかり治まって良好な身体状況にあることが事実なら、その事実に反してこのようにマリオの生身に擬えなければならなかった必要性と、潰瘍性大腸炎に関した科学と技術の応用を自身のみを対象としてロボットを望むだけで終わらせたこととの必要性を考えると、これらは不要な必要性としなければならない。
このような場合に於ける不要な必要性を必要としなければならない心理は実際には健康不安を抱えていることの裏返しの心理からのこれらの発言であろう。
日経電子版の報道はクエスチョンマークを付けているが、科学と技術の応用の話題にかこつけて流した健康不安払拭を狙った発言そのものではないだろうか。