10月16日投開票の新潟県知事選は医師・米山隆一候補者(49)を共産党、自由党、社民連が推薦し、前長岡市長森民夫(67)を自公が推薦という形を取って戦いが繰り広げられた。
民進党は支持母体連合の新潟県連が与党候補の推薦に回っている関係からか、米山隆一氏が民進党の次期衆院選新潟5区公認予定者からの転身であるにも関わらず自主投票と決めていた。
だが、民進党新代表の蓮舫は投開票が2日後と迫った10月14日、突然新潟入りをし、米山氏の応援演説を行った。
この理由を10月15日付「毎日jp」記事は、〈突然の現地入りの背景には、代表として初めて臨む衆院2補選(23日投開票)で思うように支持が広がっていないとの判断がある。〉と解説している。
誰もがこのような見方をするはずだ。自主投票と決めておいて、もし情勢が劣勢にあったなら、投開票2日前になって誰が応援に駆けつけるだろうか。駆けつけたなら、負けると分かっている選挙の応援に何を血迷ったのか、突然駆けつけたと笑いものになるだけである。
だが、その逆を行った。
マスコミは衆院東京10区補選は自民党公認の元検事若狭勝の優勢を、衆院福岡6区補選は与党分裂ながら、自民系無所属新顔の鳩山二郎の優勢を共に伝えていて、この両区とも民進党候補が劣勢にあることを予測している。
蓮舫が新代表となって初の国政選挙である。二つとも勝利したら、これ程の勲章はない。蓮舫自身の評価は勿論、民進党の支持率は跳ね上がるに違いない。
だが、二つとも落としたなら、蓮舫新代表効果は相当な打撃を受けることになる。何よりも民進党はやっぱりダメかと、東京10区と福岡6区の有権者ばかりか、全国の多くの有権者の失望を誘った場合、有権者がその失望を心理的習性として改めて積み上げていく危険性も生じかねない。
負け癖のついたプロ野球チームが選手自体もファン自体も負けることが当然と思う習性にいつの間にか取り憑かれて、負けることに慣れてしまうようにである。
このように国政2補欠選挙の勝利に加わる可能性はほぼゼロという状況の中、国政選挙ではなく地方選挙とは言え、新潟知事選で自公与党推薦候補よりも共産党、自由党、社民連推薦の野党候補が優勢の情勢にあった。
いわば残された1県知事選の勝利に加わらなければ、直近3選挙で民進党新代表としての成果はゼロとなる。
成果ゼロを免れる唯一の方法は優勢の選挙に遅ればせながら加わること以外にない。いわば勝利にツバをつけるために見せた、なかなか抜け目のない変わり身の早さといったところなのだろう。
だが、蓮舫自身が新代表として初めから率先して勝利に導くための活動を行っていたわけではなく、最終盤になって選挙情勢を見た上で勝利に加わろうとしたのだから、その変わり身の早さは一種の日和見主義(形勢を窺って、どちらか自分の都合のよい方につこうとする態度)に基づいた行動で、有権者を誤魔化す遣り方とした言いようがない。
自由党の小沢一郎代表が「勝ちそうになったから応援に行くというのは、野党第1党として主体性があまりにもなさすぎる」(時事ドットコム)と批判していたが、主体性がないという点でも、一貫性がないという点でも、有権者に対するゴマカシに相当する。
蓮舫は既に二重国籍問題で相当なゴマカシをしている。2016年9月7日に17歳のときに日本国籍を取得し、合わせて父親と共に台湾籍を抜く作業をしたと言っていながら、その確認のために台湾当局に問い合わせたところ、実際には台湾籍が残っていたために離脱手続きを取り、台湾当局から台湾籍の離脱証明書を受け取ったのは2016年9月23日のことで、離脱に伴って日本国籍の選択宣言をしたと明らかにしたのは10月15日になってからである。
マスコミも指摘しているようにそれまでの間は二重国籍状態になっていたことになる。
17歳のときに台湾籍を抜く作業をしたなら、台湾当局から何日か後に手続き完了の何らかの通知があって然るべきで、父親か母親がそれを受け取って蓮舫に見せていたはずだし、台湾籍を抜いた証明として本人に大事に取っておくように言いつけたはずだから、17歳という年齢なら、離脱証明書という名前を記憶忘れしていたとしても、通知を受取ったこと自体は記憶していていいはずである。
いわば台湾籍を抜く作業は届いていたはずの台湾当局からの手続完了の通知と共に記憶していなければならないが、台湾籍を抜く作業をしたという記憶のみ残していたこと自体が既に民進党代表選で不利にならないためのゴマカシの始まりだった。
始まりだから、その後説明が二転三転することになった。
自身を有利な立ち場に持っていくための方便として変わり身の早さのゴマカシや不利な事実を巧妙に隠すゴマカシが自ずと出てくるようでは、こういったことが蓮舫という政治家の実態となって有権者の目に映ることになり、いつかは見透かされることになるかもしれない。