2006年3月5日、愛知県春日井市に所在する陸上自衛隊春日井駐屯地において駐屯地祭が実施された。今回はその詳報をお伝えしたい。
既報ではあるが、此処で改めて春日井駐屯地の部隊について詳述したい。
春日井駐屯地には、第十師団隷下の第十後方支援連隊、第十施設大隊、第十偵察隊の隊員1100名が駐屯しており、隣の名古屋市守山区にある師団司令部から陸路で十五分ほどのところに所在している。中部方面隊の愛知静岡県境から東海三県、北陸地方の防衛を担う第十師団が任務を遂行する上で欠くことのできない部隊が駐屯している。
式典に際して、指揮官訓示では、北朝鮮拉致事案や国際的なテロリズムの拡散という国際情勢の厳しさや陸上自衛隊イラク派遣任務、間もなく開始される陸海空自衛隊の統合運用といった内容に触れつつ、更なる練度向上と団結の強化を受閲部隊に対して訓示した。
式典にはその後、祝電や地元代議士、春日井市長の訓辞が行われたが、JR春日井駅からの連絡バスも大車輪で活躍し、地元以外にも遠方から多くの市民が駆けつけ、式典を見守った。
整列した隊員が携帯している小銃は、施設大隊と偵察隊に89式小銃が配備されており、後方支援連隊の隊員は64式小銃を携帯していた。
師団の目となる偵察隊は戦闘職種である機甲科に属するが、国連平和維持活動や国際人道援助任務に活躍する施設科も、ドーザーやホイールローダー、作業車、架橋設備などといった装備は本部管理中隊所管であり、施設中隊は普通科に準じた近接戦闘任務に充てられる事もある為、小銃は必須の装備品である。
観閲行進
観閲行進が開始され、観閲官に対して部隊指揮官が敬礼を行う。最初は第十後方支援連隊から行進を実施したが、これは指揮官が1佐である“連隊”だからであろうか。
なお、同連隊は二年前の第十師団師団改編時に守山駐屯地から移転してきた部隊である。既報ながら改編に当たって第十対戦車隊が廃止され、各普通科連隊の無反動砲小隊に代わり対戦車中隊が新編、師団の対戦車能力は大幅に向上した。
観閲行進を軽快な行進曲と共に盛り上げる音楽隊は中部方面音楽隊で、昨年の伊丹駐屯地における中部方面隊創設記念行事においても演奏を行った部隊である。室内音楽になれた小生にとり、各駐屯地で行われる野外演奏はまさに迫力であり、これは皆さんにも体験してもらいたい見事な演奏である。
音楽隊の後方に車輌が控えているが、春日井駐屯地祭の特色としては、観閲行進に徒歩行進が無く、テンポの速い車輌行進によって進められている点である。
観閲行進を行う74式特大運搬車、所謂タンクトランスポーターである。戦車部隊は滋賀県の今津駐屯地に第十戦車大隊が駐屯しているが(駐屯地祭は既報)輸送隊は第十後方支援連隊に所属している。例年、同車は74式戦車を搭載して行進しているが本年は戦車を搭載していなかった。尚、重トレーラーとの相違点は後部にタイヤが露出していない点である。この車輌は帰路、駐車場から駐屯地を出る際に少なくとも五輌程が駐車していた。全部行進したらさぞかし壮観だろうと思った次第だ。それもその筈、最大積載量は実に40㌧に及び、運搬車自体も9.7㌧の重さを有している。
地皺や河川に対し迅速に74式戦車も通行可能な橋梁設備を迅速に架橋する事が出来、天然・人工問わず障害物突破に威力を発揮する。
従って、90式戦車といった一部の装備を除く師団の全ての装備を渡河させる事が可能であるが、一方で油気圧パイプなどが外部に露出しており、砲迫火力に曝された場合に弾片によって破損する恐れがあり、可能ならばセラミック製のチキンプレート装着が望ましい。
73式大型トラックや73式装甲車により牽引し、迅速に地雷原を形成する事が出来る。なお、オタワプロセスの対人地雷全廃条約批准によって対人地雷の保有が発効後、訓練用を除いて禁止され、対人障害としては官制式の指向性散弾地雷が用いられる事となっているが、同車も対戦車地雷の敷設に使用が継続される。
省力化が進む陸上自衛隊にあって、迅速且つ有効な対戦車障害物を形成できる地雷は重要な装備品であり、この他航空機から地雷を散布する装置も陸上自衛隊には装備されている。敷設する92式対戦車地雷は一定以上の圧力を感知すると2000㍍程度までのジェット熱流を発し、戦車を無力化する。
ウインチやドリル、バケットといった様々な装備を73式大型トラックに搭載して、迅速に障害物を形成、有事にあっては、敵部隊の侵攻を鈍らせ、増援が到達するまでの時間をつくる遅滞行動には大きな威力を発揮する。
前述の地雷敷設車では舗装道路上に地雷原を形成しても秘匿する事が出来ないが、同車であればアスファルトに対戦車地雷を埋没させる事もでき、またコンクリート塊や路肩のガードレールなどを有効な障害物に変える事が出来る。山間部の多いわが国において、極めて大きな威力を発揮する。
偵察任務には、敵部隊に対して小規模な攻撃を加えその反応を図り、敵部隊の規模や装備を調べる“偵察”と、敵の有無を調べる斥候任務があり、まさにオートバイ斥候は敵の有無を調べる重要な任務をおっている。
単身、彼我入り乱れる競合地域に潜入する任務上、高い技量が求められ、駐屯地には、野外アスレチックのようなオートバイ運転訓練場があった。こうして日々厳しい訓練を行う彼らは、運転しつつ小銃射撃を行うというような技術も有している。
続いて観閲席の前を通過する偵察隊の73式小型トラック。車体には5.56㍉分隊機銃MINIMIが搭載されている。これは7.62㍉62式機銃から更新されたものであるが、MINIMIに関して、米軍はじめ多くの国で使用されているものの、イラク戦争では威力や射程の問題も指摘され、12.7㍉機銃の運用も視野に入れるべきとの声もある。
なお、旧73式小型トラックは急速に新型に更新されているが、車体全面のフロントガラスに装着されたワイパーに問題があり、特に降雪時に雪を掻き下ろす上で問題があった為、急遽運転席上面に補助ワイパーを搭載するという改良型が開発されている。
既に約100輌が調達され、25㍉機関砲によって威力偵察を行う。また、微光増倍方式暗視装置を搭載しており夜間の任務にも搭載している他、二名の斥候員が同乗でき、必要に応じて降車、偵察を行う。
本来、軽戦車の任務であった威力偵察には25㍉機関砲では限界があるのではないかという指摘や、昼間でも使用可能で偽装に対抗できる熱線暗視装置の搭載を求める声もあるが、近年では軍事情報革命の進展により、単に師団の前進部隊としての偵察隊よりも、武装に代え高度なセンサーを搭載した車輌が各国で開発されており、主流となりつつある。
観閲行進には、例年であれば施設大隊の92式地雷原処理車や75式装甲ドーザー、資材運搬車などが参加するのであるが、本年は参加しなかった。現在、第十師団は国際緊急人道支援任務の待機部隊に指定されており、その関係で参加しなかった可能性を感じたのだが、どうであろうか。
訓練展示
訓練展示とは、自衛隊の任務を空包などによって再現するもので、大変迫力があり好評である。本年はゲリラコマンド対処を想定した市街戦戦闘を想定したものが展示された。
訓練展示は、第十飛行隊に所属するOH-6観測ヘリコプターの飛来から状況開始となった。観測ヘリは特科火砲の弾着観測や対戦車ヘリの支援を任務としているが、小型で且つ軽快な空中運動性能を有している事から、生存性が高く、敵対空火力が限定されているゲリラコマンド対処には普通科部隊の上空からの支援にも用いられるようだ。
状況では、当該地域(グランドと建物)に対して少数のゲリラが浸透したという想定で開始され、斥候の為に観測ヘリの支援の下、オートバイ斥候が前進するという方式で開始された。
蛇足ながら、訓練展示を撮影するに当たって重要なのは、想定敵陣地の位置や戦車の向かう方向が重要となり、観閲行進から訓練展示に移行するまでの間、音楽隊の演奏もそっちのけでカメラマンは望遠レンズにより駐屯地内を見回し、その位置を見極める。
12.7㍉機銃を階段の踊り場から突如発砲する想定敵。ゲリラにしては豪勢な武器を持ち込んだと思ったが、徹甲弾を用いれば軽装甲車も撃破出来る重機関銃は、第二次世界大戦以来多くの国で使用されているが、別名重銃身機銃といわれるほど重量が大きいのが難点である。
しかし、二発命中すると胴体が千切れるという程の威力を持っている(某ドラマでは人に向かって撃ちまくるシーンがあったが)。
オートバイ斥候によって発見した敵に対して、偵察隊が威力偵察を行う。
アルジェリアやヴェトナム、アフガニスタンの戦訓をみる限り、車輌は格好の目標になる為、73式小型トラックから隊員が離れている。後方には87式偵察警戒車が25㍉機関砲を向け、目標を威圧している。同軸機銃として7.62㍉機銃を搭載しているが、高度な照準器と安定した砲塔に搭載されている関係で、普通科部隊による野戦使用よりは高度な命中精度を有している。
機銃を敵が持っている以上、数秒でも身を晒せば壊滅的な損害を被る可能性がある為、フォーメーションは臨場感を出す為に建造物の壁際や偵察警戒車の後ろでやって欲しかったと思ったのは小生だけであろうか。
市街戦では膝や肘を壁に殴打する事が多く、また跳弾によるコンクリート片や埃により目を傷める事が多い為、プロテクターやゴーグルを装備している。
また、壁を垂直降下し、外壁から敵部隊に迫る偵察隊員。想定ではヘリコプターから降下したとアナウンスされていたが、OH-6はフライパスで終わった為、もとから居たようだ。
こうした近接戦闘では、取り回しが容易である程度命中精度の高い9㍉拳銃が見直されており、実用性に問題の声が挙げられる9㍉機関拳銃よりも従来のP-220が使用される場合が多いが、今回は89式小銃が使用されていた。
なお、写真のようにロープを先に垂らすと、敵に降下準備中を知らせる事になり待ち伏せられることから、足にロープバックを取り付け使用するのが望ましい。
銃撃戦(擬爆筒と爆竹)の後、負傷者が出たという想定で、後方支援連隊衛生隊救急車小隊から救急車が展開してくる。
救急車は、第一線で砲迫火力の弾片防護という観点から装甲車の派生型が使用される場合があるが、残念ながら自衛隊には予算の関係からか装備されていない。
キャビン容量に余裕のある82式指揮通信車の派生型として“場外前進救急車”というようなものがあっても良いのではなかろうか。
手には64式小銃を携帯しているが、ジュネーヴ条約で自衛用の武器携行を認めているものの、主体的に戦闘に参加してはならないこととなっている(戦闘員による衛生兵に対する攻撃は原則禁止)。
訓練展示は負傷者を搬送し、終了となった。
小生としては市街戦闘を想定した訓練展示が見れて満足であったが、火砲や戦車も登場しない訓練展示は一般の人にはキビしかっただろうか。
例えば、施設大隊がいるのだから地雷敷設、もしくはM-1破壊筒による地雷処理展示や後方支援連隊輸送隊による輸送コンボイにゲリラが待ち伏せを加えた、という想定。道路上の障害物をドーザーが撤去する途中にゲリラが攻撃を加え施設隊員が応戦とか、78式戦車回収車が破損した車輌を回収、というような展示もあってよかったのかな?と。
訓練展示を終えて25㍉機関砲の仰角を大きくとりつつ撤収する87式偵察警戒車を見ながらそんな事を思った次第である。
訓練展示の第二部というか、ドーランを顔に塗りたくったレンジャーによる銃剣格闘の展示。通常はバイクドリルや毎回拍手に犬がパニックになる航空自衛隊の警備犬展示が行われるのだが、今回の銃剣格闘は新鮮であった。
銃剣とは元来、単発式先込銃時代に突撃破砕射撃失敗時、騎兵から自衛する目的で発明されたが、日本では明治建軍以降、銃剣道として宝蔵院流槍術などの影響と共に発展したれっきたる日本武道である。で小生は待機していた隊員を仮想敵と勘違いしていたと。
装備品展示
陸上自衛隊の様々な装備品をグランドに並べ、一般の人も普段中々目にする事が出来ない自衛隊の装備品を身近に感じる事が出来るイベントである。
装備品展示において交通整理を行う隊員。大型トラックよりもはるかに大きい車輌が行き来するため、当然グランドは立ち入り禁止となるが、人が入り乱れる展示開始までにカメラマンは全てをカメラに収めなければならない。
多くの駐屯地祭では装備品展示の際には装備の周りにロープが張られるが、春日井ではそうした事は無く、市民からは『何に使うの?』というような単純な質問が隊員との間で交わされていた。
平和ボケ平和ボケといわれるわが国であるが、戦争が国家間の政治行為から生じる暴力である事を考えれば、国民が平和でいられるのも武力紛争を一貫して抑止し続けた自衛隊の努力の賜物である。言い換えれば、“平和ボケ”とは平和だからこそ許されるありがたい贅沢であるというべきだろう。
写真は93式待機時娯楽機器、演習中長い待機時間にゲームを行う機器で当時最新鋭のスーパーファミコンが内蔵されておりバッテリーにより六時間の使用が可能である・・・、というのは嘘で、93式近距離地対空誘導弾のリモコンである。ダッシュボードに格納でき、航空攻撃の危険が生じた、というような必要に応じてサッと取り外して車輌から離れ、遠隔運用が可能とされているが、それは周知。で、恐る恐る重量を聞くと“40kgくらい”と。ううむ、訓練を頑張ればこの重さをサッと取り外す事が出来るのだろうか、そして走れるのか、気になった。
装備品展示には豊川駐屯地からFH-70榴弾砲や93式近距離地対空誘導弾に81式短距離地対空誘導弾、守山駐屯地から軽装甲機動車や対戦車誘導弾、そして長躯、今津駐屯地から74式戦車が展開し、その威容を並べていた。
しかし、観閲席隣に鎮座していた虎の子74式戦車が訓練展示に参加すると思い、砲焔を今日こそ、と思っていた小生は肩透かしを受けた形だ。
全周にリアクティヴアーマーが取り付けられているように見える車体形状は三菱重工において開発中と伝えられる新戦車とよく似ており、先行試作車の可能性とも考えられるが、砲身が突風に揺れていた事から低圧砲の可能性があり、後部にメルカヴァ戦車を思わせる大型扉が配置されていたことから89式装甲戦闘車の後継車輌、近接戦闘車のモックアップである可能性も高い。ロシア製14.5㍉機銃とよく似た重機関銃が配置されているが、M-2重機関銃の後継が遂に開発されたか、と多くのカメラマンが撮影していた。
さてさて冗談はさておき、このように師団駐屯地祭や戦車部隊駐屯地、航空部隊駐屯地の盛況に隠れたイメージのある様々な駐屯地であるが、このように多種多様なイベントが開催されている。皆さんも一度、身近な駐屯地の記念行事に足を運ばれては如何であろうか。
HARUNA
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