昨今、一般紙において中国海軍がロシア製正規空母“ワリャーグ”の改修工事を進めていることを報じている。中国海軍は鄧小平時代から海洋戦略の遂行に当たって航空母艦の保有を目指して進んでおり、1997年の台湾総統選挙に際しての示威行動を米海軍空母機動部隊派遣に封じ込められる形となり一気に必要性が進んだ感がある。
中国海軍が水上戦闘艦艇に航空機(回転翼)を配備したのは1987年に旅大級駆逐艦(満載排水量3670㌧)に格納庫とヘリコプターを配備したのが始まりであるが、僅か二十年ほどで、1997年にはコンテナ船を改造した航空練習艦世昌(満載排水量10000㌧)を建造し、また1990年代以降の水上戦闘艦の多くはヘリコプターの運用を前提に設計されており、艦隊補給艦の整備とも相俟って急速に外洋艦隊への脱皮を図っているようにみられている。
アジアにおいて最初の空母保有国となったのは太平洋戦争において連合国海軍との海戦を繰り広げた日本(正規空母17隻、補助空母12隻)で、次いで戦後空母保有国となったインド、そして1997年に軽空母を導入したタイであるから、中国海軍はアジア第四の空母保有国を目指している事となる。
ワリャーグとは、ソ連海軍が最後に建造したTBILISI級(現ADMIRAL KUZNETSOV)の二番艦で、満載排水量58500㌧、全長304㍍、乗員1700名の正規空母である。ただし、ロシアから引渡しの際に主機や兵装を撤去しており、この点は再生後の艦容と比較すれば相違がある可能性が高い。
搭載機は固定翼機20機、ヘリコプター15機でSU-33制空戦闘機が配備され運用されるものと見られる。船体に比して搭載機数が限定されているのは飛行甲板前部に対艦ミサイルの垂直発射機(VLS)が内蔵されている為格納庫長が限定されている事由であり、一番艦の状況を見る限り格納庫の横幅も限定されている。米海軍を見る限り航空母艦は40%を艦内格納庫に、60%を甲板に配置する為飛行甲板に係留しなければ上記の35機が妥当となろうが、仮にVLSを撤去すれば42機に搭載機数が増加するといわれている。
一方で、最大限に詰め込めばソ連時代の数値を見れば固定翼機33機、回転翼機12機を搭載できたとのデータもあり、上記の合計35機というのはソ連崩壊後の経済的困窮からの飛行隊定数縮減の産物と見ることも出来る。
米国防総省が毎年発表している“THE MILITARY POWER OF THE PEOPLE'S REPUBLIC OF CHINA 2005”(PDF文書にてWeb入手可能)には、『他国からの直接的な脅威が無いにもかかわらず着実に戦力投射能力を増強している』と警戒感を顕にしている。一方で、中国が本質的に環太平洋地域における不安定要素となるかは『外交の打開方策を迅速化させる手段として軍事力を用いる可能性がある』としながらも“脅威”という語句は用いておらず、その分水嶺にあるという慎重な姿勢を示している。
なお、この文書に示された海上戦力は水上戦闘艦64隻、潜水艦55隻、揚陸艦艇40以上、ミサイル艇50隻程度とされている。加えて、昨年、大型のフューズドアレイレーダーを搭載した国産ミサイル駆逐艦“蘭州”を完成させており、新型艦も造船所において船渠に建造が進むようである。1990年代後半から欧州やロシアからの技術導入が進んだ結果、対空能力については日本製のDDと同規模の能力を有するのでは?との分析がある。これに関しては中国製の火器管制装置(FCS)がどの程度のものであるかについて、確たる情報が無い為、本章での判断は避けたい。
中国海軍の空母に対する日本の対応としては有事にあっては、対潜戦闘能力に遅れがある中国海軍に対して潜水艦を用いる戦闘により充分対応可能であることから取り立てて騒ぐ必要はない。一方、平時における脅威論に際しては、沖縄県の航空自衛隊第83航空隊へのF-15J要撃機配備により対応する見込みのようだが、更に可能であれば下地島への航空隊配置、また太平洋正面からの脅威に対応する目的で小笠原諸島若しくは岩国基地乃至四国島への航空隊(一個飛行隊を基幹とする部隊)新設、小牧若しくは浜松への要撃機派遣を含め、平時のポテンシャル均衡維持への政策が必要となるのではなかろうか。
これに関連する情報として、平成十六年度に予算が認可され平成二十年度に完成が見込まれる13500㌧型ヘリコプター護衛艦に関する情報を挙げたい。満載排水量17000㌧に達すると見られるこの艦は、中国の航空母艦保有論とは別に、海上自衛隊は創設以来航空母艦の保有を切望していた訳だが、対潜空母や大型ヘリコプター巡洋艦というような構想があったものの、その都度石油危機やロッキード事件という政争と重なり不幸にして日の目を見ず今日に至ってきた。しかしながら、1973年に竣工した護衛艦はるな(DDH-141)の耐用年数限界が迫っている事から、後継艦として能力を大幅に強化したヘリコプター護衛艦が建造される事となったわけである。公表された想像図からは格納庫にはCH-53D(MCH-101?)大型ヘリコプターが四機、整備区画にも最大で二機が収容可能で、艦上係留を含め護衛隊群が用いる8機のヘリコプターを一隻で担うに充分な能力を有している。
おおすみ型輸送艦と同じく全通飛行甲板を採用しており、艦橋構造物には国産FCSであるFCS-3が搭載される見込みで、発展型シースパロー(ESSM)64基をVLS方式で搭載することから高い個艦防空能力を有し、データリンクにより隊群隷下の艦艇を効率的に指揮出来るものと見られている。なお、現在、アメリカでは垂直離着陸攻撃機ハリアーⅡの後継として国際共同開発でF-35統合戦闘攻撃機が開発されているが、同機が将来的に海上自衛隊に配備されるかは未知数である。
結論として、海上自衛隊も事実上の航空母艦というべきDDH(DDがつく以上ヘリ搭載駆逐艦であるが、ロシア海軍のアドミラルクズネツォフも名義上は重航空機搭載巡洋艦である)が配備され、将来的には、しらね型DDHの後継とあわせ、こうした艦艇が四隻配備される事となろう。これにより均衡は暫く保たれると考えるべきだ。
しかし、一点気になるのは、2004年3月5日、ロシア海軍総司令官のクロエドフ大将がセヴェロモルスク基地において新型空母の建造を明らかにしたもので、2010年までに設計計画をまとめ2016年に北海艦隊、太平洋艦隊へ二隻の新造空母を引き渡すとしている事である。この情報の試金石となるのは2007年にロシア海軍に引き渡されるとされる新型艦載機の存在で、この空母建造の可能性を探る指針の行方は間もなく判明するのではないだろうか。
2016年といえば、しらね型DDHの後継艦建造が終わる頃であり、中国海軍、海上自衛隊、ロシア海軍とアメリカ海軍を含め極東地域は海上戦力の集中地域となる可能性があることを為政者や研究者は心に留めておくべきであると此処に述べておきたい。
北大路機関