◆アルジェリアテロ受け補正予算で緊急に取得
陸上自衛隊がオーストラリア製装甲車、タレスオーストラリア社のブッシュマスター装甲車を少数導入することとなりました。
防衛省は邦人救出用輸送車両として予てより耐爆車両の選定を行ってきましたが、豪州製ブッシュマスターへ決定、本年末までに納入されることとなりました。陸上自衛隊は機動力と防御力を持つ96式装輪装甲車や小回りの利く小型装甲車などを多数整備してきましたが、邦人輸送用の機能に特化した車両としてタレスオーストラリア社より取得する事となったかたち。
今回は非常に特殊な方式で調達されます。ブッシュマスター耐爆車両は、昨年にその必要性が痛感され、b脳営予算ではなく補正予算により取得費用が計上、短期間で装備選定が実施され、海外製装備を翌年、つまり今年の末までに納入を受け、装備化する、という、緊急に必要となった装備は短期間で取得する、という選択肢が採られたことが、非常に大きな意味を持つといえるかもしれません。
輸送防護車、として専用装甲車が導入された背景には昨年1月に発生したアルジェリアガスプラント襲撃事件に伴う邦人輸送任務の支援用車両が必要となったことで、従来、海外での紛争事案等に際し自衛隊が邦人救出へ派遣された際、自衛隊は空港などでの安全確保を行います。
しかし空港が戦闘地域に包囲され、邦人が空港へ向かうことが困難な場合はどうするのか、空港や港湾までは邦人は戦闘地域などを含め独力で踏破し集合しなければならない、という問題がありました。危険な地域には自衛隊が出ない、という前提とされますが、自衛隊が危険で行けない地域を邦人が非武装で踏破する、可能なのでしょうか。
輸送防護車は、こうした状況に際し、輸送機等で邦人救出集結地へ緊急展開し、戦闘地域や不意遭遇に急襲等が懸念される地域を含め、邦人を暫定的な安全地域から飛行場や港湾へ輸送する目的で導入されました。過去には、自衛隊イラク派遣に際しての情勢悪化を受け、報道関係者などイラク国内の邦人第三国への輸送へ、96式装輪装甲車が用いられたこともあります。
ブッシュマスターの実物を撮る機会に恵まれませんしたが、この車両について。豪州陸軍が広すぎる国土を背景に三万人しかいない陸軍、そのうちの歩兵への機動力付与と国際平和維持活動を通じて豪州への脅威を取り除くための装備として導入したもので、豪州陸軍ではランドローバー高機動車の後継車両という位置づけです。
ブッシュマスターとは、豪州陸軍はヴェトナム戦争派遣の関係上700両のM-113装甲車を保有しているが、広い豪州大陸で運用するには余りに機動力が低すぎたというものがありました、其処で米海兵隊が装備するLAV-25軽装甲車を300両導入し、25mm機関砲と8輪機動による高度な機動力を付与しましたが、歩兵全体を機械化するには取得費用が大きすぎました。
こうしてブッシュマスターは、高価な装甲車ではなく四輪駆動として駆動系を簡略化するとともに武装を車載機銃程度に妥協、広大な豪州大陸で運用する為地形上車高を大きくし、併せて地雷防御を重視した設計です。かなり費用を抑えられたようで既に約1000両が調達、豪州陸軍では第1旅団王立豪州連隊第5大隊、同第7大隊、第3旅団第4騎兵連隊、第7旅団第6大隊、同8大隊、同9大隊、第7旅団第7後方支援大隊、陸軍予備役部隊、第1空軍基地警備中隊、第2空軍基地警備中隊へ装備されている。
ブッシュマスターは車幅が2.48mと抑えられており、既存の自衛隊車両のように道路運送車両法の枠内で運用可能です。輸出は英陸軍へ2008年より24両がアフガニスタンでのIED対策車両として輸出され、同時期にオランダ軍も86両を取得している、このほか、インドネシアが3両とジャマイカが12両、我が陸上自衛隊も4両を取得した、というかたち。
何故陸上自衛隊は海外製装甲車の導入に踏み切ったのか、ですが、国産車と比較してみましょう。防弾性能ではNATO標準規格STANAG-4569ではブッシュマスターは1から2、30口径弾の直撃や155mm砲弾の破片などを充分防護できる水準であり、これは軽装甲機動車や96式装輪装甲車と同程度です。
費用面ですが、ブッシュマスターは4両が360万米ドルで契約された、としています。一両90万ドル相当ですが、同等の輸送能力を持つ96式装輪装甲車が9000万円程度ですので、為替変動により上下しますが概ね同程度、四輪駆動で小型の軽装甲機動車は2700万円程度で、国産車両の方が同程度か、もう少し安い、ということが分かります。
それならば、何故ブッシュマスターが導入されたか、として考えられるのは防弾性能と共に防御力の重要な要素を占める耐地雷性能が評価されたことが考えられます。自衛隊車両は野戦を重視し車高を低くすることを重視してきましたが、車高を低くしますと地雷に対する爆風からの防御力に制限が付きます。
自衛隊の装甲車が車高を低く設計した最大の背景は、車高が高ければ戦車などの脅威に対し暴露しやすくなるためで、これは専守防衛を国是とする我が国には死活的な重要性をもつものでした。反面、地雷防御については軽視されたのかと問われればそうではなく、専守防衛の我が国は地雷を仕掛ける側であり、防御地雷原はこちらが敷設、敵が敷設する十分な時間を与えない、という前提がありました。
地雷などの対処よりは戦車砲や大口径機関砲の方が脅威が大きく、これから軽装甲車両が生き延びるには車高を低くして被発見性を局限まで下げるしかない、とした要求からの仕様ですが、反面、今回の邦人救出任務での運用ではこうした前提が通じない。こうして海外車両が選定されることとなりました。
紛争地へ自衛隊が展開する際には、武装勢力の待ち伏せや防御地雷原という我が国での専守防衛に依拠した防衛戦闘では考えられない脅威が生じ、この為の少数の特殊車両を導入するのならば、国産開発するよりは海外製車両を導入したほうが早い、導入の背景にはこうしたものがあるのでしょう。
今回のブッシュマスター導入はアルジェリアガスプラントテロを受け、急ぎ調達されたという背景も大きく、防衛予算ではなく全車両補正予算により緊急取得することとなりました。将来的にこの種の車両の待機体制を強化する必要が出れば国産化や駆動系に機関系統の日本仕様が開発されるのでしょうが、国産までの前提であっても、兎に角迅速にそろえる、という面で素早い対応と言えました。
他方で、これは繰り返しになりますが、装甲車に限らず広く防衛装備品全般に言える事ですが、緊急に必要なものであれば短期間で海外製装備を選定し、補正予算から緊急取得、必要性が生じれば即座に揃えるという素早い態勢こそ、豪州製装甲車導入という部分以上に自衛隊が実戦での対応を真剣に考えている証左ともいえ、この部分が大きく評価されるべきでしょう。