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南シナ海は第二のオホーツク海となる【8】中国は何故弾道弾をヴェトナム沖に撃ち込んだか

2019-07-25 20:10:54 | 国際・政治
■対艦弾道弾vs航空母艦
 南シナ海情勢、現状のまま緊張が高まるならば我が国としてもシーレーン維持へ必要な措置を求められる事でしょう。

 中国軍が南シナ海へ六発発射した弾道弾は対艦弾道弾、NHKやロイターとCNNといった報道に示されたアメリカ国防総省関係者の見解です。気付かないままに自国の鼻先に着弾し数日後に報道を通じ知らされたヴェトナム国民やマレーシア国民とフィリピン国民は驚いた事でしょう、なにしろこれまでになかった南シナ海への中国弾道弾着弾ですから、ね。

 戦略ミサイル原潜の聖域を南シナ海に構築しようとしている仮説、南沙諸島と西沙諸島のヴェトナムやフィリピン環礁を武力奪取し南シナ海全域に人工島を造成する中国軍はこれまで有していなかった海中からの核戦力運用を期しているのでは、と仮説に基づき視点を供してきましたが、第三国艦船を実力で拒否する狙いの対艦弾道弾は緊張で次の一歩です。

 しかし懸念する点は東南アジア諸国の反応です。自国に近い地域へ弾道ミサイルを撃ち込まれた構図であり、今後この弾道ミサイル脅威の顕在化を周辺国が認識した場合には、将来的にこの周辺地域への中国弾道ミサイルへの抑止力、弾道ミサイル拡散や長距離打撃能力等が、中距離核戦力全廃条約レジーム失効後に輸出市場へ展開する可能性もあります。

 対艦弾道弾とはなにか。旧ソ連も強力なアメリカ海軍航空母艦へ対抗する為に開発を試みましたが、幾つかの理由から断念しています。難点の筆頭は、本土から弾道ミサイルを大量に発射した場合、アメリカは自国本土への全面核攻撃と誤認し、ソ連本土への大量核による報復攻撃を誘発する可能性がありました。更に対艦弾道弾は弾道ミサイル利点を削ぐ。

 弾道ミサイル最大の威力は速度で、ロケットブースターで成層圏以上まで上昇し弾道を描いて目標へ落下します。これにより長射程を実現していますが、誘導は発射から落下開始までに限られてきました、大気圏再突入時の摩擦熱に照準装置が機能不随となるほか、安定翼等で誘導する場合、抵抗が増大し一番重要な落下速度が失われる難点がありました。

 しかし、中国は対艦弾道弾を重視してきています、理由はアメリカ海軍の航空母艦へ対抗する唯一の手段である為です。001A型航空母艦や元級潜水艦、H-6爆撃機への巡航ミサイル搭載による飽和攻撃などという選択肢がありますが、現実的にアメリカ海軍のニミッツ級航空母艦や最新のジェラルド-F-フォード級航空母艦へ対抗できるものではありません。

 中国海軍や中国空軍の実力では、特に対艦弾道弾の開発が本格化した2010年代初頭には現実問題としてアメリカ海軍の航空母艦へ対抗する事は難しかった点があります、中国軍にはロシア製Su-27戦闘機とそのコピー機や改良型が400機以上ありますし、H-6爆撃機という1950年代設計の手堅いジェット爆撃機が120機あります。しかし、対抗は難しい。

 ニミッツ級原子力空母、先ず随伴艦が全てイージス艦です。200発や300発程度の同時ミサイル攻撃では飽和できません。そしてE-2C/E-2D早期警戒機が進出し空中警戒管制を実施している為、空からの攻撃は規模が大きければ大きい程察知され易く、F/A-18E戦闘攻撃機はその策源地を制圧可能、間もなくステルス機のF-35C戦闘機がこの打撃力へ加わる。

 ヴァージニア級攻撃型原潜が海中から掩護、E-2D早期警戒機により航空母艦の1000km圏内に脅威が接近した場合、捕捉されます。冷戦時代にソ連軍は超音速爆撃機からの超音速対艦ミサイル飽和攻撃を巡航ミサイル原潜やミサイル巡洋艦と組み合わせ対抗する手段を構想しましたが、中国の技術力や海軍力はソ連に及ばず、しかも現在はイージス艦が居る。

 中国軍に残された選択肢は宇宙です。宇宙空間へのアメリカ空母部隊の備えは現在のところ、一部にイージス艦にイージスミサイル防衛システムが搭載されていますが、迎撃用のスタンダードSM-3は弾道弾を高高度の中間段階で迎撃する能力しか有さず、将来的にはスタンダードSM-6が着弾直前の終末段階を迎撃する様になりますが、まだ実験中なのです。

 しかし、冒頭に示した通り、弾道ミサイルが南シナ海の人工島を防衛する名目で有るとはいえ、東南アジア諸国には時刻が中国の弾道ミサイル射程内に収められている事をミサイル着弾を以て突き付けられた構図であり、主要都市が射程内にあり、自国へのシーレーンが物理的に遮断される可能性を喉元に突き付けられたのですから、好い気持ちはしません。

 中国政府は東南アジア諸国の反発を、東南アジア諸国を標的としたものではない、と反論するでしょう。しかし、東南アジア諸国が中国を標的としたものではないとしつつ、例えば向きを変えれば中国沿岸部の主要都市を射程に収める長射程の巡航ミサイルを保有したならば、中国はどの国にも自衛権はあるとして認めるのでしょうか。緊張激化の火種です。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2019-07-29 22:38:11
中国の技術力や海軍力がソ連に及ばないと判断するのは
過小評価ではないでしょうか?
返信する
両大洋への影響 (はるな)
2019-08-02 21:16:07
unknown 様 こんばんは

中国の影響について、ソ連に及ばないという視点はこの連載始めに記載したのですが、ソ連は大西洋と太平洋に影響を行使できる地政学的要件を持つ、対して中国はどうか、要するに根拠地という視点はどうにもなりません
返信する

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