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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

五感の窓を開けて考える・・(5/10 年末年始に理想と現実を考える)

2022-01-03 | 第一章「意識と知覚」

元気がないときに部屋で静かに座していると同じようなことを何度も考えたりで、ますます暗くなっていく。反対にちょっと外に出て、五感の窓を開けて、のんびりと鼻歌でも歌いながら、「何のために生きているのか」の難問を考えると、回答は得られないけど、新しい何かが入ってくる。それは青春時代から無意識にやっていることだったが、意外に意識化されていなかった。アイデンティティの問題は大事なこころの健康の問題でもあるが五感とも大いに関係が深いのだ。

年末から縄文時代の後期のことをずっと考えている。一般に中期の全盛期と比べ冷涼化が進んだりし生きにくい時代と言われている。今の世相も決して良いとは言えない時代に、この後期を考えることは追い打ちをかけるようなところがある。

そんな中、元旦に寒いが空気の澄んだ大栗川に散歩に出かけた。そして、いつものように富士山と蛭ケ岳を望みながら上流に向かって歩いて行った。縄文時代の中期はこの周辺も栄え、美しい芸術的な土器やヒスイ製品なども作ったが、後期になるとぐっと人が減る。3500年くらい前になると殆どいない時代と言っても良い。

橋の欄干のそばで立ち止まり、後期の時代を想うと富士山を見ても少し憂鬱になってしまう。そんなことで、思わず反対方向の下流を見た。視点が変わると世界が変わる。古代の神々を見る上流方向の視点から、逆に神々が人々を見る下流方向の視点。そういえば、大栗川の下流域は後期や晩期でも人はしたたかにまだ住み続けているところも。

大栗川の上流を見る

大栗川の下流方面

そんなことで、今年は縄文時代に関しては大栗川下流域や多摩丘陵の西側をもっと見つめようと思った。何となくだがはっきりと。

昨年から考えていた、善意の問題もこのとき明確になったようだ。哲学的な善の問題を本を読んだり静かに考えるのも大事かもしれないが、人と人とが楽しく接するリアルな世界のほうが何か核心を突くようだ。上流をみるのも大事だが下流を見るのも大事。もちろん下流を見下ろすと言う傲慢な視点ではないことは言うまでもない。

5/10 年末年始に理想と現実を考える

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