京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

「割れ窓理論」

2009年02月02日 | 日々の暮らしの中で
『一枚の割れた窓ガラスをそのままにしているとさらに割れる窓ガラスが増え、いずれ街全体が荒廃してしまう』(米国の犯罪学者提唱の理論だという)

府内に「割れ窓理論」実践運動という取り組みがあることを知った。
シャッターや壁に書かれた落書きを小さなうちに消去・撤去し地域ぐるみで犯罪の芽を摘もうという活動らしい。

「犬 うるさい」
木の両開きの立派な門に黒く、大きな文字で殴り書きされていた。散歩で通る度に、ドキドキと重苦しい嫌な気分に襲われる。なんてことだ。どんなお付き合いがあった人間か知る由もないが、ひどいことをするものだ。第三者の心さえ打ちのめす如き愚行。
久しぶりに通りがかって見ると、両脇の支柱をつないで太いロープが張られ、開かずの門に。ヤスリで削ったような跡は、そっくりそのまま「文字」になって残っていた。悲しい作業の結末、空き家ではないのだ……。

もし全国の信号に音響がついたら?
あっちでもこっちでも、ピヨピヨ・ピヨピヨ、カッコー・カッコー、とーりゃんせ・とーりゃんせ、と賑やかなことだろう。これでは騒音ってことになるのだろうか。
♪夕~焼けこやけで日が暮れて……お寺の鐘が鳴る~
長年続いた早朝の鐘つきも、ご近所迷惑が優先されて途絶えてしまっている。とともに、婆さまの早起きも終わったのだったが。複雑…

こうした活動が、単なる環境維持だけではなく、安全な地域づくり、ひいては人づくり・心を養う機会と捉えるなら、「犬 うるさい」も、子どもたちに貴重な教育材料を残したと言えよう。

豆を思いっきりまいて、そこかしこに棲みついた厄は祓い清めてしまおう。

ちょっとやそっとで近隣をびくつく恐れのない我が家の中庭に、ロウバイがかぐわしい。暮れには生花店と物々交換をするほどの枝ぶり。正月の本堂用のお花に代えて。
コメント (4)
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