田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

私は今を飛ぶ

2008-09-08 18:10:47 | その他
 ただ鳥が空を飛ぶように、ただぼくは十七歳であるということを飛ぶ

 この言葉は、歌人の俵万智さんが詠んだ歌だそうです。
 私はこの言葉をある中学生から教えてもらいました。

 9月5日(金)、北海道立道民活動センター(通称:かでる2・7)で「少年の主張」全道大会が開催されました。
        

 何にでも興味を抱く私です。勤務先に時間休をいただき、少年たちの主張を聴いてきました。(こうした全道規模の大会を身近に思えるのは札幌に住んでいることの大きなメリットだと田舎おじさんは思っています)
 全道14支庁の代表と札幌市の代表2人を加え総勢16名の主張は、中学生らしい正義感に溢れた、若者らしい瑞々しい発表でした。
        

 その中で私は1人の少女の主張にとても共感しました。
 公の場で発表したのですから、彼女の名を公開しても構わないでしょう。彼女は滝川市立明苑中学校の佐々木優さんという方です。

 彼女のテーマは、今回のブログのタイトル名である「私は今を飛ぶ」と題しての主張でした。
 冒頭に俵万智さんの歌をもってきたセンス、お祖父さんの老化をポジティブにとらえる前向きな姿勢、そこから学び自らの生き方に反映しようとする感性、全体の構成も含めて私を捉えて離さない主張でした。

 16名の主張だけを聴き、私は職場復帰しました。
 審査員の1人に知人のS氏が加わっていたので、後から結果を聞いたところ、佐々木さんは入賞を逃したということでした。
 S氏曰く「論旨は良かったのだが、ステージの発表の仕方に欠けるものがあった」と指摘されました。
 なるほど私のメモにも「発表の声が今いち・・・」と記されている。

 しかし、感情豊かに表現するよりも、むしろ淡々と発表する彼女のような主張の方が訴求力はあったと私は確信しています。
 入賞はならなかった佐々木さんの主張ですが、その主張文を手に入れることができました。
 下に紹介しますので、時間がありましたらご一読してみてください。
        

   「私は今を飛ぶ」  滝川市立明苑中学校 佐々木 優

 「ただ鳥が空を飛ぶように、ただぼくは十七歳であるということを飛ぶ」
 歌人の俵万智さんのこんな歌があります。
 鳥がただ空を飛ぶのと同じように、自分も十七歳であるということをただひたすら生きていく。
 そんなふうに私は感じました。
 私の祖父は去年の末に脳梗塞で倒れました。
 大事には至らなかったものの、左半身がマヒしてしまい、さらに痴ほうもひどくなってしまいました。
 いつもなら、遊びに行くたびに、「優ちゃん、大きくなったねぇ」とにこにこしながら言ってくれていたのに。
 初めてお見舞いにいったとき、祖父は私の名前を覚えていませんでした。とてもショックでした。
 それ以外にも祖父はいろいろなことを忘れていました。
 仕方のないこととはいえ、人はこんなにも簡単に見て、聞いて、感じたことを忘れてしまうのだろうかと、本当に悲しくなりました。
 でも、それでも祖父は、にこにこと笑っているのです。私にはそんな祖父の姿が前よりもずっとずっと楽しそうに見えました。実際は何が楽しいのかは分かりません。しかし、とても大変なリハビリのときも、私たちがガラス越しに見ていると、祖父はまた、私たちに笑顔を返してくれるのです。
 ある日、思い切って「おじいちゃん、楽しい?」と聞くと、いつもどおりの笑顔で「うん」と答えてくれました。
 私はそんな祖父の姿を見て、なんだかほんの少し温かくなったような気がしました。
 端から見れば、つらそうに見える日々の中でも、祖父はきっと“楽しい”ということを見つけて毎日を過ごしているのでしょう。
 そのとき、私は思いました。祖父は決して“かわいそうな人”じゃないと。
 身体がうまく動かなくて、いろいろなことを忘れて、それでも毎日毎日とっても楽しそうにしています。祖父はきっとその一瞬一瞬を幸せに生きているのだと、私は思うのです。
 私たちは生きている限り、たくさんのことを見て、聞いて、感じて、泣いて、笑って、怒る。けれどたくさんのことを忘れます。
 私の大好きな祖父が、私のことを忘れてしまったように、思いがけず記憶から消えてしまうものもあるかもしれません。
 私はたまに、この瞬間をずっとずっと覚えていたいと思うことがあります。同時に二本の虹を見たときや、吹奏楽の大会でよい成績を残せたとき。
 大人になっても、その先も、覚えていたいことはたくさんあるものです。
 一つ一つは本当に小さくて、ささやかなことかもしれないけど、それが私にとっての“幸せ”です。
 「ただ鳥が空を飛ぶように、ただぼくは十七歳であるということを飛ぶ」
 私たちは生きています。ただ鳥が空を飛ぶのと同じように、私たちは毎日を生きています。
 その今を生きていく私たちの前にあるものは決して幸せなことだけではないのかもしれません。つらいこともあれば、苦しいこともある。消えていってしまうこともあるでしょう。
 しかし、それを乗り越えて、私たちは飛んでいくのです。鳥のように空ではなく、けれど同じくらい広い“毎日”を。
 どうせなら、恐れずに堂々と、自分のペースで自分らしく飛べばいい。
 どんな困難を乗り越えてでも、私は今を飛び、そして明日を飛びたい。そして、日常にある“幸せ”をもっともっと見つけていきたい。
 きっとだれもが羽ばたいて、その中で、幸せだと思える瞬間を見つけているはず、私はそう思います。