鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

せめて、気晴らしに?

2025-03-19 17:31:43 | 思いつくまま


きょうはやはり天気予報通り寒かった、個人的にはとっても寒かった。午前6時の気温は2.3℃、それが9時には1.5℃と下がりました。正午には5.0℃まで高くはなったのですが、・・・。でも午後3時には7.3℃まで上がりまして、結局きょうの最高気温は7.3℃、最低気温は0.9℃ということになりました。

                                                   



東京あたりでも雪が降り、積もったりもしたようです。3月も間もなく下旬で、お彼岸というのにねえ~。あした20日は彼岸の中日、春分の日ですか、もうすぐ4月なのですねえ。4月かあ、今年も3か月が終わろうとしているわけです。ということは、今年の残りはあと9か月ということです。



そうそう、東京で雪が降ったと書きましたが、仙台も朝方は雪が降りしきりました。しかし、短時間で終わってくれまして、午後には濡れていた道路も乾燥してくれたりして助かりました。WHY?



実はもう先週と書こうとして手帳を見たら、何となんとナント我が家の車のタイヤは3月上旬7日に交換しているのでした。車検の時についでにタイヤの交換もしてもらったということです。



この頃は我が家の車はもっぱらうちの奥様が運転も含めてすべてを仕切っています。人のせいにするのはよろしくないのですが、奥様の考え主導で車は動いていわけです。いくらまだ早いと言っても聞いてはくれませんでした。雪が降ったら乗らなければいい、ただそれだけという次第です。



あしたが春分の日ですが、あしたはお墓は混むだろうということで前日のきょう午後から(雪の心配もなくなったことも確認して)夫婦で2ヶ所のお墓参りに行ってきたわけです。当然のことですが、とっても空いていました。



でも、我が家のお寺は半分以上はお墓参りが終わっているように見えました。それだけお墓がとっても明るく、賑わっているかのように感じました。お墓はいろいろな花々でパッと明るく萌え映えしているのももちろんいいのですが、私は、なにもない静寂の世界に支配されているお墓もいいものですね。そっちの方が好きかもしれません。



そういうわけで、春と秋のお彼岸、そしてお盆にたくさんの人々でにぎわうお墓もいいものですが、一年に3回大いににぎわうだけで、あとの362日は静寂な落ち着いた自然の中に存在する、どっしりとそえでいてひっそりとたたずんでいるお寺、お墓が大好きです。おかしいですかね。この頃は何かお墓が自分を呼んでいるかのように感じるからかな(笑)?







きょうは冴えない天気で、寒いし気分も落ち込んでしまいがちなので、きのうの素晴らしい、見事と言ってもいいような空の状態を見ていただきたく、しつこくアップさせていただきました。 空と雲の織り成す天空の一大ショー、圧巻だとは思いませんか!?



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人生下り坂最高!!

2025-03-17 15:28:14 | 思いつくまま


今日はちょっと風が強いですね。この前ほどではありません。でお、JRは間引き運転等で対処しようとしているようです。少なくともこの周辺ではそんな状況ではありません。



風が強くてもうどうしたらいいのか、追い詰められているのはJRではなくて石破ですか。個人的には石破はほかのどうしようもない自民党の議員の中では一番ましな議員かなと思っていたのですがねえ。



新人議員に15,000円の豪華な料理を食わせたり、お土産として奥さん孝行?として100,000円の商品券を配ったり、不人気を挽回しようという気持ちは分からないでもないですが、よりによってこの時期に現金を配るなんて・・・。首相官邸に新人議員を集めて大盤振る舞いしたら、どこを探せば政治活動ではないと言えるのでしょうか。呆れてものも言えません。石破よ、おまえもか!!



ここまでくれば、もうジタバタしないで腹をくくって自爆覚悟で日頃の自分の政治家としての考えを実行に移していくよりほかはないのではないでしょうかねえ~。



とくにアメリカに対しては日米安保条約や日米地位協定に大きく切り込んでいって、真の日本国の独立を目指して、肉を切らせて骨を切る覚悟でトランプに物申してくれたら拍手喝采するのですがねえ。ここは先の総理大臣鳩山の失敗から多くを学び、まずは日本国の官僚でありながらアメリカの日本支部の官僚と化している外務省と防衛省に大ナタを振ってほしいものです。

まあ、所詮は夢物語ですが、せめて少しは夢を見る余地を残しておかないと息が完全に詰まってしまいますから。少子化と農政の失敗によりいずれは日本国は消え去るわけですが、そうではあっても子孫に少しはいい日本、大和、大八洲、敷島、秋津島、豊葦原、瑞穂の国、なんかを残したいなあ、変ですか?

前置きが長くなりました。 けさのNHKBS1、うれしかったですね。また7時45分から『心旅』を放映しているではないですか!先週からか、先々週からか「家族になろうよ」という番組を放映していました。犬とか猫を扱っていました。自分は犬とか猫は何か苦手です。その代わり?鶏は好きです。飼えるのであれば飼いたいくらいですね。



またしても、久しぶりに亡くなった日野正平さんに番組で出会うことができました。嬉しかったですねえ。まだ完全には日野正平さんが亡くなったということが受け止めきれずにいます。



彼の自転車をこぐ姿を見ていると、たしかに坂道ではゼーゼーいいながら必死の思いで自転車(チャリオ君)をこいでいるのが感じられ、こういう苦しさ辛さが彼の死期を早めたのかなあなんて感じたりもします。同年代の男としてよく頑張ったものだなあとも思います。



彼の服装何かを見てもよくもまああんな格好をするものだ、できるものだと感心して見ていますが、またそれだけ大したものだと感心もし尊敬も?しています。つるつるの頭、そこにバンダナを巻き、メガネも2個くらいもち、ズボンもだぶだぶもいいところの短めのズボン、一軒だらしないような格好ですが、きょう気が付きました。



それは、彼の服装や彼の存在そのものが、今NHKで朝ドラをやっていますがその中でたびたび言われている””””ギャル魂”””ではないか、そこに通じるものがあるのではないかと気が付きました。



今朝も、おむすびのお姉ちゃんが言っていましたね。GALは自分の信じた道を、信じたいように行く人間のことで、性別や年齢に関係はない、と。いやあ、意外なことで意外なもの同士が結びついたなあと勝手に喜んでいます。きょう新しい発見がありました!

そして番組の中で叫んでいました。人生下り坂最高! 人生下り坂最高!! 人生下り坂最高!!!

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あの日から14年

2025-03-11 13:54:48 | 思いつくまま
    花は咲く

真っ白な雪道に 春風香る
わたしは なつかしい
あの街を 思い出す

                                         

叶えたい 夢もあった
変わりたい 自分もいた
今はただ なつかしい
あの人を 思い出す

           

誰かの歌が聞こえる
誰かを励ましてる
誰かの笑顔が見える
悲しみの向こう側に

           

花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
わたしは何を残しただろう

          

夜空の向こうの 朝の気配に
わたしは なつかしい
あの日々を 思い出す

          

傷ついて 傷つけて
報われず 泣いたりして
今はただ 愛おしい
あの人を 思い出す

          

誰かの想いが見える
誰かと結ばれてる
誰かの未来が見える
悲しみの向こう側に

          

花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう

          (再掲)

花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう

          (再掲)

花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
いつか恋する君のために


 力強く前を向いて (再掲)

2011年3月11日午後2時46分  もう14年  きょうはとってもあったかかったけど、あのひはさむかった。 まさか、まさかの大惨事 地元の方が何が起きていたのか、分からなかった・・・

                            合掌


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

穏やかな一日、

2025-03-10 14:46:34 | 思いつくまま


早いですねえ、もう弥生三月も中旬に入りました。令和6年度もあと20日余りでお終いです。新年度が始まりますが、どんな令和7年度・2025年度になることやら・・・。大船渡の山林火災、森林火災、どちらの呼び方がより現実に近いか?森よりは山か、住居が近いから。

         



確かに、このところほぼ毎日河原へ行っています(散歩に)が、河川敷や緑地帯の草むらは乾燥しきっています。ちょっとマッチ一本あればたちどころに火が点き燃え広がることでしょう。火の取り扱いにはくれぐれも注意しないといけません。決してし過ぎることはありません。

    (何かお分かり?)

私が小学低学年だった頃、もちろん昔々も昔の話しですが、秋というか晩秋かな、仲間たちと河原であそんでいました。いわゆる陣地遊びというのかなあ、河原に今もいっぱい生えている葭・あしを使って隠れ陣地をつくるというもの。男子・男児の好きなことですよねえ。

    そうです、蝋梅です。

遊び疲れたころ、どうしたのかはっきりとは記憶していませんが、友達がマッチを持っていたのか、近くに燃えカスがあり、まだくすぶっていたのか、多分後者だと思うのですが(ガキがマッチを持って遊ぶなんてことはなかったと思います)、乾燥していた葦の茎に火をつけたのです。

   (お月様です) 

なぜそんなことをしたか?この辺では大人たちが野焼きみたいなことをやっていたのを見ていたからです。だから、この火種は大人たちの野焼きの残り火ではないかと思うのですが、いったんは落ち着いていたであろう野焼きをガキどもで生き返らせたのです。

  

でも、それにもすぐに飽きて昼食のため解散したのです。そのときは大した火ではないし、そのうち消えてしまうだろう、何より河原の近くで広瀬川が流れているし、人家には堤防が二つもあって火は飛び火することはないだろうと軽く考えていました。

              

しかしながら、あとで聞いた話では、火は結構燃え広がり、誰かが消防に電話して消防車が消火にやってきたというのです。それを聞いたときにはさすがにやばいことをしたなあと落ち込んだものでした。
いいですか、よい子のみなさん、決して火種の基になるものは(マッチとかライター類)持ち歩かないようにしましょう!!そんな物騒なものは持たないで大自然の中で掛けまわって遊びましょう!!!

  (蝋梅はきのうの夕方撮影)

今日午前3時の気温は2.7℃、6時は1.9℃、9時は一気に上がって7.7℃、そして正午は10,1℃を記録しました。でも、きのうの最高気温は11.4℃でした。きのうは正午(8.1℃)よりも午後3時(10.0℃)のほうが高かったのでした。きょうもそうなるのかどうか?

河原の堤防にはたくさんのど根性木がありますが、これがトップかなあ~。コンクリートなんかものともしません。天晴れです。


 カモも可愛いです。


                 

 

                 

  

                

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

見ましたか、地平線のうた

2025-03-09 14:13:54 | 思いつくまま


今日の午前9時の気温は3.6℃(きのうは1.5℃)でしたが、正午は一気に8.1℃(きのうは4・8度)まで上がっています。よかったです、うれしいです。この調子では何度まで上がることやら。

          



みなさん、ご覧になりましたか?昨夜のNHK総合テレビのドラマ後編です。『地平線のうた』(後編)、阿部寛主演のドラマです。まさか彼が歌うなんて・・・、意外でした。素人っぽい歌い方が逆によかったようですね。心に響く歌声でした。

妻が残した曲に夫が歌詞をつくり、歌うなんて・・・、でもそこがよかったのかなあ~。番組の後半のタクシーの中での会話、チェリストの言葉がよかったなあ。

『この国で生きていることが大変なんだ。何かの災害災厄(?)の中で生きているだけ。だから、ここで起きていることも決して過去にはならないんだ。』 何かハッとしたなあ~、『決して過去にはならないんだ』というところ。何か新しい視点というか、なるほどそういう見方もあるかと。



【水平線のうた】(100%正しいかどうか?です)
・・きらめく波の ゆらぎを眺めている 愛おしいあなたの笑顔 忘れはしない きょうもあすも 人は誰しもが恋をして 大切な人と歩みながら 愛に生きる 水平線のうたよ とどけ ふたりに・・

              




きょうもブログを書こうとマイブログをながめ、アクセス解析なんかも見ていたら懐かしいタイトルが飛び込んできました。少しむかしにこういうことがあったなあと開いてみました。2019年11月21日のブログです。

放送は前日の11月20日で、ドラマのタイトルは『小さな神たちの祭り』というものです。千葉雄大主演です。あの日(2011/03/11)、突然大津波で命を奪われてしまった子どもたち(だけではないですが)との”交流”を描いていたかな。このドラマはTBC東北放送開局60周年記念のドラマでした。

マイブログを見るとドラマの中で印象に残ったセリフを書き連ねていますので、採録させてください。

≪ 「みんな冷たい水の中で死んだんだ。おれだけあったかい温泉に入れるか!」
 「(震災のことを)364日忘れている人の方が多いべさ」
 「死んだのはひとり一人なのに、よくまとめられますね」
夕暮れは、あの世とこの世の狭間時
「生き死には関係ない。あの世とこの世はつながっているから」
「生きている人を慰めるために、死んだ人が流す灯篭流しがあってもいいべ」
「死んだ人から生き残った人が謝られる。(だから生き残った人は)幸せになってほしい」
「死んだ子どもたちが生きている人にお別れのあいさつをしたい」
「みんな突然死んだんだ。家族や友達にありがとうもさようならも言えずに。いっぱい言いたかったことがあったろうに。」
「一緒に過ごせて幸せだった。見守っているよ。」
「この子たちが神なんだ と思った。」
「あきら(主人公の若者)、生き残ってくれてThank youな。人は命をつないでいくことが大事なんだ(父からの言葉)」
「居なくなった人はみんな8年経った今も昔のまんまに楽しくやっている(じいちゃん)」
みんなと暮らした日々は死なねえ
「みんなあ、ありがとうなあ~ みんなのこと忘れないよ」
「イチゴ作る、つないでいく、おやじのやり残したことやるよ」 ≫

                 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

春だ!春が来た!

2025-03-01 15:08:23 | 思いつくまま


きょうのこの気温、一体なんでしょうか、もう申し分ないです、春です、さすが弥生三月、その呼称に全く恥じることはありません。堂々と胸を張って春を主張してください!!



きょうの気温ですが、深夜の3時は何となんとナント7.1℃というものすごい気温です。でも、6時には4.8℃と下がりました。でも、午前9時はこれまた気温上昇し12.8℃と6時の3倍近くも高くなりました。そして、正午です。16.0℃、えっほんまかいな?と自分で叫んでしまうくらいの高さです。



きょう3月1日は県内のと言っていいのかな、少なくとも仙台市内では高校の卒業式があります。車で参加する親が多いために、付近の駐車場はほぼいっぱいとなります。生協の駐車場などにも駐車して生協から苦情を言われたりとかもありました。国際センター前の駐車場はこういう時は最高の駐車場となりますね。



春、と言えば、このまえNHKEテレで放送された””Classic TV””を見ましたか?27日の木曜日か、午後9時からの30分の(再)放送です。私の好きな気に入ったテレビ番組です。ピアニスト清塚信也の司会進行の番組ですが、ゲストが何と羽生結弦でした。

          

久しぶりに見た、話しを聞いた羽生結弦でしたが、スケートで滑るときの演奏が、編曲が如何に大切かということが分かりました。二人の関係は深い強い信頼関係に結ばれていることが初めて分かりましたし、羽生の方から何分の長さでと編曲を頼んだりしていたのです。音楽があってのフィギアスケートであるということが実感として理解できました。

              

過去の大会で使用した音楽とそれをベースにした滑走の場面が何回も流れるわけですが、二人の解説が伴うとなるほどなともう納得も納得で、羽生選手の大会での連覇なんかも如何に羽生が踊り(といってもいいのでは?)やすいような音楽があってのことなのですね。



その中で、『春よ、来い』の音楽に乗って、氷上を踊りまくる羽生の姿、今までも何回も見ているはずなのですが、改めて解説等を踏まえた上での表情の演舞を見ると、曲と動きが、舞がぴったりなのですねえ。いやあ、いい番組でした。(春のことに関連づけたらここまで来てしまいました。笑)

       

クラシックのテレビ番組としてはほかに「題名のない音楽会」があります。この二つの番組は見ごたえというか、聴きごたえがある番組です。先週までは「題名のない音楽会」は山田和樹マエストロが結成した子どもたちのオーケストラ演奏がテーマでした。いろんな有名な音楽を集め編成しての演奏会で、練習風景から本番演奏まで見ごたえがありました。

              

10年以上前に山田マエストロの指揮でベートーベンの第九第4楽章を歌ったことがあります。練習も面白かったというか、こんな練習があるのか、そしてこんな本番の迎え方があるのかとビックリしたものです。既成観念にとらわれずに自由に発想を豊かにして指揮するのですね。あの時はこっちはかなりのプレッシャーとなりました。

 (コゲラはきのうの朝の写真です。途中で一時的に2羽になりました。木はモクレンの木です。)

何しろ合唱団の配列が、それまでの向かって下手からソプラノ・テノール・バス(バリトン)・アルトが一般的でしたが、それを粉々に粉砕してしまったのですから。つまり合唱団の配列をシャッフルしてしまったのです。いやあ、厳しいことでした、私にとっては。合唱団は完全にバラバラになってしまいました。



私が合唱団に入って合唱指導の先生から言われ、まじめに実践してきたことは練習の時は一番前に座って後ろからの音を聞いて歌えということでした。つまりは同じテノール仲間の声の集団に助けられて今までやってきたわけです。それを断ち切られてしまったのですから・・・。  でも、本番は何とかやり遂げました、ハイ。




何か変な展開となってしまいました。ここまでお付き合いくださいましてありがとうございます。

          





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2・26事件、風強し

2025-02-26 19:46:03 | 思いつくまま
 (今朝は屋根ではなかったです。)

いやあ、今日もきのうとさほど変わらない気温だったのですが、風の違いかな、きょうはあたたかくは感じませんでしたね。きのうの最高気温は10.9℃に対してきょうは10.1℃でした。最低気温はきのうが0.8℃できょうは1.5℃でした。



そして、これから週末にかけて気温はうなぎのぼり?でも、月指からはまたsても低下傾向へ、そして4日火曜日の最高気温は何となんとナント4.0℃と予想していました。これから14℃くらいまで上がるだろうというのに、またしても一気に下がってしまう。困るのです、これじゃあ困るのことよ!です。



きのうから国公立大学の二次試験が始まっていますね。受験生には何はともあれ万全な体制で試験に臨んでほしいものですが、如何せん、希望者全員は入学できませんので、厳しいですね、少しでも悔いを残さないように!というしかありません。



私は国立大学しか受験したことはなかったのですが、そのためかどうか?一浪しています。昭和41年頃の大学受験は今と比べたら簡素なものというかはっきりとした、簡単なもの(様式や手続きがです)だった(といっていいのかな?)。



何といっても国立大学は年に2回受験できたというのが一番よかったか。旧帝国大学を「一期校」とし、そのほかの地方にある、旧制高校を中心とした1県1国立大学の「二期校」の二つに分かれていました。一期校の受験日は3月上旬で、一期校の試験結果がはっきりしてから二期校を受験することができました。



まあ、そういうことから言えば二期校の受験に集まった生徒たちはほぼ全員一期校の落選組、いわゆる落ちこぼれ組といっても間違いではないですが、でも、純粋に二期校を第一志望として受験した生徒もいたわけで、そういう生徒に対しては何とも失礼な言い方であると思っています。鼻持ちならないですね。



一浪して、何とか他県の二期校に合格しましたので入学しました。親からは国立大学、それも近いところの大学とくぎを刺されていましたね。少しでも教育費を安くするために学生の寮に入りました。大正時代に建てられた旧制高校時代の木造2階建ての六棟が廊下でつながっている寮でした。12畳に5人が寝起きします。今思うとよくぞまあそういうところで生活してきたものだと自分を誉めてやりたいくらいです。




寮費は月額100円、食費は一日3食付きで120円(朝食:30円、昼食:40円、夕食:50円)で月額にすると3,600円でした。だから、奨学金を借りればそれだけで一カ月は生活できたのでした。信じられません。寮は大学構内にありましたので、お昼は寮に戻るわけです。



冬の時期は大変でした。12畳に炭1俵でした。火鉢は二つありました。冬の時期、部屋を暖かくするのは一年生の役目で、薪や新聞紙から炭に火を熾します。冬は寒かった。窓ガラスが壊れていたところもあったし、そういうところは段ボールで防いで何とかしのぎました。机は持って行ってあるのですが、冬は寒いので布団に下半身を入れて勉強しました。机替わりは当時のリンゴ箱の一部の板を外して机として使いました。ちょうどよかったですねえ。



よくぞ粗衣粗食に耐え、零下の気温にも耐耐えたものです。2階を人が歩くと揺れるくらいの古い建物でした。当時は若かったからなあ。早々その木造の寮は一年で取り壊されました。郊外に新しい鉄筋コンクリートの寮ができました。ただ遠いので、自転車通学となり、昼食は学食となりました。寮費の月100円は変わらなかったと思います。食費も。お風呂は毎日入れたかなあ~、それはぜいたくでしたかも。



こういうことを書きだすとキリがなくなります。ついつい思い出すままに書き連ねていってしまいます。ので、この辺で止めておきます。それにしても、55年以上前の大学(生活)と現在の大学(生活)、その違いには茫然自失、大口あんぐり、空いた口がふさがりませ

教育がこんな先見の明がない、近視眼的な、アメリカに振り回される政治に左右されるようなことでいいのでしょうか。学生もですが、大学も声をあげないともうどうしようもなくなるのではと非常に危機感を持っているのですが、もやは手遅れかもしれません、少子化と同じように。

 (凛として、美しい姿ですねえ~)


きょうは2月26日ですね。何年くらい前までのことでしょうか、この日になると陸軍将校のおこした2・26事件について新聞やニュースでも大きく取り上げたものですが、この頃は全く歴史のかなたに追いやられたままのようです。

でも、きょうネット記事を見ていたら、おもしろい記事を見かけましたので少し簡単に紹介してみたいと思います。

(引用開始) 帝都を赤い血で染めた「二・二六事件」、青年将校はなぜ「冬の日」に決起したのか? 意外な理由があった
            学術文庫&選書メチエ編集部 によるストーリー
           ・・・中略・・・・
以下、有馬学『日本の歴史23 帝国の昭和』を参考に、当時の状況を再構成してみます。
            ・・・・中略・・・・・
なぜ冬に…?
ところで、二・二六事件と聞いて気になるのが、きわめて卑近なことではあるのですが、「なぜわざわざ冬に決起したのか?」ということです。

もちろん、事件の背景にある青年将校たちの思想や陸軍内部の対立も気にはなるのですが、現代のきわめて快適に整備された環境を生きる人間の目からすると、「なぜわざわざ冬に決起したのか」は素朴に気になるところです。

冬の決起というのは大変そうです。何より寒くて仕方なさそうですし、寒さによって武器の操作ミスなども発生しそうです。数日にわたって帝都の中心を占拠するのであれば、さまざまな物資が必要となりそうなものですが、やはり寒さを考慮すると冬のほうが必要となる物資が多くなりそうです。

言い換えればこれは、決起を春まで待てなかったのか……という疑問になりますが、その疑問に答えを与えてくれたのが、九州大学名誉教授で日本近代史が専門の有馬学氏による『帝国の昭和』でした。

〈二月二十六日という特定の時日はさておいて、青年将校がなぜこの時期に決起したのかといえば、第一師団が満州に派遣されることが内定し、当分の間決起の機会が得られなくなると判断されたからである〉(同書199頁)

なんのことはない、決起に参加すべき人員が満州派遣にとられてしまうことが原因だったというのです。意外な感もありますが、言われてみればたしかに、という理由です。まあ、クーデター未遂というのはそういうものなのか、と。
 (引用終わり)

なぜ冬のさむい時期に決起したのか?そういえば今まで誰も疑問には思ってはいなかったようですね。自分にとっても盲点でした。そういう見方があるのか!? 
 ということは、もしかしたら(もしかはありえないことですが)満州事変が起きなかったのかもしれないのでは?そうであったならば、その後の日本の歴史は大きく変わっていたかもしれません。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

春はもうすぐ?まだ遠い?

2025-02-21 15:22:32 | 思いつくまま


今日の最高気温はまだ分かりませんが、午前9時で2.9℃、正午は3.8℃でした。きのうの午前9時は2.5℃でしたが、正午は5.0℃と少し上がりました。きょうの最高気温は何度になるのか?最低気温はマイナス(△)1.8℃です。



この気温の低い天気は来週の月曜日まで続くとか言っていましたね。火曜日からは暖かくなるようなのですが、糠喜びにならないことを願うばかりです。世間ではあした22日から3連休なのですね。令和天皇の誕生日が23日で日曜日と重なったものですから月曜日が振替休日ということですか。



我々にはあまり関係ないことですが、時々今日は何日で何曜日か?不安に思うようなことがあって、これはやばいことだな不安にならないこともないのはまさに高齢者の高齢者である所以でしょうか。朝起きたらきょうは何年何月何曜日か口に出して何度か復唱する必要があるのかもしれません。



復唱と言えば、この頃はまあ何度も窓口等で質問されました。自分のフルネームと青年ならぬ生年月日をおっしゃってください、と。生年月日ですから、西暦でも元号でもいいのですが、西暦では長くなるので、わたしは端折って?「昭和〇△年」を「〇△年」何月何日と言っています。単純なことですが、意外と面倒に感じることもあります(笑)。

 美術館下の氷柱

月曜日まで寒い日が続き、火曜日からは暖かい日が続くようですが、昨日だったかな毎朝聞いているラジオ番組のお客様、東京のお医者さんですが、こんなことを言っていました。『春バテ』という言葉を聞いたことがありますか?夏バテならだれもが知っているでしょうが、春バテは聞きなれない言葉ですよね。(PCでも最初harubateと入力しても、一回で”春バテ”とはいきませんでした。)

 (気分良さそう!!!)

先生によると、毎日の寒暖差(内外も含む)が7℃以上であり、朝起きてもやる気が出ない、気が重いような状態を春バテと言っていたと思います。やっぱり寒暖差が大きいということは心身共に負担に感じるということですね。そんな時は8000歩以上歩き、その中に大股での早歩きを20分くらい取り入れるといいとか。

(分流沿いの梅の木です。どの鳥が巣をつくろうとしたのか?これは鳥の巣ですよね。)

ほかに、毎日飲む水分の量は1リットルから1.5リットルの尿が出るくらいがちょうどよくそれ以上飲むと体が冷えすぎ、むくみにもつながるとか言っていました。40℃くらいにあっためたタオルを眼の上にのせて目元を温めるのもいいとか。



今朝の新聞の訃報欄に載っていました、アイ・ジョージさんが亡くなっていたと。1月18日に心筋梗塞で亡くなったそうです。91歳でした。とっても懐かしい名前です、私にとっては。いや、昭和の前半の歌に興味があった方々はご存知のことと思います。



私が高校生くらいの頃ですかね、彼が全盛期だったのは。「硝子のジョニー」「赤いグラス」、よく口ずさんだものです。ギターを片手に直立して歌う姿勢はかっこよかった。低温ならぬ低音の魅力もあったですね。もうはっきりはしませんが、男性歌手としては音域が広く、2オクターブか3オクターブ出せたという記憶があります。

(スズメは19日の撮影です。)

日本人として初めてカーネギーホールで歌った歌手ということで、紋付き袴姿で歌ったそうです。脇差を差して歌ったのかなあ~(まさかね)。演歌歌手ではなく、男の中の男、男性歌手の誇りみたいなものを感じたなあ、矜持を背負いながら堂々と歌っていた、だから好きだったのかも。あっもしかしてギターを弾きながら真似をして歌ったかも・・・。

## 黒い面影、夜霧に濡れて、ギターも鳴いている ジョニーよどこに~ ## 歌詞もうろ覚えですが覚えています。メロディはもちろんおぼえています。背は高くはなったですね。でも、堂々としていてとっても男らしかった!!

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

いやはやびっくり、

2025-02-20 13:55:15 | 思いつくまま


きのうで一応予定していた大掛かりな治療行為は終わりましたが、さて結果はどうなりますことやら・・・・・。それにしても疲れました。いろいろあってこの頃の昼寝の時間は長くて、これで昼寝?と思わざるを得ません(笑)。2時間も寝たら昼寝の枠を超えていますね。それでも夜は夜で眠れます。夜間頻尿ではありますが。

                                                       

きのうの気温ですが、最高気温が3.9℃で、これはまあ見慣れた数字ではありますが、問題は、傘がないではなく、最低気温なのです。一瞬自分の耳が信じられませんでした。仙台の最低気温がマイナス(△)5.3℃というのです!!



この数値、にわかには信じられません。本当なのだろうか?と半信半疑がより自分の気持ちに近い感情です。ここ数年でもなかった数値ではないかなあ~。きのうの最低気温は△2.6℃、おとといは2.9℃でした。2月を振り返ってみると8日が一番低くマイナス(△)3.7℃でした。

              

テレビ朝日系列の緊急特番「ありがとう西田敏行さん」『不世出の名優よ安らかに・・・。』見ましたか?18日の午後1時から増上寺でお別れの会が執り行われたということです。いろんな方々が、共演したテレビや映画に関しての思い出を話していました。



弔辞としてはドクターXで長いこと共演した大門未知子役の米倉涼子さんの弔辞が胸を打ちました。そして、最後の郡山の高校の合唱部が歌う””もしもピアノが弾けたなら””、よかったですねえ。5,6人の男性もよく歌っていました。きっと極楽にも届いたことでしょう。いいお別れの会でした。



それにしても、今冬の日本列島の雪の量の多さにはびっくりですね。日本海側の豪雪、豪雪を超えて超雪とでも表現したいくらいです。今でこそ日本海側と太平洋側と表現しますが、私が小学校の頃は「表日本」「裏日本」と言っていたのです。学校でです、教科書もそう表現していました。何と失礼な表現だったことでしょうか。そういえば、昔は活火山・休火山・死火山という火山の分類でしたよね。死火山がいっぱいありましたが、いまは”生き返って”います。



有本恵子さんの父親有本明弘さんが亡くなりました。96歳老衰とのことですが、残念です。何とかして娘を帰国させたいという一念で生き、活動してきましたがとうとう力尽きてしまいました。



有本明弘さんが亡くなったことにより、政府が認定した未帰国の拉致被害者12人の親世代で生きているのは、横田めぐみさんの母親横田早紀江さんだけとなってしまいました。



政府は施政方針演説等で、文字面状は政府の総力をあげて北朝鮮による拉致被害者の帰国を何としても実現するなんてかっこいいことを言っても、口先だけで何が何でも政治生命をかけてでも解決するという意気込み気概を感じませんでしたから、正直なところ政府には期待はしていませんでしたが、それにしてもあまりにお粗末です。お粗末すぎます。



安倍晋三なんかは拉致被害者を最大限自分の政治活動に取り込んで、つまりは最大限利用して権力の頂点までのぼりつめたようにしか思えませんでした。小泉純一郎以外総理大臣として直接動いた政治家はいませんでした。



その頃は拉致被害者家族会はもっともっと政府に対して、国民に対して大きな声をあげてもいいのになあともどかしく感じていました。そしてもっともっと直接北朝鮮と交渉できなかったのか、直接乗り込むことはできなかったのか、そのくらいの覚悟で何らかの方法で乗り込んでいってもいいのになあと思ったのですが・・・。政府を信用したばっかりに何も進展しないまま時間ばかりが過ぎて行ってしまいました。何か悔しいです。

このことは、日本被団協のノーベル平和賞受賞の喜びとそれに対する日本政府の対応というか行動についても何か似ているなあと感じています。折角戦後80年という節目の年に、日本原水爆被害者団体協議会(=日本被団協)がノーベル平和賞を受賞したというのに、そういう千載一遇のチャンスを生かすという行動に日本政府は出なかった。

日本政府は、核兵器禁止条約第3回締約国会議への正式な出席はおろかオブザーバーとしての参加も見送っています。日本被団協から強く要望されているにもかかわらず無視している。今のところ世界で唯一の被爆国である日本は「核のない世界に向けて先頭に立って活動する」べきなのに、その大きなチャンスだったのにみずから蓋をしてしまった。何というおろかな行為であることか。

アメリカファーストを強烈に打ち出しているアメリカのトランプ政権、MAKE  AMERICA  GREAT  AGAIN  ですか、その看板の前には日本側の淡い甘い期待なんか消し飛んでしまうだろうに、依然としてアメリカの核抑止力を信じて、その庇護を甘んじて受け続けていこうとしているその根性が情けないです。

今こそアジアの一員である日本として、その認識の下での日本国の独立、日本の自立のチャンスなのになあ~。トランプとしては、MAGAのために日本に対して無理難題を一方的に押し付けてくるだろうことは目に見えています。あまりにも理不尽な要求をされるのであれば、その時こそがチャンスです。

それならば日本はアメリカの庇護から独立します、アジアの一員として独立路線を模索して構築していきます、アジアの盟主としての地位を確立すべく自立していきます、くらいのことを言えたら最高なのになあ~と切に思うのですがねえ。

           

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

白と黒、

2025-02-06 19:40:47 | 思いつくまま


いやあ、よく冷えた、とくに午前中。きのうは文句なしに一日中冷えた一日でしたが、きょうの特徴は午前中かな。3時間ごとの気温によるとすべての時間の気温はマイナス(△)だったということでしょうか。



午前3時はマイナス(△)2.1℃、6時は△2.3℃、そして9時は△0.2℃でした。この分で行ったら正午はどうなるのか?面白いなあと思って待っていたのですが・・・・。きのうの正午は0.5℃でしたが、きょうは2.3℃となりました。



でも、思い返すと昼前から外はお天道様がまぶしく、陽射しも中から見た限りでは少し暖かいかなと思われました。朝方の道路は何処も踏み固められた雪でしたが、太陽が昇ってくるとともに道路の雪も解けて消えていきます。すごいですねえ~、お日様の力は、エネルギーは。ありがたいことこの上もございません。



結局今日の最高気温は3.3℃、きのうは0.5℃、最低気温はきょうはマイナス(△)2.6℃で、きのうは△1.5℃ということになります。もうさすがの大寒波もきょうで終わりかなと内心期待して夕方の天気予報を見ていたら、あしたがこれまた厳しいということでした。ま、一喜一憂しないこと!ということですか。大寒は過ぎたとはいえ、まだまだ寒い日が続きますから。冬なのですから。


黒は2日の撮影になりますが、ご覧ください。



夫婦、つがい(番)でしょうか?何か見ているだけで癒されるかのようでした。あまり馴れ馴れしくもなく、適度な距離を保ちつつ近寄っている、くっついているという感じでした。



カラスは真黒くて、ごみをあさっては散らかして町内会の嫌われ者ですが、よくよく見ると可愛いものですよ。もともと頭はいいし、人間との間合いの取り方も大したものだと感心しています。


カラスとニンゲンの共存というか、共生は無理なのでしょうかね。河原のクルミを口にくわえて、高いところからコンクリートの上に落としてものの見事に割る、または自動車に轢かせて中身を頂戴する、よくぞ覚え、子孫につないでいるものです。

いろんな童謡や文部省唱歌がありますが、「七つの子」なんてすばらしい歌としか言いようがありません。歌詞もいいし曲も文句なし!!この歌の精神でなんとかカラスと共生していく道は探れないものでしょうか!?


             

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寒波 嫌い!

2025-02-03 14:50:51 | 思いつくまま
今朝方悔しいことがありました。こんなことならあと5分、河原にいればよかったなあと後悔しても先に立たずです。広い河原にいれば、広範囲に狙えたのになあ・・・。これです。ご覧ください。

(北北東に向かっている感じでした)

                

家に入ろうと門扉に手をかけたときに、南西の方からグワッグワッ(おのまとぺが下手?という言い方があるのでしょうか?)という声が聞こえてきたのです、すぐにこれは白鳥だとピンときました。しかし、周りは2階建ての住居ばかりで空が狭められています。

すぐには見つけられませんでした。だからこういう写真になってしまった次第です。



きょうから立春というのに、いやですねえ、全国的な大寒波。暖冬とか言っていたような気がしますが、どこへ行ってしまったのでしょうか。上空は大寒波、地上波大関税の猛威が吹きまくっているということでしょうか。



関税の猛威はこれからもっともっと強く大きくなるのでしょうか?徹底してアメリカファーストなんですね。トランプ台風に対してどう対応すべきか、1対1でのディールでは負けるでしょうから、アメリカ以外は大同小異でまとまらないとやっていけないでしょうね。まともな理屈の通るようなアメリカ政府の実力者の面々ではありませんから。フェイクとパワーでディールを優位に進めるのはお手の物でしょうから。



こういう状況下で我が日本国の総理大臣が訪米してトランプ大統領と会談することになったようですが、何を吹っ掛けられるか?どこまで言いたいことを言われるのか? それに対してどこまで日本国・日本国民を守るべく正当なかつ臆することのない論法で対抗・逆襲することができるか?それを期待したいところですが、期待はしたいけれどももう最初から無理だという諦めの心境になっています。

 

すべての面で、とくに軍需関係では押しまくられるのでしょうね。もしかして、GDPの5%くらいまで防衛関連費用を負担して、アメリカ軍の負担を減らし、かつアメリカの軍需産業を潤わせるべく高価な戦闘機等を購入(爆買い)する約束をさせられるのでしょう。



日米同盟、日米同盟を強固にして云々と呪文のように国内外で繰り返していますが、現在のような米軍基地を治外法権にしておいて、日本の上空を好きなように使わせ、米軍関係者の不法行為に対して指をくわえるばかりの情けなさ、それが””同盟””関係なのですか!?チャンチャラ可笑しいとしか言いようがありません。



宗主国と属国との関係を少しでも改善し、日本国を真の独立国とするべく、トランプを相手に結果的に負けてもいいから(もう負け犬根性です)丁々発止とやり合ってほしいのですが、今こそ大和民族の男(おのこ)の本性をみせて、戦うくらいの気構えで会談してほしいものですが、これもまた無理でしょうねえ~。



今のようなどこの国の外務省か分からないような外務省やアメリカ軍の五番目の軍隊(陸軍・海軍・空軍・海兵隊)と化そうとしている防衛省、この本来なら日本国の外務省であり防衛省のはずなのですが、二つの省の官僚の意識からすればそれは無理な要望と言わざるを得ないことでしょう。そうそう、もしかして農林水産省も狙われるかなあ~。アメリカの穀物の大幅な輸入の要求や種苗法のさらなる改悪もありうるかなあ。



いろいろ考えると悲観的なことしか浮かんできません。こんなことなら訪米しない方がいいのかなあ~とさえ思ってしまいます。日本は独立に向かて動き出すチャンスなのに・・・。

   (拡大すると)

ブログの内容が表題からかなり離れていきました。自由気ままに掛けるということがマイブログのいいところでしょうか。みなさまにはすみませんが。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

やっぱり残念、モリタクさん 森永卓郎さん

2025-02-02 15:32:01 | 思いつくまま


やっぱり寒いんだなあ~。家族も含めみなさんは何ということなくきょうという日曜日を生き生きと活動していますが、自分にはそれがとっても素晴らしいというか凄いことに感じられるのです。
正午には4.6℃まで上がったようですが、午前中は9時でさえも0.3℃でした。



みなさん、スーパーマンであり、スーパーウーマン(こういう時はまとめてスーパーパーソンというのかな)だなあ~と感じて羨ましくさえなってしまいます。みんな逞しいんだなあ、きょうの日を何事もなかったかのように、きのうの単なる延長とでも言わんばかりに当たり前に動き回っている、これが日常ということなのでしょうか。



28日にまだやりたいことがあっただろうに若くして森永卓郎さんがお亡くなりになりました。いまだに残念であり口惜しい思いがします。もっといろいろ発言して、いろいろ書いて行ってほしかった・・・。毎週月曜日の「おはよう一直線」への電話出演が永遠にできなくなった、森永さんの声を聴くことができなくなってしまった。やっぱりショックです。もっともっと森永さんの声を聞きたかったです。



ネット上で見つけました。”女性自身によるストーリー”として、27日の「お早う一直線」で話したことが文章になっていました。是非ご一読ください。以下部分引用させていただきます。

              

(引用開始)『 生前最後のメディア出演となったのは、亡くなる前日の27日だった。同日早朝に放送された『生島ヒロシのおはよう定食/一直線』(TBSラジオ )に、電話出演。早朝にもかかわらず全力で臨んでいたが、実は番組内で体調の“異変”を打ち明けていた。



パーソナリティーの生島ヒロシ(74)が「モリタクさん、大丈夫ですか?」と病状を尋ねると、「実はあまり大丈夫じゃないんですよ」と前置きしてこう告白していた。



「先週の放送が終わった後くらいから、ちょっと容体が急変してですね。本格的な転移が始まったようで、右の脇腹のところに一気に痛みが出てきたんですね。



今は医療用のモルヒネを打って痛みを抑え込んでいるんで、こうやってしゃべれるんですけれども、この1週間はほとんど何も食べていないのでパワーがなくなっちゃった。



ろくに歩けなくなっている状況で、今日お医者さんに来てもらうことになってるんですけども。実感で言うと、そう長くもたないかもしれないなと言うのが個人的な感想です」



生島が「先週はたしかにお声が弱ってるかなって……」と心配すると、森永さんは「転移が一気に広がるとまずいなと思ってたんですけど、ここまで急変するとは思っていなかったので、今は厳しい状況にあります」と率直な心境を語っていた。 』(引用終わり)


写真は今朝の「がっちりマンデー!!」に出演した最期の森永卓郎さんです。20年間出演したそうです。『おしらせはCM2のあとで』という決め台詞?が忘れられません。

改めて 森永卓郎さんのご冥福を心より申し上げます。





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

如月、2月です

2025-02-01 19:35:31 | 思いつくまま


いやあ、西暦2025年令和7年も1月が終わりきょうから2月に入りました。睦月が終わり、如月です。そして明日2日は節分で、翌々日3日は””立春””となります。それなのに、嗚呼それなのに今の日本列島はお大寒(お代官)様が引き続き迷惑な猛威を振るっています。



きょうの午前中はきのうよりも寒かったのですが、正午から逆転しました。正午の気温はきのうが4.3度できょうは5.5℃、きょうの最高気温は6.8℃(きのうは4.9℃)でした。来週の後半も低い気温の日が続くようです。何とか無事潜り抜けないと。



2月如月は、「旧暦では草木の芽が張り出す月。『草木張り月』が変化したという説、陽気がさらに来るので『気更来』という説などがあります。『衣更着』という字を当てたのは後世になってからのことです。」(日本の旧暦と七十二候)



という訳で、2月もよろしくお願いします。

     


              モクレンです。

    

本流左岸のカラスも、すぐ近くなのに逃げずに飲んでいたのか、何か食べていたのか。


              


               

やはり最後はこれですね。

 

               









  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

楽しみが増えました、

2025-01-31 14:21:37 | 思いつくまま


きのうは文句なしに寒かったですが、きょうもきのうほどではないものの寒いですね。午前中に関してはきのうよりも低い気温が続いています。正午の気温はきのうが3.2度でしたが、きょうは4.3℃とたかくなっています。



何よりも風が強いです。強い風が冷たい空気を吹きまき散らしています。秒速9メートルですから強いです。寒い日に強い風、最悪の組み合わせです。これに雪が加わったら最悪かな。まあ、雪も降りかた、雪の種類によっては逆に少しは暖かく感じたりもしますが・・・。



今現在進行中の全国的なプロスポーツとしてはバスケットがあるのかな。仙台のプロバスケットチームとしては89’s(エイティナイナーズ)がありますが、見るに堪えません、その惨状は。8勝かな、それしかしていません。何しろ見事に勝てないのです。負けっぱなしと言ってもいいくらいです。



新聞のスポーツ面の勝敗結果を見るときは、バスケットに関しては下の方を先に見ることにしています。つまり、上段のチームが勝利チームで下段のチームが負けチームですので、””当然勝ってはいないだろう””と思って下の段から先に見るわけです。そうすると、さも当然であるかのように仙台の名前があります。そして、その結果を見て納得する自分がいます。



あまりの低迷さに、個人的にはもういい加減に恥さらしを辞めたら、今期はもう試合放棄して対戦相手に勝利を献上してもいいのではないか!?プロ野球の敬遠のフォアボール制度のようなものです。もうどことやっても勝てる見込みはないでしょうから。いやはや、ついつい厳しいことを書いてしまいましたが、本音は奮起してほしいということです。負けっぱなしで、それでもプロか??ということですが。




仙台にはプロ野球としては東北楽天ゴールデンイーグルスがあります。きのうかな沖縄に飛んでいます。一軍と二軍ではキャンプ地が異なるようです。去年か、結構頑張っていい成績をのこしたと思っている監督(名前がとっさに出てこないのです。もう忘れ去られているのです!)、そうそう今江監督です、その監督を2年契約なのに、一年で首を切ってオーナーたちはのほほんと(と感じます)しているのでは。



フジテレビの陰の実力者日枝相談役を頂点とした支配階級のように、東北楽天は三木谷体制とそれにすり寄る石井GMたち実権派の言うことを聞かないとというか””気にいられない””と東北楽天ではやっていけないようです。田中将大ですねえ。何で出してしまったのか?去年は不調だったけれど、好調の前の手術して調整期間としての一時的な不調なのに出してしまった。



SNS上では巨人軍の一員として伸び伸びと楽しくやっているようじゃないですか!!あと3勝に迫った日米通算200勝もこの分では達成できそうですし(希望的観測)、楽しみが増えました。巨人自体は嫌いですが、個人としての田中将大には期待しています。そして、若手を育成しながら自分も勝利を重ねていくことでしょう、行ってほしいものです。


セリーグは9人制の野球ですから、ピッチャーも打席に立ちます。往々にしてチャンスの時にバッターとしての出番になったりします。なんでも、田中は高校時代はチームの中軸打者として通算17本塁打を記録しているとか。



写真は打撃練習中の田中将大です。バットを新調したようで、長さは86センチ、重さは880グラムといいます。スイングとバントの練習を楽しくやっているということです。



今年のプロ野球は、セリーグでの応援チームは広島C、個人的には田中投手を応援することにしようと思っています。パ・リーグの応援チームは今年は”””なし”””ですか。


カワセミの写真は27日の撮影です。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寒いのです、

2025-01-30 16:42:50 | 思いつくまま


きのうの最高気温は6.7℃でしたが、これは午前中の記録でした。正午は3.0℃、午後3時が1.9度、6時は1.8℃でした。きょうの午前6時の気温は1・8℃、9時は3.0℃、正午は3.2℃で午後3時は2.3℃となっています。そうそう今日の最高気温は3.7℃と発表されています。おとといの最高気温は11.9℃だったのに・・・。



きのうは午後から気温が全く上がらなかったのですが、きょうは午前中から低い気温のまま推移しています。日本列島に寒波襲来ですか。きょうの仙台の日中は雪や雨が降ったり止んだりですが、夕方から夜にかけてどうなることか? もう””大寒””の寒さの厳しさは十分分かりましたので、早くさよならしたいですね。


寒いのに、元気なものは元気なのですねえ~。分流のカモたちです。10余羽憩っていますが、カモの種類としても3種類あり、かつ一か所に密集するのではなく、三々五々終段ならぬ集団を作って分流の右岸側にいたり、左岸側にいたり、川の真ん中にいたり、それぞれのグループが気に入ったところに集まるようです。



そこに私が上流からゆっくり左岸を下って行くわけですが、もう見慣れた?カモはリーダーが素晴らしいのか、慌てることなく少し位置を前後にずらしたりして飛び立ったりはしませんが、無駄なエネルギーを使わないで済みますし、お互いに意思の疎通が図られているのか?!なんて勝手に思ったりして。



また、大半の集団はそうですが、クワックワッと群れの中の一羽が鳴くと集団は呼応して下流か上流に飛び立ちます。でも、カモは結構大きいですので、水面を少し走らないと飛び立てません。うるさいです。エネルギーも使います。賢いリーダーがいれば、ちょっと位置をずらせばいいものを・・・。



フジテレビというかフジグループも40年近くも一人の権力者が実権を握って、企業風土というか社風みたいなものをつくっていき、人事に関しても自分の意に沿わない部下は飛ばしたり、承認昇格させなかったり、そういうワンマン経営を継続すれば将来どうなるかは賢明なみなさま方にはお分かりかと思います。 


              


それにしても、八潮市の幹線道路の大規模な陥没事故今後どのようになっていくのでしょうか。道路の地下というものはこんなにも簡単に空洞化し、陥没するものなのでしょうか。怖いですねえ。目には見えませんから。

巨大な下水道の破損が原因らしいですが、全国では年間一万件の陥没があるということ、下水道の老朽化が進めば今回のような事故はほかでも起こりうるという、朝日新聞の天声人語の記事には驚きです。

トラックの運転手には気の毒としかいようがありません。こんなにも運が悪いということはあるのでしょうか。


寒いです。、モリタクさん、よくぞ末期がんで辛い体で活動したものです。言わずして死ねるか、書かずして死ねるかというものすごいいい意味での執念がそうさせたのでしょうね。でも、だからとしても残念です。何か悔しいなあ、とっても。
それに引き換え、こういうときに芸能活動等から身を引かざるを得ななくなった自業自得の生島ヒロシ、なんてことをやらかしてしまったのか。愚か者め!こちらもかえすがえすも残念です・


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする