鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

目の保養に、デコトラ

2014-08-31 22:20:22 | お知らせ

 いまは午後10時22分ですか。 日中はいろいろあり、夜は第9の合唱の練習があり、疲れました。

 

 ということで、きょうはこれを見て、昔流行ったデコトラがまだ健在なんだということを知ってください。

 

 場所は山形県寒河江市のチェリーランドです。 日本テレビの24時間何とかで昨夜か、撮影があったとか。 

 

 怖そうな運転手に恐る恐る聞いたら、きのうの夜が一番よかった、電飾がきらびやかで、数も今日の倍以上もあったとか・・・・。

 

 そうだろうと納得します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽自動車のデコトラもあるのです。

 


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戦場体験・百人展

2014-08-30 14:25:58 | お知らせ

 どういうことでしょうか、午後2時過ぎあたりから陽が差しこんできました。もっと早くから、できればきのうからこのような天気となっていてくれればありがたかったのに・・・・

 条件が許せばきょうは広瀬川に入るつもりでした。でも昨夜は一時的にも強い雨が降ったりし、多分山の方では雨が降り続いたのでしょう、広瀬川はきのうよりも濁りがひどくなり、水位も少し上昇していました。 いくらなんでもこれでは友釣りは無理でしょう、ガラガケはできるでしょうが。 ついていません。 釣り友はどこに行ったのでしょうか。

 

 きのう久し振りに小国川に入ったのですが、小国川と言えば何と言っても 最上小国川ダム建設です。 27日の地元の河北新報によると、建設反対の市民グループが山形県に工事費支出差し止めなどを求めた訴訟の口頭弁論が26日に山形地裁であったそうです。

 原告側は2012年9月、ダムは自然環境に大きな影響を及ぼすなど河川法に違反するとして、工事費の差し止めと支出済みの約400万円の返還を求めて提訴したものです。

 そうか、では山形新聞ではどのように報道しているのか、ネットで検索したのですが山形新聞ではそういう記事は見つかりませんでした。会員登録しなければ見られない記事になっていたのかもしりませんが、それにしてもやはり御用新聞の御用新聞のたる所以でしょうか・・・。

 

 「今、戦争を知り考える 戦場体験・百人展」の最後です。 これが一番迫力がありました。なんといっても本物の持つ迫力と言いますか、そこにあるだけで全体を威圧してるというか凄みみたいなものがありました。 これが一番最後の展示品です。

              

       

 ごわごわもいいところで、重いだろうし、中には何を着込んでいたのか、いろいろ考えると何とも言えない気持ちになってきます。

 下の絵はシベリヤで亡くなった戦友を埋めているものです。 硬くて深くは掘れなかったとのこと。

     

(一日分の食事) 

 (軍靴)

      (軍装一式)

                  

       

          

  

 ゲートルは家にもあったなあ。私が大学生の頃までは確かにありました。というのも私が戯れに足に巻いて寒さを凌いでいましたから。いまはどうなってしまったのか?全く分かりません。

             

      

               

 (三八式歩兵銃)

 そういえば歩兵銃に装着して使用する、銃剣も昔あったなあ。昔むかし向かいの畑で土を掘っていた父が見つけたものです。 どこに行ってしまったのか??

     

               

 米とか必要なものがぎゅうぎゅう詰め込まれている背嚢です。10キロと言いますが、とてもじゃないけど重くて、持ち上げるだけでも大変でした。 このほかに数キロの歩兵銃や鉄兜を被っての紅軍ならぬ行軍なんて、若かりし頃のnewoneにとっても無理な話しです。

   

 

 きのう一人で小国川に釣りに行ったために、オトリ缶を運搬しなければなりませんでした。(仲間と行けば若い人が持ってくれます。因みに私より若い人はいません。)

 極力水を多くしないようにして持ち運んだのですが、オトリ込み18匹を寄付するためには水も多くなければならないと思いそうしたのですが、それが堪えたのか帰宅してから腰が、とくに右側の腰が重苦しく、座っていると固まってしまうのです。

 いったん立ち上がりさえすればあとは何ともないのですが、腰を落ちつけると固まってしまい、立ち上がるときにはアイタタタタタタと腰をさすったり叩いたりしなければシャキッとしません。 やはり老人なのか・・・さみしくなります。

 考えてみれば男の平均寿命まであとたったの13年なのです。いやあ愕然としますねえ。少しでも後悔の少ない人生を送ろうと改めて思うnewoneでした。

 ごきげんよう

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山形はまだ夏

2014-08-29 21:03:20 | 小国川

 今週は広瀬川では全く竿を出せなかったので、体が鈍りそう、気分転換も兼ねて山形は小国川へ行って来ました。

 関山トンネルを過ぎると空は青く、白い雲が夏を演出していました。嬉しくなってきます。

 S名人宅でオトリを購入。天然鮎は1匹600円となっていましたが、1000円で3匹というサービスでした。 営業しているのだから申し訳ないのですが、そういう時は甘んじて好意を受け取ることにしています。

 びっくりです、小国川は渇水です。異常渇水と言ってもいいかも。それくらい水量が少ない。雨が少ないのでしょうか。当然水は澄んでいます。 広瀬川とは雲泥の差。 東西でこうも違うものか。 そして小国川にはまだ夏が残っていました。

 

 その渇水の小国川、一関大橋下流のドチャラで泳がせ釣りをしている人がいました。少し見ていましたが、その間で2匹も掛けていました。 泳がせが上手なのか、鮎が追い気があるのか、何にしても広瀬川ではおよそ考えられません。

             

 一関大橋下流の鮎釣りはほとんどがこういう釣りスタイルです。右岸へチ狙いです。この人も1匹掛けていました。

 

 鮎はいます。渇水でもそれ相応に追うようです。少しやる気が出てきました。大丈夫、これなら少しは釣れるだろうと。

 最初に入ったところは私の大好きな場所「経壇原」です。 今年のダイワとシマノの鮎釣り大会ではここでいい思いをさせていただきました。

① 

 ② 

  ③ 

 ①と②で竿を出したのは、9時30分から11時10分の1時間40分。 写真には写っていませんが、上流と下流には2,3人の鮎釣り師が入っていました。 車のナンバーを見たら栃木県の方から来ている人もいました。ご苦労様です。那珂川はパッとしないのでしょうか?久慈川や鬼怒川もあるだろうに・・・。

 ここ経壇原は、小国川の水量が少なくなったとはいえ、全体に深さがあり、水量はある方だと思います。 大会を思い出しますが、大会の時は本当に右岸へチぎりぎりを狙って釣りをしましたが、きょうはそこまで徹底はせず、ヘチの手前の瀬を中心に狙いました。

 というのも数釣りよりも、いい型の鮎を釣りたいから。 ①②のところが空いていたのはラッキーでした。ここしか入るところがなかったのですが、5分も経たないうちに掛かりました。ただ大きさはちょっと不満ありというところ。17センチくらいか。 でも2回目以降は20から22センチくらいの小国川としてはかなり大きめな鮎が掛かりました。

 ただ不満だったのは当たりが何か弱いのです。 はっきりと手応えがあったのもありますが、半分近くは何か掛かったかなというくらいの当たりなのです。 それでもその後の引きは強いです。強引に引き抜くつもりでしたが、半分は少し下りながら慎重に抜きました。

 それといささか傲慢かもしれませんが、周りを見てみるとよく掛かっているのはnewone一人と言ってもいいくらいだったのはとっても嬉しかったですね。有頂天になってしまいます。人間ができていません、半人前ですね。

 そういうわけで9時30分から11時10分までに経壇原では8匹を取り込みました。オトリとあわせれば11匹、これなら鮎釣り大会の予選は楽々通過ですね。 ここを往復するなどして粘ればもっと掛かったのでしょうが、他の釣り人のようにnewoneは気が長くはないので、移動することにしました。  いい型でしょう。

 

             

                    

 

 移動したのは上流側の長沢堰堤下流の急瀬です。写真で見ると減水のため急瀬には見えないかもしれません。もっと水量があれば荒瀬になっているかもしれません。

 ④ 

        ⑤ 

 ⑥ 

 ⑥で最初の1匹が掛かったのですが、キャッチしてがっかり。 小さいのです。 経壇原での小さい鮎以上に小さい。その後は⑤を中心に攻めてみました。 その結果⑤で5匹も掛けてしまいました。 時間は11時40分から13時10分の1時間30分でキープは7匹でした。

                   

 ただすべて小さいのだなあ~。これが少々不満。しかも当たりは経壇原と同じく、はっきりと分からないのも多いのです。 でもその後の引きは型の割には強いのです。これは嬉しいことです。 根掛かりもなくて過ごせました。 根掛かりがないというのはとっても嬉しいものですし、ありがたいことです。

  

 下の写真はnewoneの下流域の様子です。右岸側にも写ってはいませんが、二人いました。当然上流域にも釣り人はいます。

       ⑦ 

 疲れを残さないように早目に納竿としました。 8+7=15匹に購入したオトリ3匹を加えると18匹となります。 珍しくすべてのオトリは元気印そのものでした。それで急遽この鮎全部をS名人に寄付しよう、いつもお世話になっているので、鮎で恩返ししようと思ったわけです。 我ながら殊勝なな心掛けです。

 少しでもオトリを多く確保しておいてもらえれば、それだけ長く鮎釣りもできるということになりますから。お互い様、ギブエンドテイクです。

 半日で15匹の釣果、newoneにとっては大いに満足な釣果であり、鮎と川に戯れてきました。


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明日から少し蒸すか?

2014-08-28 14:23:37 | お知らせ

 火曜日の最高気温は23度、きのうが20度、きょうは今のところ22度となっています。 明日からは少し蒸してくるようなことを気象予報士が言っていましたので、期待しています。

            (午前8時50分頃の撮影です。)

 

 きょうもまた広瀬川はやや増水気味で、にごりはきのうよりきつくなっています。 もっと水位が下がって、透明感が増してくれて、ムシムシするような天気となってくれれば、広瀬川も少しは生まれ変わって、鮎も釣れてくれるのではないかと勝手に自分に都合のいいように思っているのですが・・・。

  

 それにしても今思うに、先週は誠に本当に ””ゴールデンウイーク””でした。 まさに黄金週間でした。

                (雨と植物のコラボです。)

  

 (何かだれも侵入していないまっさらな雪原をはじめて歩くような喜びがあります。)

 

                   

 何といっても17日(日)から22日(金)まで川に入れて、そこそこ、最初はびっくりするくらい、鮎がそれも大きい鮎が釣れたのですから、何か先週のことが全く信じられないというか、本当にそういうことがあったのか?と疑問に思うくらい、先週と今週では気温や川の環境が違いすぎます。 その落差に愕然としてしまいます。

    

         

 

 【きのうの続編です。】

                 

 きのうの朝日新聞によると、A級戦犯容疑者の孫で詭弁強弁はぐらかし誑かしの天才安倍が 「昭和殉難者法務死追悼碑」の法要に、自民党総裁名で哀悼メッセージを文書で送っていたということです。

    

 連合国による裁判を「報復」として位置づけ、処刑された全員を「昭和殉難者」として慰霊する法要で、その中にはBC級戦犯ばかりではなくA級戦犯14人も含まれています。

              

 哀悼メッセージの中で安倍は「今日の平和と繁栄のため、自らの魂を賭して祖国の礎となられた昭和殉難者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げる」といっているとか。

       

 私も個人的にはBC級戦犯として処刑された軍人には複雑な思いがあります。多くの場合はその意に反して、上官の命令に、上官に理不尽な命令に従わざるを得なかった軍人は多数いたと思います。上官の命令は「天皇陛下の命令」であり、軍人たる者背くことはできません。 「私は貝になりたい」のような状況は結構あったのではないかと思います。 また全員が「人間の条件」の梶のように強固な意志を持っていた軍人であるわけではない。

                      

 そういう指揮命令系統にあるのに、正に報復といっていいBC級戦犯として裁かれたのは直接手を下した、手を下さざるを得なかった部下(下位)の軍人であり、命令を下した上官はぬくぬくと生き残った、しかも軍人の風上にも置けない”投降して捕虜になって”生き残ったという場合、こういうケースは結構あったと思います。 何ともやりきれないです。

   

 そういうBC級戦犯として、いわば報復みたいな形で処刑された軍人の御霊に対してはこころから哀悼の意を捧げたいですし、どんなにか悔しかったことだろうと思うと慙愧に堪えません。

               

 そういう無念さをのこして処刑された軍人たちの身の潔白を証明したり、前にも何度も書いていますが、いまだ異国の土に放置されたままの遺骨を収集したりすることが、地道ではありますが大事であろうと思いますし、一番の問題は先のアジア太平洋戦争の指導者の責任というものを日本人自らの手で裁いて来なかったということだと考えます。

   

 その過程ではいろいろなことが明るみに出てきたでしょうし、そうすればいまだに中国や韓国北朝鮮等の国々から謝罪しろ、謝罪が足りないと言われることもなかったのではないかと思います。 今となってはもはやどうすることもできないという状況になってきているのがやりきれない悲しみです。

                  

 だからA級戦犯容疑者の孫詭弁強弁はぐらかし誑かしに長けている戦後生まれの長州人が、再度”富国強兵”を目指して独裁をほしいままにしているという状況が生まれています。

   

 牛越橋の方に住んでいる若い男がいます。車で通勤しているようで、車から、右翼の街宣車がよく大音量で戦前戦中の軍歌を流して気勢をあげていますが、それと同じように街宣車ではないのですが普通の車で旧軍の軍歌を流しながら走っている車があります。 時代はここまで来ているのか、ネトウヨ、ヘイトスピーチそういうことがはびこってきている現代の日本、まさに安倍の思うつぼの時代がやってきています。

 せめてそういう流れには抗いたい!流されたくはない!それが鮎釣りが大好きな”鮎釣り師たるゆえん”ではないかと思っています。 何といっても鮎は”天邪鬼”ですから。流れに逆らいますから。

 

 軍人勅諭勅語集

      軍隊手牒

           歩兵操典

                歩兵戦闘教練 第一部 第二部

                      在郷軍人心得

 

 写真は展示されていた本物の手帳等です。実際に触ることができました。何とも紙の質が悪いものです。少しでも粗末に扱ったらたちまちぼろぼろになってしまいかねないなと感じましたが、70年も経過しているからということも当然影響はしているでしょう。

 これからこういう手帖等がたくさん出版され、強制的に持たされることになるのではないでしょうか。そうならないようにしないと。

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ついにカーディガンまで

2014-08-27 14:47:40 | お知らせ

 寒い日が続きます。 外は曇り、重苦しい。 時折小雨や霧雨も降る。 今朝は長袖のシャツにカーディガンを羽織っています。 いやはやここまで来てしまいましたか。 もうすぐ9月だからなあ。 でも9月は残暑が厳しくあってほしい、なんて勝手に思ったりしています。

 

  

 今の時期は旧暦では 『処暑 初候』となっています(23日から27日まで)。 この頃から朝夕の涼しさを感じる日が多くなってくるということなのでしょうが、涼しさを通り越して寒さを感じるようでは困ります、大いに困ります。

 

          

 

 きょうまで「せんだいメディアテーク 5階ギャラリーC2」で、『今、戦争を知り考える 戦場体験・百人展 IN 仙台』 が開かれています。 もっともきょう最終日は午後1時までとなっていますので、もう終わっています。

          (チラシ表面)  

   (チラシ 裏面)

 主催は、公益社団法人マスコミ世論研究所・戦場体験放映保存の会 となっています。

戦場体験放映保存の会」とは、『もうすぐ消えてしまう戦場体験を、子や孫やその先の世代に遺しておかなければならない その危機感を共有する人たちによって2004年に設立されました。呼びかけの先頭に立つ「元兵士の会」の老兵士・体験者と、記録活動にあたる戦争を知らない世代のボランティアが一体となり、あの未曾有の戦争(日本人戦没者310万人、うち本土以外で240万人。アジアの戦争犠牲者は1700万人以上・諸説)の実態を伝える戦場体験の記録・蓄積に取り組んでいます。「無色・無償・無名」が唯一の原則です。  記録は証言映像を中心に、手記や冊子、絵画、当時の物品などもあり、一昨夏には「戦場体験資料館・電子版を開館(http://www.jvvap.jp/)しました。   』

      (三つ折り 両面印刷)

 ちょっと字が細かくなってしまいますが、(ルーペを使ってでも)読んでください。

 

 証言パネル一覧ですが、A3版二つ折り、両面印刷となっています。

           

 先のアジア太平洋戦争の兵力等の概略です。

 

 

 

 

 

 以下の2枚はソ連の捕虜となり、シベリアに抑留された中島 裕さんと木田 繁さんの「捕虜用郵便葉書」です。

 中島さんのハガキは(往)と(復)が一緒になっていますが、木田さんのは(往)のみで、(復)はありません。 返事を出したということでしょうか。

            

      

 これは「現役兵證書」ですが、これがいわゆる赤紙のことになるのでしょうか。 安田さんの場合は海軍(横須賀海兵団)への入営となっています。

             「右現役兵ニ徴集シ左ノ通入営団ヲ命ズ」

           

 命令書は昭和18年11月15日の日付で出され、入営団期日は昭和18年12月10日となっています。 意外と長い?25日間の猶予があったことになりますが、昭和18年だからまだよかったのでしょうか。 いままで読んだ本やドラマ、映画等の情報からはもっと短い期間を想定していました。 でも「戸主」ですので、いろいろなことを整理しなければならなかったのでしょうから、期間が長いということはないのでしょう。

 

 この本は会場で販売されていたものです。 全319ページ  2014年8月15日初版発行で、定価は2500円+税となっていますが、税込みで2200円で購入しました。

            

 裏の帯にはこう書かれています。

 これまでの「定番」話からは決して見えてこなかった、意外な戦場のすがお

 聞き書きの形でこそ立ち上がってくる 兵士たちの詳細な体験

 背景にある2500人以上もの 証言の集積がもつ説得力

 20~40代の若手が中心になり 自主的に集めた証言

 

 以下数回に分けて不定期に?紹介していく予定です。     ごきげんよう


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まるで 梅雨寒

2014-08-26 15:39:03 | お知らせ

 いやあ一気に、見事に気温が下がっております。 まるで梅雨寒、熱いコーヒーが欲しくなる天気です。 朝から空気は冷たく、くもりから小雨、本降りから小雨、いったん止んだり霧雨になったり、何とも重苦しい、鬱陶しい天気となっております。

 

 今週もずーとパッとしない天気のようで、これではもう夏が終わってしまうかのようで、気分も落ち込みます。 鮎釣り師としてはまだまだこれから一花も二花も咲かせたいところなのに、天気がこんな様子では悲観的にもなってしまおうというところです。

       

 (分流は一昨日の夜にかなり増水したようです。きのうは増水濁りの分流でしたが、きょうはだいぶ落ち着いてきました。濁りもなくなって、水位も下がってきました。) 

 それにしてもうまくいかないものです。 それでも少しでもいい方向に解釈すれば、先週17日(日)から22日(金)まで連続して六日間広瀬川に入れた、大鮎が釣れた、そして”おでこ”の日はなかったということは不幸中の幸い、もしかして今夏最大の幸せであったということになるのかもしれません。

 

 9月は暑い日が続くようではありますが、秋にずれ込むと言われていたエルニーニョ現象はどうなるのでしょうか。 広島のことを思うと釣りのことばかり言っていて、申し訳なく非常に恐縮してしまいますが、この異常としか言いようのない、あまりに局地的に極端な天候、何とかならないものなのでしょうか。

 

 (雨の中合羽も着ないで、静かにオトリを泳がせていました。 おとりはガラガケで捕ったようです。左岸手前を狙っていますが、これは正解です。左岸の立ち込んでしまうところにいい石が入っているからです。10分くらい見ていましたが、掛かりませんでした。)

 このままいくと自然災害で、人間界の経済活動や”国民の生命と財産を守る”というA級戦犯容疑者の孫の安倍の教条的なフレーズによる、アングロサクソンを死守する軍国主義日本の確立の前に、人類(日本人)の未来はおかしくなっていくのではないでしょうか。

 自然界の人間界に対する思い上がりを叩き潰す一連の行為、現象なのかもしれません。自然界を神と言ってもいいのかもしれませんが。 だってあまりにここ2,3年の自然災害、あまりに多くないですか? 地球もいよいよ新しいサイクルに入りつつあるのかもしれません。自然界に対して人類はもっと謙虚に耳を傾けないと、滅亡が早まるのかもしれません。

 (話しは飛んでもない方向に行ってしまいました。)

 

 ここからは撮り溜めしておいた分流の河原に棲む動くものたちの出番です。 さいしょの4枚は25日撮影のものです。

  (嫌われ者) 

   

 

 以下の3枚は23日のものです。分流にはカラタチの木はなく、少し下流の本流に近い場所のアゲハチョウの幼虫です。 アゲハチョウは年に1回しか卵を産まないのだと思っていましたが、年に2,3回も生むそうですね。知らなかった・・・。

        

                    

 そうそうこれも23日のものです。4枚

      

    イナゴですね。    

 イナゴと言えば子どもの頃食べさせられました。 親たちが田んぼに行って一杯捕ってきて、羽と太い両足をとって、鍋で醤油と砂糖で味付けして煮ていたものです。貧乏人の貴重なタンパク源だったのでしょう。 正直って美味いとは思いませんでしたが。

 

 お口直しにどうぞ!

   

 

 それでは ごきげんよう

 それにしても女優さん方の背の高いこと、細いこと、スタイルのいいこと、長澤まさみは綾瀬はるかよりも細かったですね。ちょっと意外という感じでした(個人的に)。


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海街diary 他

2014-08-25 16:09:29 | お知らせ

 きょうまで暑くて、明日からは涼しくなり、もう決して暑すぎるようなことはないだろうというよほうですが、大して暑い一日ではなかった。 過ごしやすいとさえ言えます。

 

 生活する分にはありがたいですが、まだ鮎釣りに拘る自分としては、それではまだ早すぎます。まだまだ暑い日が続いてほしいところです。

    

 

 きょう25日から市内の小中学校では授業再開や2学期の開始となります。と同時に交通指導隊としての定期立哨も開始ということです。 子どもたちの元気な姿を見られることは嬉しいのですが、高校生たちの自転車運転、きちんと交通ルールを守って走って欲しいものです。

             

 これは一朝一夕にはよくなりそうもありません。 学校あげて授業で徹底的に叩きこんでもらわないと直らないような気がします。自転車で加害者になったらそれこそ大変なのだということが身に沁みて分かっていない、実感できていないのが問題です。私としては是非とも学校の自転車置き場付近でチラシを配りながらの交通指導が必要だろうと思っているのですが、行政(区役所や警察)では路上での指導しかしていません。

 

 こどもたちのほぼ100%は元気に登校して行ったのですが、一人だけあまりに暗くこちらからのあいさつにも応えてくれない女の子がいまして、気になるところです。

      

 1年生かな、夏休みの課題として出されたのでしょうか、朝顔のような鉢植えを3,4人がもってきましたが、本人がもつのではなくお母さん方が持って、子供と一緒の登校となっていました。 それにしても、子どもたちの持ち物は多すぎませんか?こんなに持っていくなんておかしいように思いますが。

  (投網の人が・・・)

 

 午前中ですが、河原を歩いても蝉の声がめっきり聞かれなくなってしまいました。さみしいです。聞こえてくるのは”ツクツクホーシ”だけでした。 ツクツクホーシは夏の終わり近くになって鳴きだすと言われますが、仙台ではかなり前からアブラゼミやミンミンゼミと共に鳴いていました。 

 代わりに勢力を伸ばしてきているのは”コオロギ”類ですね。 これは家の周りについても言えることです。 やかましい!と言いたいくらいに鳴き出すのも間もなくなのでしょう。

 

 ということで?きのうの続きというか、補足というか ”海街diary” です。「海街diary」の公式ホームページをご覧になっていただければ分かるのですが、きのう撮ったシーンの数々はその公式ホームページの『試し読み』(第1話「蝉時雨のやむ頃」)で見られるところでした。

 

 全部で26枚(ページ数では52ページになるのかな)分が見られます。興味のある方は是非ともご覧になってみてください。 実写の方は漫画よりもはるかにきれいな女優さん方が演じていますから、来年夏公開がお楽しみになることでしょう。

                       

 「すず」の母親「陽子」役の女優さん、喪主を演じたのですが、私好みでよかったですね、もしかして4人の女優さんよりもよかった、気に入ったといってもいいのかもしれません。

  

 エキストラとしての出演ははっきり言って ”最悪” でした。 助監督(女性)に気に入られなかったのでしょうか? 地元の人たちの(いい意味での)田舎臭さが大事な場面ではありましたが、それにしても私一人が助監督に”冷遇”されたように感じてしまいました。 、エキストラとしてはさっぱり出番がなく、面白くなかったですね。

                  

 だから来夏の映画はみません。今から言っておきます。 原作は面白いようですし、監督も素晴らしい監督なので、出来栄えはきっと素晴らしいものとなることでしょう。 是枝裕和監督ですから。 でもこの監督があの有名な是枝監督か?とその服装と顔つきから感じてしまいました(失礼しました)。 ただ、確かにこだわりが強いですね、本番だって”もう1っ本”といって何度も撮りなおします。 このこだわりの強さがいい作品を生み出すのでしょう。

 

 それと拘りと言えば録音掛かりというか音響担当ですね、若い人が2人でやっていたのですが、あの重そうなマイクを肩で持って俳優のところまで持っていく、発言する人の上に持っていく行為は大変だろうなと思います。 ホールのエアコンに気を回すのは当然としても、時計の音にも敏感で、私には聞こえないのですが時計とめさせたり、完璧を求める態度は監督と同じといっていいのかも。 始終ぶつぶつ小言を言いながらの仕事ぶりという感じでした。 でもプロとしての気持ちは伝わってきました。

                    

 もっとも映画作りに従事する人たちはもう本当に本当に映画が好きな人たちで、いい映画を作るためなら何でもする、どんな困難なこともじっと耐え抜くという気概が感じられます。 撮影機(カメラ)をセットするというか、撮影機はいろんな機能がついているようでとっても重そうですし、被写体とカメラとの位置関係をその都度メジャーできちんと測りますし、カメラにはレールの上を走れるように車輪も4つついていますし、ゴムの車輪も付いています。

 

 少しでもブレをなくすためでしょうが、シーンの都度レール(6~8メートルくらい)を敷き直します、上手くできているもので、折り畳み式ですぐに接続できます。 でもそれからがまた大変というか、ながい平衡器というのでしょうか、水平機というのか、それを前後左右のレールに乗せて平行かどうかをはかり、小さいベニヤの破片を詰めて平行を保つようにします。

                     

 エキストラとして出るのはもちろん楽しいのですが、現場でのスタッフの仕事ぶりにもとっても興味があります。じっと細かいところまで見るのが好きになって仕舞いました。

 

 ツバメの姿、可愛いでしょう。 エキストラの控室となっていた建物の庇にツバメの巣が4つありました。でも小ツバメが居たのは一つだけでした。 お昼頃と3時頃の2回に分けて撮ったものです。

                  

 最初は3羽の子どもかなと思っていたのですが、実際には4羽いました。 まだ飛び立つじきではないようです。 とはいっても巣の端の方で羽を広げたりはしています。

 そして2羽の親は子どもたちに餌をやるのが大変です。 交互に巣にやってきては、子供に餌を与えてすぐにまた飛び立ちます。 子どもたちも普段はおとなしくしているのですが、時間が経つと4羽同時にピイピイと大きな声で鳴きます。 大抵そういう時は親ツバメがエサを運んでくるようなのですが、そうとばかりは限りません。親ツバメが来ないこともあり、少しするとおとなしくなります。 その繰り返しですね。

 

 きのう見飽きなかったのは、女優さんたちとツバメの家族でした。 長くなりました。

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四人の美女たちと、

2014-08-24 20:26:10 | お知らせ

 今まで結構な数の映画やテレビに出演してきました(何とも生意気な言い方で、恐縮至極に存じ奉ります)が、きょうの映画の出演程”美女ばかり”というのも初めてです。

 朝7時(家を出たのは6時20分頃)から夕方の4時過ぎまで県南の山深い地域での撮影に参加してきました。 疲れました。 暑い中座っているのは苦痛です。 苦痛と疲労ではありましたが、間近に美女軍団を見られて、幸せでありました。

 もう残り少ない人生の中でこういう経験はないでしょう。 生前の見納め、まあ、悔いはない、悔いのあろうはずのない経験でした。

 何しろ「八重の桜」で会津魂をいかんなく発揮し、全国に広めてくれた”綾瀬はるか” 、さんまが大好きだった(過去形でいいのかな)”長澤まさみ”、”夏帆”、そして一番若い”広瀬すず”という豪華メンバーです。

 ここまで読んで ピンときた方は勘が鋭い。 そうなのです、是枝裕和監督で今撮影中の映画 ””海街diary”” です。

       記念品のノート (表)

                   a film by KORE-EDA HIROKAZU 2014 summer

 彼女らのお父さんの告別式の場面です。 あしたも撮影はあるのですが、私は出られず今日だけの出演ということになりました。

 暑かった、とくに午前中は暑かった。 午後3時くらいから小雨が降り出したら少し涼しくはなりましたが。 夏の設定(8月3日・4日)でしたが、FCからの連絡にはそういう記述はなかったので3シーズン用の喪服としました。しかも長袖シャツです。 暑いはずです。 とはいっても夏用の喪服はないのですが・・・。

 (裏)

 © 2015 吉田秋生・小学館/「海街diary」製作委員会

        © 吉田秋生/小学館           (2014.7.25)


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六日目の広瀬川

2014-08-23 10:42:11 | 広瀬川

 (きょうはいつもより早くブログを書いています。)

 きのうの夕方から夜にかけて雨が降り雷鳴も鳴りましたが、心配するほどのことではなく、ほっと安心して寝たのですが、山の方ではやはり降ったのでしょう、朝7時前の分流は10センチくらい増水して、かなりの濁りが入っていました。

 

    

 きょう釣り友と広瀬川の大鮎釣りに挑戦しようと相談していたのですが、準備は万端整えておいたのですが、それでなくても渋くなってきた広瀬川です、ガラガケならまだしも友釣りは無理だろうと判断しました。 もしかして午後遅くからなら竿を出せないこともないかなと、自分に都合のいいように考えたりしていますが、自然界はそうそう人間の思うようにはならないものです。

 

 ということで、きょうもまたきのう(22日)の午前中の広瀬川での鮎釣りについての事後報告となります。報告の義務はないのですが、六日連続して竿を出し続けるなんてことは、しかも広瀬川で、前代未聞、初めての経験です。 だからとっても貴重な経験ということになるわけです。

 きのうは9時30分から12時10分まで竿を出しました。 スタートは牛越橋の下流のいつものところで、その後分流の南側の本流まで釣り下ってみました。きょうのリサーチということもあったので。 上流にこの前立ち話をした友釣り師がトロ場で静かに泳がせていました。

 

 ①と②で竿を出しました。 20日の再リベンジを目指したわけです。 その結果は 吉 と出ました。こういうこともあるものです。

             ① 

      ② 

 きのうはいつもならもっと立ち込むところを、中央よりは左岸寄りに立って、オトリを放します、大きい仲間を連れて来てくれと願いながら、語りかけながら。 鮎釣り師は結構鮎に語りかけていますよね。 お願いすることの方が多いのかもしれませんが、何と言っても友釣りは”おとり”次第ですので、少なくとも最初は大事に丁寧に取り扱います。

 …ちゃんと泳いでくれよ! 根掛かりしないでくれ! 早く仲間を連れてきてくれ! そうすれば無罪放免?だ!・・・ 

 9時30分から50分の20分間で、何となんとナント”4匹”も掛かってしまったのです。 最初の2匹は意外にも小型、といっても21センチはあるでしょう、なんだまだこんな小さい鮎がいたのか!?もう大きい鮎はいなくなったのか? そんなことを勝手に思ってしまいます。

 普通は大きい鮎から掛かり、徐々に小さくなっていくものですが、きのうは逆でした、釣れるにしたがって大きくなっていくのですから。 これはとっても嬉しいことです。

 でも、当たりが不満なのです。 極端な場合、当たりは目印にも現れません。 いつしか掛かっていたということです。 4回の内、はっきりと目印と手もとにあらわれたのは1回のみ、あとは目印で分かったのと、いつの間にか掛かっていたものという内訳です。

 でもその後の取り込みまでの引きや抵抗は強いものがあります。 でも3回目か、抜こうとして竿を立てるのですが、鮎は寄ってくるものの掛かり鮎の姿は水面に現れず、そのうちとうとう手元まで来てしまい、寄せて取り込むということになりました。 ひきよせでの取り込みは今夏初めてです。 バッチリの背掛かりの場合なかなか抜けません。

 デモですねえ~、4匹目を泳がせているときに、痛恨の根掛かりです。 かなり右岸側ですが、何とか入って行けないことはないようでしたので、(流れが強ければもう諦めるのですが)入っていきました。 

 しかし、そこにある大き目の石に針が掛かっていたのが分かったのですが、その所からすぐにさらに深くなっているようなのです。 もう無理かと思ったのですが、そうかこれを使ってみようと初めて思いました。

 (左は水温計)

 この「根掛かり外し」です。伸ばすと長さは80センチくらいかな。 これに水中糸を通して川底へ。 底はどうなっているのか分からないまま、何度か不規則に?動かしていたら、ハリがこの黄色輪っかに引っかかってくれて、取り外しに成功したのです。 嬉しかったです。

 

 でもいいことばかりは続きません。 完全に場荒れ、場所を荒らしてしまったようです。その後ぱったりと当たりは止まりました。 全く掛かりません。 仕方なく③の瀬から釣り下ることになりました。

 ③ 

 ④ 

 ④や⑤のように、いい瀬は右岸側にあります。 いつもはこの長い瀬を釣り下れば2,3匹は掛かってくれたのに、きのうは全く掛かりません。掛かりそうな気配さえしません。

 ⑤ 

 

 さらに下って旧松淵の岩盤と岩盤の間を泳がせたりもしてみたのですが、ここでも全くなんにも掛かりません。⑥と⑦

 ⑥ 

       ⑦ 

 

 さらに下って、中洲の南側の本流へ。 ここでようやく1匹掛かりました。 これで5匹。 これなら明日の釣り友との釣行の元気なオトリは確保できたと一安心です。

      (オトリも入っています。)

    

                   

 

 


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またしても、投網

2014-08-22 15:13:11 | 広瀬川

 20日の最高気温が35.4度、きのう21日は31.8度でした。 それまでは五日連続して最高気温は30度を切っていました。 また暑さが戻ってきたという感じです。

 またしても、きのう21日の広瀬川釣行の記録です。 時間は9時10分から11時までの2時間弱でした。 お昼近くなってからは晴れ間も出て暑くなったのですが、午前中はあさから曇りで、小雨も降ったり、遠くに雷鳴も聞こえるというよろしくない天気でした。

 

 

 21日は、釣り友の話しから出てきた中洲の南側の本流はどうなのかということから、ダメもとでそこに入ってみることにしました。 ここからスタートしました。①から③のように流れていきます。 誰も竿を出していない状態がずーと続いていたのならば、それなりに釣れるのではないかと淡い期待を抱かせました。

 ① 

         ② 

    ③ 

 ③を泳がせていたら、何か変な動きがあり、もしかして掛かったかなと、でもハリ掛かりは無理かなと思いながら竿を立てたら、掛かっていました。 開始後10分くらい。何とも味気ない引きですが、そのごのやり取りは醍醐味がありました。

 釣り下って、左岸から右岸寄りを泳がせていたら、ここでも明確な当たりは伝わらないままに鮎が掛かっていました。 敵(鮎)も掛かったことに気がついてからは、狂ったように暴れます。 急瀬でしたので、必死に堪えて近くから抜いたのはよかったのですが、またしてもバカをしてしまいました。 掛かり鮎をタモの外に出して、オトリ鮎を確保してしまったのです。いままで何回やったことか・・・。懲りない面々ならぬnewone

 でも気を取り直して、その近くで泳がせていたら今度はバッチリ、大鮎の強い引きが伝わってきて、そうでなくちゃあ~と心の中で叫びながら無事取り込みました。 これで3回掛けて2匹取り込みです。

 この場所は左岸中洲には大きな木がたくさん出ていて、それがとっても邪魔なのですね。竿の操作がしにくいのです。 それで水量も少なかったので、右岸側に渡り、そこから左岸の急瀬を狙うことにしました。 (カメラが右に傾いています。)

 

             

 その時です、見てしまいました、投網の人を、それも二人も・・・。 集団での投網は禁止されているはずなのに。

 

              

 

 まさに彼らのいるところまで釣り下るつもりでした。 やる気が失せていきます。 でもかすかな希望というか、美術館下の岩盤の溝は投網が入らないだろう、無理だろう、そこに少しは鮎が残っているかもしれない。その中には追う気のある鮎がいるかもしれない、そう思うことにして、上がってくる彼らとすれ違いにこちらは下って行きました。

         

 でも天は自ら助くる者を助く、ここに1匹追う気のある鮎がいたのです。 あまり引きが強くはなかったかのように感じました。 これで4匹掛けてキープは3匹となりました。 

 下流を見るとこうなっていましたが、とても釣れそうにないので、納竿を決意しました。諦めも肝心なんて自分に言い聞かせて、何か惨めさも加わって複雑な思いです。

 

 

 帰るにあたって分流を逆に上流に向かって歩きました。 そのときの水中写真です。 大き目の石があり、苔が付いているといるのです、鮎が。  結構大きいハミ跡ですよ。

                 

 

                      

 

            

 

     (オトリも入っています。)

 

 


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いよいよ初陣!

2014-08-21 15:13:57 | 広瀬川

 きょうの天気は何とも不安定なものです。午前中は薄曇りから時々小雨、雷鳴も遠くから聞こえてきました。 午後近くからは少し蒸し暑さを感じるようになり、時々思い出したかのように小雨が降ったり、・・・。

 

 きょうはおもしろい映像からご覧いただきます。 分流の中からの撮影です。 いつもと同じところを狙っています。

  

 分流とはいっても場所により結構深いところもあります。まあ深いと言っても足の付け根くらいの深さですが。 この写真なんかなかなかいいじゃないですか。自分で言ってりゃあ世話ないですが。

       

 

 

 ということで、またまたきのう(20日)のお話しから始めます。 きのうも午前中広瀬川に入りました。 こうなれば一週間連続しての釣行を目指そうかなと思っていますが、そう思うとダメになったりして・・・。

 きのう20日は、19日のトロ場での戦い(釣り)があまりにも不甲斐なかったので、そのリベンジを目指したわけです。掛かり鮎の半分も取り込めなかったなんてお恥ずかしい次第ですから。

 場所は牛越橋下流の大石がゴロゴロしているところの上流域の瀬頭からトロ場です。どうしたのでしょうか? きのうは上流側にガラガケの人が一人いただけでした。 彼は瀬ではなく、私が入ろうとしているところのさらに上流側のトロ場に入ってどちらかというと右岸側を、縦に引いて攻めているようでした。 時々掛かっていました。 こちらからはあまり大きくは見えなかったようですが、実際はどうかはっきりしません。

 いずれにしても19日と同じ場所に陣取り、釣りの準備をします。 きのうは持っていったのです、何を? 新しい手作りの朱色のタモを、です。 手作りタモの初陣です。責任が重いですね。(何の責任?)

             

 すぐにでも掛かりそうな雰囲気ではあります。貸切状態なので、どこまで数を伸ばせるものやらなんて皮算用していると、そういう時に限って欲が目を見えなくするのでしょうか、掛かりません。

 竿を出して15分前頃か、手前の方の水中で鮎が白い腹を見せて、ヒラを打っているのが見えました。 最初は鮎はいるじゃないかと思ったのですが、いや待てよこれはもしかして掛かっているのではないかと思い、慎重に竿を立てました。

 やはりそうでした、掛かっていたのです。でも手もとには何の手応えも伝わっては来ませんでした。掛かり鮎は対岸に走ったり、急に下流の瀬を目指したりと動き回りますが、ここは慎重に構えて、何が何でも確保してやるという強い意気込みが勝ちました。

 

    (こういういい流れでも掛かりません。追いません。)

 無事24センチクラスの鮎をキャッチしました。朱色の手づくりタモの最初の仕事は見事な?捕球ならぬ捕鮎でした。 でも折角1匹掛かったのですが、その後が続きません。いつものパターンですね。 いくら粘っても掛からないので釣り下ります。

 それからは主に右岸側の急瀬を泳がせながら釣り下りました。

 

 ひとつの瀬で掛かるのは1匹のみ、まあ何とかその後3匹掛けて、合計4匹のキープ。釣り人はいない、どこでも竿を出せる、しかし、追ってくれない、掛かってくれないという厳しい現実。うまくいきません。

 最後に上の写真の瀬でようやく掛かりました。 竿は大きく弧を描いて、強い引きが伝わってきたのですが、それも2,3秒のみか、急激に抵抗がなくなりました。 引き寄せてみたら、ハナカンハリスが切れていました。 オトリ鮎の下の方で切れました。

 こういう恐れは少しあったのです。というのもハナカンハリスがチリチリというかパーマになっていたのですが、手で引っ張っても切れそうになかったのでそのまま使用しました。その結果がハナカンハリス切れです。うまくいきませんね。どこまでも。

 キャッチミスはなかったのですが、やはりハリス切れやバラシは2回くらいはありました。

 そういうわけでトロ場でのリベンジはならず、かえって逆に返り討ちにあってしまったかのようでした。 8時45分から10時35分の1時間50分でキープは4匹でした。

 

 帰りのことも考えて大きく下りました。 旧松淵の岩盤の瀬を狙ってみました、ダメもとで。そしたらこんなものがいつの間にか掛かっていました。久しぶりのことです。

     

 

           

 カジカですよね。ヨシノボリではありません。高級食材ですが、小さいですし、逃がしてやりました。 10時50分から11時までで釣果ゼロでした。

                    オトリも入っています。

          


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三日連続の広瀬川

2014-08-20 16:06:14 | 広瀬川

 はじめに、局地的な豪雨により多大な被害を被った広島市の皆様にお見舞い申し上げます。 少しでも早い復旧を願っています。

 きょう仙台は初めての『猛暑日』を記録しました。 最高気温が35度を超えたのです。 どこのこと?と最初は信じられませんでした。 きょうも午前中広瀬川に入ったのですが、まさかそんなに暑くなっているとは思いもよりませんでした。 午前中だったからでしょうが。

 川から見上げる空の雲。いろんな雲がいつの間にか現れては消え、また姿を変えて現れます。 見飽きません。

 

 

 

 

 

 またしても一日遅れの報告で恐縮です。そんなに続くことはないだろうと思いますので、もう少々の辛抱です。

 19日も広瀬川に入りました。 時間は午前9時5分から11時35分までの2時間30分です。今のnewoneにとってはこのくらいの時間がちょうどいいようです。 集中できる時間はそんなに長くは続かないでしょうし、疲れを持ち越すことのないようにするにはちょうどいいのかもしれません。

 やはり、最初は17日にとってもいい思いをしたところに入りました。ある意味敬意を表してということもあります。 でも全く掛からず、掛かりそうな気配もありませんでした。さびしい気持ちです。17日のあの圧倒的な鮎の追い気は一体何だったんだろう??たった一日で終了とは、いかにも広瀬川らしいと言えばそれまでですが、それではあまりに淋しい限りです。15分オトリを泳がせましたが掛からず、上流へ向かうこととしました。

 

 

 牛越橋の下流200メートルくらいの大石が顔を出していたり、大石が沈んでいたりしてとっても歩きにくいところです。きのうも入ったところです。 上流側には友釣りの人とガラガケの人がいました。だから希望の場所へは入れず、その手前の急瀬に入り竿を出しました。

 

 天は我に味方したようで、すぐにいい型の鮎が掛かり、下りながらも何とか取り込みました。 でもその後が続かず、どうしようかと迷いながら上流へ向かい、がまかつの竿を持っていた人と話しをしました。

 

 その場所の左岸にこんな魚がいて、びっくりしました。死んでいます。 かれが言うにはプカプカ呼吸しているサクラマスもいるはずだというのです。でもこれは完全に死んでいます。でもすごい歯をしているのですね。この歯で咬まれたら結構痛いですよ。鮭科の魚ということが分かります。右側の目はカニに食われていました、多分。

     

     

            (撮影にあたって、場所や姿勢を変更しています。)

 

 その人はその時は急瀬を釣っていましたが、その前はトロで静かに泳がせていました。話しを聞くと、トロ場で3匹掛けたとのこと。 手尻をかなり長くとっていて、ハリは2段のチラシバリを使っていました。 曳舟にオトリを入れておくとたくさんの釣り人が盗まれているという話しを聞きました。そこいくと”砂鉄川”は素晴らしいですね。

 彼の承諾を得てかれの上流の瀬頭からトロになるところに入らせてもらいました。

 

 

 

 結論から言うとこの本の数メートルの範囲の場所で、1時間くらいで7回も掛かったのです。 ここが微妙な言い方で、7匹も釣れたのですといいたいところですが、そうではなかったのです。 あくまでも掛かったのが””7回””あったということです。

 7回の内訳は、取り込みが3匹のみ、たったの3匹です。 恥ずかしい。 瀬での引き抜きとは異なり、ついつい手前に寄ってくるので抜きにくくなってしまいます。 そのまま引き寄せた方が結果的にはよかったのでしょうが、あくまでも引き抜きにこだわった結果、3匹もバラシテしまいました。

 例によって掛かり鮎ではなくハナカンのついているオトリ鮎をキャッチしたりが2回、その結果掛かり鮎はタモの外から水中にポッチャンです。1回はタモでのキャッチ手前でポロッと川に帰っていったり、ハリスが切られたり、まあ散々なトロ場での釣りとなった次第です。

 本当に恥ずかしい限りです。 情けないと言ったらありゃしない・・・。 さおはがまかつではなく、オリンピックの引き抜き急瀬にしました。これがよくなかったのか?と思ったりして。オリンピックといっても、新生のオリンピックです。何とか鮎釣り用の竿を作り続けたいという社員達の心意気に打たれて買ったのですが、硬いばかりで反発力が乏しいようで、急瀬や荒瀬専用の竿のためでしょうね。 なんといっても”引き抜き急瀬”ですから。

 というわけで、瀬頭やトロ場ではキープは3匹のみ、瀬で掛けたのと併せて4匹という結果となった次第です。 8~9匹は取り込めたはずなのですが、後の祭り、タラレバの話しでした。 でも悔しいですね、本当に悔しく!!情けない!! 

 

 釣りが”雑になってきた”ということははっきりといえます。大会ならこうはなりません。でも太仕掛け、太竿での瀬(ばかりではないですが)での釣りは楽しいです、これぞ鮎釣り、THE AYU FISHING です。

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でました!25.5センチ

2014-08-19 15:27:19 | 広瀬川

 きのうに引き続きまたまた広瀬川で竿を出しました。 体調はいまいちだったのですが、17日の近くの広瀬川が信じられないくらい絶好調だったので、それが本物かどうか? きょうも行って同じところで掛かればこれは本物だ、広瀬川もいよいよ本気を出してきたな!と思われるわけです。

 さおや仕掛けはきのうと全く同じです。

 ①と②の場所です。 ここだけで17日は15回くらい掛かったんです、取り込みは8匹だったですが。 でもきょうはさっぱりでした。きのうより少し減水していました。8時40分から9時までの20分竿を出しましたが、全く掛かりませんでした。

 ① 

    ② 

 そこで上流へ、牛越橋の下流の大石が水上にも水中にもたくさんある瀬が中心となるばしょです。 ③の右岸側ですね。 上流には友釣りの人とガラガケの人がいました。

 ③ 

 ④ 

  ⑤ 

 ④と⑤(同じところですが)で2匹か、何とか掛かってくれました。 こういう瀬で掛かるとたまりませんね。これぞ”鮎釣り”という気がします。 鮎釣りの醍醐味はまさに急瀬にあり!

 ここで今夏一番の鮎が掛かったのです。

       ⑥ 

      ⑦  

 でもその少し上流の川底が平らな岩盤となっているところでも何とか2匹掛かってくれました。 これでようやく4匹、 その後も⑦で頑張り、元気な野鮎を掛けました。22センチくらいの背掛かりです。丁度オトリ頃ですね。 これで何とか5匹、四捨五入すれば10匹となります(関係ないですが)。

 しかし、愚かにももったいなくもこの元気なオトリ、活躍する前に撃沈となってしまったのです。根掛かりです。 さっぱり活躍しないままにカニかウナギの餌になってしまうことでしょう。ずーと使用してきた0.1号の複合メタルですが、そのメタルの目印の下の方から切れてしまいました。 

 それでここでの釣りは終了とし、下っていくことにしました。 最初に入ったところ②に懲りずにまた入り、鮎を泳がせたのですが、今回はナイロンの0.35号にしてみました。 トロっぽいところで泳がせてみたらどうかなと思ったのですが、そこでは掛からず、瀬頭で何とか1匹をゲットしたので、納竿することにしました。

 

 8時40分から11時までの実釣でキープは何とか5匹でした。 これが17日と同じところで掛かってくれればなおのこと嬉しかったのですが、やはり広瀬川は釣り返しがきかない川なのかなと、悲しい気持ちになりますね。

 

 帰宅しての実測です。

 でかいじゃないですか!!文句なしに。 綺麗です。 見事です。 これは妻の実家に持っていきました。

 

 この場所(牛越橋の下流)は、ハミ跡がいたるところにありますし、それがまた大きいのです。 だから一人でこの場所を占拠し、ゆっくりと釣ることができれば、手前から竿を出せるような状態であれば、もっともっと掛かっていることだろうと思います。 そんなことは無理でしょうが。

 今の広瀬川には少ないけど大きい鮎がいて、それなりに追ってくれるというところでしょうか。

 

コメント (3)
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広瀬川の巨鮎釣り解禁か?

2014-08-18 16:36:31 | 広瀬川

 お盆の終盤は気温が低い日が続きました。 15日は24.3度、16日21.7度、きのう17日は23.3度が最高気温でした。 まあ、これも考え方によっては過ごしやすい日が続いたと言えないこともないですね。

 実はその涼しかったきのう17日、旧盆明けということで、満を持して川に入りました。 お盆期間中の14・15・16日は健気にも殺生はしないことにしました。 そして迎えたお盆明けの17日、オトリを買ってしまいました。

 いつものように河原に行く前は感じなかったのですが、河原に行ってみると予想に反して?蒸し暑いとは言えませんが、ムッとする空気が感じられました。 これは蒸し暑い天気となるかもしれない、もってこいの条件ではないかと内心嬉しかったのです。

 広瀬川もそろそろ釣れ出しておかしくない、いま釣れなければ今夏はずーと釣れない絶望的な広瀬川の鮎釣りになるだろう、お盆も終わったしそろそろ鮎たちも鮎釣り師の期待に応えてくれるのではないか、そんな希望的観測を勝手に持ったわけです。

 大きな鮎が釣れるとすればどの竿がいいか、すこし迷いましたが、昔のがまかつの Vintage V-Ⅱ 引き抜き急瀬9.0メートル にしました。

 1200円で2匹の養殖オトリを購入し、自宅で鮎釣りの正装に着替え、オトリは曳舟に入れての ”いざ出陣” です。 場所は我々昔からの住民が言っていた”松淵”の上流の瀬頭から平瀬です。

 一時いつも同じ人がガラガケで入っていましたが、この頃はどうしたのか、あまり見かけません。

 

 昔から?この場所が一番掛かっていたような、そんな気がするわけです。先入観かもしれませんが。

 

  霧雨や小雨が降り続くパッとしない天気です。 パッとしない天気だからこそこの場所が空いていたのかもしれません。 午前10時40分に竿を出しました。 もうこのころは仕掛けは頑丈さが一番ということで、複合メタルの0.1号を使っています。 下の付け糸も0.5号くらいの太い仕掛けです。

 そしたら5分後に強烈な当たりが伝わり、がまかつの竿をギュウーと曲げるのです。”来たあ~”と叫びながら(内心で)、竿を溜めて堪え、それから竿を立てて浅瀬の左岸の方に寄せつつ下ります。 いやあ、これが口掛かりでよかった。 これが背掛かりだったら瀬に入られて親子丼かもしれないと思いました。

 見てください!この養殖オトリとの鮎の大きさを。 この養殖オトリだって決して小さくはなかったのです。17,8センチはあります。それが子どものように見えてしまいます。

 

 5分後に1匹が掛かりました。無事取り込みました。 同じ養殖オトリを使ってほぼ同じところを泳がせました。 すると10分後、またしても強烈な当たりがあり、一気に下流の瀬に入ってしまいました。竿を伸されまいと慌てて下ったのですが遅かった、いとも簡単に”プッツン”です。 親子丼ぶり、今夏初の経験です。

 それからは下ることは極力しないように、竿を溜めに溜めて、一気に立てたら取り込むということに決意をし、広瀬川の巨鮎に向かうことにしました。 そういう方針で2匹取り込みました。 丁度竿の強さ、硬さがよかったのかもしれません。

 

                  

 天気は悪い、霧雨が降っていますし、気温も上がらない、でもその割には水温は冷たくはなかった、これがよかったです。助かりました。

 この広い?広瀬川で見える釣り人はnewone一人、投網の人もガラガケの人もいません。

 でも掛かった鮎を全部取り込んだとはとても言えません。 水中でのバレは3,4回、これはまあ仕方ないとしても、掛かり鮎のキャッチミスによる再放流(タモに入れなければならない鮎は掛かり鮎なのに、オトリ鮎を受けてしまう、愚かな行為)、掛かり鮎をキャッチしたのにタモの外のオトリ鮎のハナカンの糸が切れてしまったり、掛かったのにハリスが切られたり、そしてさっきの”親子丼”、もったいないことがいっぱいありました。

 ゴアテックスの合羽を着ていなかったので、やはり長いこと濡れていると寒くなってきます。風邪を引いてはもともこうもありません。 結局12時50分に納竿しました。 2時間10分の実釣で、キープは8匹でした。 でも今夏広瀬川では最高の釣果です。 寒くはなりましたが、鮎釣り師としての自我?は満足です。

 

 

 早速実測です。

 25センチクラスが3匹かな、あとは24センチと23センチクラスです。

              

 

 2匹は次のために活けてきました。だから数が合いません。 別角度から見るとこうです。

                  

 

 どうしてもタラレバの話しになりますが、掛かり鮎をすべてキャッチしていたら15匹くらいにはなりました。 ”ツ抜け”ができたはずです。 でも所詮"タラレバ"の話しですが。

 このまま広瀬川は大鮎の実質的な解禁を迎えることになるのでしょうか??

                                         乞う ご期待 ・・・・ 

コメント (2)
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巨大震災画

2014-08-17 15:30:30 | お知らせ

 朝から小雨霧雨。 雨だと早く起きても面白くありません。新聞の配達も遅いし。

 それでも時間が経つにつれて蒸し暑さというか、暑いとまではいきませんが、蒸すようになってきました。 少しは夏らしさが戻りつつあるといえるでしょうか。 気温はまだ低いですが。

 きょう午前早くのいつもの風景です。 きのう午前早くはセミの鳴き声は全く聞こえませんでしたがきょうは少しですがセミは鳴いていました。 まだまだセミには暑苦しいくらいに鳴いてもらわないと淋しいです。

     

 変わったことと言えば、この分流に魚の姿が見られないことです、ハヤがいなくなっています。一体どこに行ってしまったのか?何かとっても不思議です。 どういうことなのでしょうか?

   

 珍しい生き物(右側)がいました。 蝶というよりは蛾の一種でしょうか?でも無駄のない格好をしています。

           

 そして分流の中にある石の上には黒トンボがたくさん止まっていました。こんなことはやはり珍しく感じます。

            

     

 

 きょう(17日)で終わりなのですが、きのうメディアテーク1階で見てきました。 東日本大震災を題材とした巨大な絵画です。  これが第3作目ということです。 いままでも2回このブログでお知らせしています。 水彩画家 加川 広重さん の”震災画”です。

 第1作目は『雪に包まれる被災地』、2作目は『南三陸の黄金』です。

 1976年宮城県蔵王町生まれです。

 

 全体を見ていただきます。 丁度作者が宮城テレビもインタビューを受けているところでした。 結構長いことしゃべっていました。 16.4×5.4メートルの巨大さ。24枚のパネルというかベニヤ板(コンパネ)からできています。 坪数に換算すると約27坪にもなります。

 

 壊れた原子炉建屋や汚染された牛、放置され荒れた土地に生えた雑草などが描かれています。

 

 これを左右と正面から撮ったものです。

 (左側) 

 (真ん中)

       (右側)

 チラシには、「福島第一原発の近くで人の気配のない町を歩き、津波の被害そのままの状態で雑草に覆われる車や船を発見、生まれ育った故郷を追われた方の怒り開き、そして私の中に生まれた想いをこの絵にぶつけたいと思います。」と書かれています。

 この情熱、エネルギーには頭が下がる思いです。

 

 斜めに見るとこうなります。

 

           

 

 子ども達の夏休みもあと1週間となりました。 宿題は終わっているのかな。 河原で遊んでいる子どもたちの姿はあまり見られませんね。このごろは雨が多いせいもありますが。


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