鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

今年一年ありがとうございました。

2008-12-31 21:30:40 | 広瀬川

 あと今年も残すところ2時間15分余です。 皆さんはやはり「紅白歌合戦」を見ているのですか?

 

 昨日の夜からの雪はまた河原を銀白色に染めてくれました。

 誘われるようにカメラを持って河原に向いました。 そしたらありました、雪だるまが。何時頃か、9時半ころですか、既に多分おやこで河原にやってきて雪と戯れていたのですね。

 何かとっても嬉しくなりました。

 

 上の写真の左端に見える雪だるまをアップしたものが下の写真です。お世辞にもきれいな雪だるまとはいえませんが、何とも愛嬌のある雪だるまではありませんか。 ちょっと傾いているところがいいです。

 

 

 そして3枚目は、例によって整備された分流です。下流域の様子です。

 

 

 (本題です)

 本年も拙いブログにお付き合いいただきまして、誠にありがとうございます。 今年も何とかやってこられました。 2006年3月からスタートしたので、2年と10ヶ月が経ったことになりますか。 早いものです。

 もともとこのブログを始めたきっかけは、短い夏のアユ釣りの状況を、アユ釣り仲間に知らせようと思ったためです。

 しかし、アユ釣りだけでは7,8,9月の3ヶ月で終わってしまいます。まあ、その前後を入れても5ヶ月ですか。

 それがいつしかアユ釣りとはまったく関係のないことまで書くようになり、一月まるまる何かを書いてやろう、書き連ねてやろうと思い、そのときは少し負担に感じましたが、それが習慣となるとあまり負担とも感じることもなく、思いつくままにいろんなことを書き連ねてきました。

 読むに耐えないようなことも一杯あったのではないかと思います。

 

 そしていつしかこのブログも内容が変わってきました。 今年の5月以降は写真が多くなりました。(これはブログ仲間の大きな支援があったために出来たことです。) 

 結果として、自分としては見た目にはいいものになってきたのかなとも思うのですが、自分がそう思ってもどうしようもないことです。 読んでくれている皆様がどうお感じになるか、それが大事なわけですから。

 要は、見て楽しく、読んで面白いブログとなれば申し分ないのかもしれませんが、それは無理な注文というものです。(目指したいとは思います。) 

 まあ、無理に方向性を定めることなく、いろいろと自己規制もすることなく、その時の流れに身を任せてみようかな、なんてジュリーの歌の文句ではないですが、自由気ままにやっていこうかなと思います。

 

 自分の好きなように、勝手気ままに書いていければいいなあと思います。

 ということは、読むも読まないも皆様の自由ということになります、当たり前ですが。

 

 読んでくれている数少ないみなさま、今年一年本当にありがとうございました。

 いいお正月をお迎えください。

 

 

 

 (以下はおまけです。)

 

 

 サケの死骸がいつもの分流の左岸にありました。 上流から流されてきたのではないかと思います。

 

 生あるものは必ず滅びます。 夢と感動を与えてくれたサケに感謝です。

 

 『死こそが実は永遠の本源であり、生は一瞬のまばゆい流れ星のように思われた。その光芒がいかにはかなくとも、限りなくいとおしいものに思えた。』(「出星前夜」 P.537)


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今年も間もなく

2008-12-30 22:23:36 | お知らせ

 

 

 「第35回 大佛次郎賞」

 「出星前夜  飯嶋 和一氏」

 『人間の普遍性』描き込む

 「頑固さと熱さ」

 「希望を手渡す」

 

 「未来受け継ぐ意志暗示」 (池内 了氏)

 「ここに歴史があった実感」 (井上 ひさし氏)

 「文章は冷静に 熱い感動」 (川本 三郎氏)

 「誠実に庶民の歴史追う」 (樹 のぶ子氏)

 「実相に迫る筆力と気力」 (山折 哲雄氏)

 以上5件は、選考委員の選評です。

 

 ”出星前夜” なかなか手に入らなかったのですが、28日の日、楊枝で郊外に行ったときに立ち寄った大きな本屋にありました。

 新刊本のコーナーにあるのかなと思い、探したのですが見つかりませんでした。 ダメもとで書店の人にこういう本はないのかと聞いたところ、奥のほうに行って、しばらくして「この本でしょうか?」と持って来ました。

 

 聞くは一時の恥(ではないのですが)ですね。 

 分からないときは本屋の人に聞く、とはいってもこの頃の本屋の人はあまり本のことに詳しくはないようですが。

 

 歴史のコーナーにあったようです。

 奥付をみると、8月4日が初版発行となっていました。 ということはもう既に新刊扱いはされてはいなかったということになりますか。 4ヶ月以上も前の発行では。(実際には7月上旬発売となるのでしょうが)

 

 全541ページの分厚い本ですが、今441ページまで進みました。

 あと残り100ページです。

 読むのが、読み進むのがもったいないと思いつつ読んでいます。

 

 皆さんは好きな本、興味を持った本、読み応えのある本に出会ったとき、どのように読みますか。

 一気に読み進みますか。

 それも一つの読み方でしょうが、それが普通なのかな、私はぐいぐい引き込まれると逆に本を閉じてしまいます。

 一気に読んでしまうのはもったいない、少しずつ少しずつ読み、読み進んでは止まり、本を閉じ、余韻に浸る、そしてまた徐に本を開き続きを読み進む、ついついそういう読み方をしてしまいます。

 

 端的に言ってしまえば、重厚な小説、歴史小説です。筆力は言うまでもありません。

 今は、島原城や富岡城の攻略に失敗した24,000人が天草四郎を戴いて原城に立てこもり、それに対して35,000人の幕府軍の軍勢が取り囲み、攻撃をしている段階です。

 これからが一番良いところというか、感動が待っているところに差し掛かるのではないでしょうか。

 

 島原城は森岳城とも言われていたのですね。

 そして天草四郎はジェロニモ四郎と言われていたようです。初めて知りました。

 

 選評の中で、川本 三郎氏が書いていたこと、「歴史小説の要は、敗北のなかの栄光にこそある。勝者より敗者に光を見る。」という言葉が印象に残りました。

 正にそのとおりです。 私が好きな大好きな”新撰(選)組”もまさにそうですし、ネイティブ・アメリカン、”インディアン”の歴史も正にそのとおりです。

 

 「飯嶋 和一」という作家、恥ずかしながらまったく知りませんでした。でも、これからはもう忘れません。 遡って彼の著作を読もうと思います。 

 そして、これからの執筆に期待しようと思います。

 生きるうえでの楽しみが一つ増えました。 感謝です。

 


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出星前夜

2008-12-29 21:06:51 | お知らせ

 血迷ったか、イスラエル!

 ブッシュの後押しがあるうちに決着を付けようという考えか。

 ガザ地区に対する空爆は激しさを増し、今度は陸上からも戦車で攻めてくるかもしれない情勢という。

 ガザ地区からエジプトには避難用のトンネルが掘られているらしいが、そこにも攻撃して、逃げられないようにしているとか。

 それでなくても、イスラエル軍による厳しい封鎖が続けられていて、最低限の食糧や医薬品しかガザ地区には届かないらしいし。

 火力発電所の燃料も厳しいとか。

 

 水道はどうなっているのかは知りませんが、ここまでイスラエル軍の横暴を許していいのでしょうか。

 アメリカ軍(イギリス軍もか)をバックにしてのイスラエル軍のしたい放題、このまま許していいのでしょうか。許されることでしょうか。

 死者は300人以上、負傷者は1000人以上とか。

 

 年末年始の浮かれた?気分で、他人事のように見過ごしていいものか。

 日本だってアメリカの砂上の楼閣だった経済の破綻の影響を受け、非正規社員を中心としてリストラの嵐が吹き荒れています。

 

 トヨタ、キャノン、ホンダ、・・・・利益が激減して人件費のカットで乗り切ろうとしていますが、役員等の首切りや報酬のカットということはあまり聞こえてきません。

 自分たちの経営責任、見通しの甘さ、世界経済の分析・認識等に基づく経営方針が甘かったということではないですか。

 おまけに、利益が減少しても、株主への配当は上乗せしようとしているらしいではないですか。

 こんなことは許せますか。

 

 株式会社は株主のためにあるということは建前としてはそのとおりですが、社員、従業員、その家族、そういう人たちが一生懸命働いた結果が今までの高い売り上げ、高い純利益を生み出してきたのではないですか。

 売り上げや利益が減少したとはいっても、実質赤字になって経営が立ち行かなくなったというわけではないのです。

 

 減価償却費等の内部留保金は沢山あるのです。

 トヨタにいたっては、13兆円とかの内部留保金があるというではありませんか。 それとくらべたら、非正規社員の人件費なんかたかがしれています。

 

 将来の存続のため、試験や研究費のために資金を溜め込むことは大切です。大切ですが、現在の大企業のやり方はあまりに露骨過ぎます。

 人間を人間として見ていません。 まるで者ではない「物」としか見ていません。だから、お正月を前にして平気で首を切り、寮から追い出してしまうのでしょう。

 

 まるで、イスラエルがパレスチナ人を見るのとまったく同じです。アメリカ人も同じです。 オバマに変わって少しはよくなるのではないかとは思いますが・・・。 

 よくもまあ、ブッシュみたいな猿面冠者、知能のかけらも感じられないデストロイヤーを8年間も大統領として戴いてきたものです。

 

 でも、我々日本人はそんなことは言えません。 ブッシュのポチ、小泉を首相にし、やりたい放題させてきたのですから。

 自民党をぶっ壊すといっておきながら、自民党を壊すことなく、日本の経済を破壊し、人心をずたずたにし、世の中を目茶目茶にしてしまった。

 最たる売国奴は小泉です、そして竹中です。

 

 自分の身に火の粉が降りかかる前に議員をやめ、子どもに後を継がせようとしている。何という無責任の極致!!敵前逃亡、銃殺刑ものです。

 それを認める日本人、自民党支持者、なかんずく横須賀の選挙民、来年の総選挙で小泉を認めるのでしたら、もうどうしようもない、正に破廉恥としか言いようがない。

 

 いっそのこと、横須賀をアメリカの天領、直轄地、いや植民地にしたほうがいいのではないでしょうか。そして心ゆくまで宗主国としてのアメリカに忠誠を誓えばいいのです。

 

 本題に入る前に、話しが飛んでしまいました。

 「出星前夜」については、明日にします。(そのつもりですが・・・)

 

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広瀬川の冬景色

2008-12-28 21:59:20 | 広瀬川

 朝方目を覚ましてびっくり!

 まさか雪が降っているとは思いませんでした。

 

 それなら綺麗なうちに写真を撮っておこうと思い、長靴を履いて温かい服装で河原に行きました。

 一面の銀世界

 綺麗です。 寒いけど。

 

 

 上の写真は分流の下流域の様子です。

 下の写真は同じく分流の上流域の様子です。

 

 

 3枚目は、1枚目をもっと身近に撮ったものです。

 われながらなかなかいい出来ではないかと思ったのですが、どうでしょうか?

 

 

 4枚目は、2枚目の写真を違う角度から、もっと近付いて撮ったものです。

 

 

 最後はおまけです。河原から巨大なマンションを撮ったものです。

 吹雪模様がお分かりになるでしょうか?

 

 

 今夜10時30分から、NHKハイビジョンTVで「ジュリー祭り」が90分にわたり放映されます。 もちろん録画します。

 あと、14分となりました。

 それでは今日はこの辺で。

 


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「ビルマの竪琴」

2008-12-27 21:21:16 | 思いつくまま

 寒い日が続きます。

 今年も間もなく終わります。

 あと4日も経てば、新しい年が始まります。

 終わりと始まりがあっても、連続しています。

 続いていくのです。

 

 続くということは、何かとっても意味深なことばのように感じますが。

 皆さんはどう思われますか。

 人生、この世のあらゆる出来事は、全て基礎、基本は続き・連続の上に成り立っているのではないでしょうか。

 

 

 今日の朝日新聞の「声」欄の投書です。

 「平和祈る調べ 次代に継承を」という見出しをつけられています。

 旧満州で国境守備隊についていた、元日本陸軍の兵士だった人の投書です。横浜の人です。

 校長先生が偉いと思いますが、彼の住む地域の公立中学校では戦時中の体験談を高齢者から聞くという平和学習をしているといいます。

 投書の人も旧満州での体験談を生徒たちに話しているそうで、「『ビルマの竪琴』の中から水島上等兵が戦争犠牲者を弔う話に、極寒の地で国境守備をしていた自分の体験を交え、生命の尊さや平和のありがたさを心を込めて話し」、生徒たちも「残酷な戦争を二度としてはいけない、との水島上等兵の願いを受け止めていました。」

 

 一週間前の12月20日の朝日新聞(ばかりではないですが)の記事で、「ビルマの竪琴」 「水島上等兵のモデルが死去」 という見出しで、、伊豆島上等兵のモデルとなったいわれている僧侶の中村一雄さんが17日、老衰のため死去したというものでした。 92歳でした。

 中村さんは、陸軍に召集されてからフィリピン・タイを経てインパール作戦に参加し、敗戦をビルマで迎えた人です。 インパール作戦に参加して生き残ったのですから、それこそ筆舌に尽くせぬ苦労をしたものと思います。

 

 また、前置きが長くなってしまいました。

 「ビルマの竪琴」といえば、作者は竹山道雄です。文筆で活躍していた頃はリベラリストといっていいのでしょうか、彼の小説は私も文庫本で読みました。

 その前に映画も見ています。家の近くの高校の文化祭にいったとき見ました。中学生の一年くらいでしたか、もしかして小学校の6年くらいかもしれません。 白黒映画で、内容も暗く、怖いような印象を持った気がします。

 その後中学校の夏休みの宿題か何かで、読書感想文ですか、それを書かなければならなくなり、「ビルマの竪琴」を読んで感想を書いた記憶があります。 小説と映画を絡めて書いたのではないかと思うのですが、私としても書きっぱなしではなく、読み直して書き直したりしたもので、国語の先生から褒められたことを覚えています。 

 でも感想文の内容ではなく、読み返して書き直しをしているということを褒められたようです。 まあ、それでも悪い気はしませんでした。

 

 (始まってしまいました。NHKTV 沢田研二の還暦コンサート。こちらに気を取られてしまいます。今”シーサイドバウンド”を歌っています。早く終わらせないと・・・)

 

 個人的には映画も小説もとっても感動的だ、と素直に思ったものですが、その後何年か何十年か経って何かで読んだことが気に掛かり、そうかそういう見方もあるかと変に納得したりしたことがある小説となってしまいました。

 小説に対する批判なのですが、それは水島上等兵が弔って歩いていたのは”日本兵”ばかりではないか、戦場では日本兵ばかりではなく、ビルマの兵隊たち(イギリス兵も?)も死んでいる、そのような観点が欠けている、片手落ちではないかというものだったように思います。

 

 批判した人の名前はまったく覚えてはいません。

 でも、そういう見方もあるのかと気付かされた批判文でした。

 当たり前ですが、見方、考え方はいろいろあるんだなあ、そういう視点は持ち続けなければならないのか、何十年か前の感想ですが、そういうことがむかしむかしありました。 ただそれだけです。 

 

 (ジュリーは白や赤のインディアンの酋長のような羽飾りの格好で出ているではありませんか!!)

 


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「出星前夜」

2008-12-26 23:39:30 | 思いつくまま

 昨日が暖かかっただけに今日の寒さは身に沁みます。堪えます。

 道路が凍ってしまうと車には乗る気になりません。

 

 もうすぐ26日は終わってしまいます。

 

 あすから長期の年末年始の休みに入るので、その間読もうと思っていた本が手に入りません。 

 残念です。 何箇所かの本屋に聞いても売り切れで、注文となりますとのこと。

 今頃小学館は大増刷の真っ最中ですか。

 

 その本は、飯嶋和一さんの「出星前夜」です。

 大仏次郎賞を貰いました。 だからというのではありません。 その本のないように興味があったからです。

 

 ナントなんと何と、島原の乱を扱っているというではありませんか。

 島原の乱というと、私は昔読んだ堀田善衛の「海鳴りの底から」という本を思い出します。

 その本の影響というわけばかりではありませんが、かって学生時代に長崎方面の旅行に行ったとき、関連する土地、島原市とか原城あとにも行ったことがあります。

 

 島原市が大きい綺麗なお城があり、市内は水が豊富で、湧き水が豊富なのでしょうか、道路沿いに小さな流れがあるような、郡上八幡を思わせるような雰囲気がある街で、そのその水がまた冷たく、夏に行ったこともありますが、スイカを冷やしていたりしていたように記憶しています。

 

 対照的にキリシタンたちが立てこもった原城はほとんど見るものもないというか、辛うじて石垣みたいなものがあっただけという感じでした。

 多分徹底的に幕府軍によって叩き壊され、潰されたためではないかと思います。

 あまりの対照の落差に愕然としたような気がします。

 

 そんなことが昔あったということで、今度大仏次郎賞をとった「出星前夜」があるということを知り、何とか入手しようとしたのですが無理でした。

 

 多分あと数日すると、書店には沢山のその本が並ぶのではないかと思います。

 あと、4分。

 何とか間に合いました。

 

 皆さま、お風邪など召しませぬように、十分お気をつけください。


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東京タワー

2008-12-24 21:23:58 | お知らせ

 昨日のブログに書きましたが、探したところ見つかりました。

 

 東京タワーです。 お土産用の東京タワーです。

 一枚目の写真は、私が中学校3年のときに修学旅行で東京に行ったとき買ったものと思われます。

 

 親がきちんと取っておいてくれたわけです。

 

 

 東京タワーは二つありました。

 もう一つは妹が東京に行ったときに買ってきたものと思われます。

 温度計がついています。

 高級?です。

 

 

 ともに40余年前のものとなります。

 どれだけの価値がありますか?

 家族以外の人にとっては無価値でしょうが。

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『当初計画通り』

2008-12-23 22:14:38 | お知らせ

 今午後10時16分。

 ニュースステーションでは”東京タワー”のことを放送しています。

 何でも東京タワーは建設されてから今年で満50年になるそうです。

 

 東京タワーというと”Always 3丁目の夕日”を思い出します。

 とても効果的に使われていました。

 

 中学校の修学旅行のとき上ったように記憶します。 

 その記念に東京タワーの銀色のおもちゃというか文鎮みたいなものを購入したはずです。

 

 昨日のブログで川辺川等のダム建設の事業費はつかなかったということを書きました。

 最上小国川はどうなるか、油断は出来ないとも。

 

 今日の地元の新聞に小さな記事が載っていました。

 

 「山形・最上小国川ダム 『当初計画通り』 知事が推進姿勢 財務省原案満額」という見出しです。

 それによると、最上小国川砂防ダム建設計画の事業費について、要求通り”240,000,000円”(2億4千万円)が認められたということです。

 今年も同額が認められており、ダム本体の実施設計や環境調査を進めるほか、新たに用地補償の調査費が盛り込まれたということです。

 

 着々と計画は進められています。

 このままでは計画通り推し進められてしまいます。

 小国川漁協を中心にして、釣り人の力を今こそ結集しなければならないのですが・・・。 厳しいです。


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休止から廃止へ

2008-12-22 22:29:21 | お知らせ

 昨日の朝日新聞の宮城県版というか東北地方版の一面トップの記事です。

 

 「川辺川・大戸川ダム休止  知事反対うけ  事業費盛られず」

 

 記事によると、両河川のダム建設計画は、ダム本体の建設を前提とした事業費が一切盛り込まれなかったため、H21年度の事業は休止することになったというものです。

 

 地元の知事が反対したということが大きな理由のようです。 これぞ地方分権の流れの一つの成果といってもいいのではないでしょうか。

 もっともダムは国が建設するとはいっても、地元の県の負担もバカにはならないもので、今の財政が厳しい状況が反対させたと言えなくもありません。

 

 しかし、問題はこれまでに投入した事業費をどうするか、どう考えるかです。

 大戸川ダムは、事業費1,080億円のうちすでに600億円が投入されているし、川辺川ダムは、当初350億円と見積もられていた事業費は3,300億円にも膨らみ、そのうちすでに土地の買収費などで2,000億円が投入されているという現状をどうみるかにかかっています。

 役人に言わせれば、それだけ税金を投入しているのだから今さら建設は止めますなんて言えるはずがありません。

 既成事実に弱いのは官僚ばかりではなく、政治家もそうです。 既成事実を自らつくって、それを楯にして自分の利権を守ろうとします。 

 それを許さないように気を緩めることなく、注視していくことが必要です。

 

 山形県の最上小国川の方はどうなったのでしょうか?

 こちらも目を離せません。 油断できません。


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今日の広瀬川

2008-12-21 20:43:50 | 広瀬川

 今日はというか今日もとってもいい天気でした。

 

 川が呼んでいます。 誘われて行って来ました。

 川の流れは静かですが、河原はサッカーをやっている若者や親子の散歩連れなどで元気です。

 

 1枚目の写真は、サケの姿が見られなくなって、流れも心なしか淋しいような気がする分流の川面です。

 

 

 上流に向って歩いていくと、昔々の水泳場だったところ(西道路のトンネルが切れているところの下)のトロ場の左岸に白いものが見えました。よく見ると、サケの死骸です。

 上流から流されてきたのでしょうか。

 

 

 そのすぐ上流にあった死骸が3枚目の写真です。かなり腐敗が進んでいますが、まだ原型をとどめています。左岸から1メートルくらいしか離れていません。

 

 

 その上流の河原に3人の親子連れが座っていました。何やら飲んで語り合っているようです。今日は本当に散歩日和です。

 

 

 さらに上流の右岸側に白鷺?がいました。この鳥は先週も同じところにいました。写真もうまく撮れました。この後また飛び立っていきましたから。

 

 今年も夏を中心に、楽しませてくれた広瀬川も穏やかなうちに新年を迎えようとしています。

 生と死、躍動と静寂、川には、流れには輪廻転生があるのだなあと気付かせてもらった一年でした。

 

 本当に川はいいですね。 川に感謝です。


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さすが、天晴れ、ジュリー

2008-12-19 21:35:59 | お知らせ

 昨日の朝日新聞の記事です。

 

 文化面の見出しは、「ジュリー祭り 前人未到『還暦アイドル』」

 

 朝日新聞の女性記者が12月3日、東京ドームでのコンサート「人間60年 ジュリー祭り」に行ってきたときの報告記事です。

 出だしは、「とにかく、すごかったとしか伝えようがない。」で始まります。

 それはそうでしょう、6時間以上で80曲を熱唱したというのですから。

 観衆は32,000人だったとか。

 

 ”ザ・タイガース”でデビューして以来の41年を行きつ戻りつする構成。

 グループサウンズ時代のジュリーを「透明で中性的な美貌は、『美男子』『ハンサム』など旧来の言葉では形容できない。」といっていますが、まさにそのとおりだと納得です。

 そして、記事は「いまジュリーは、『還暦以後アイドル』として前人未到の道を行く。」と。 ”還暦以後アイドル”、いい形容です。 若いだけがアイドルではない!!

 

 それにしても、天下の?朝日新聞で、秋以降ジュリーのことを3回も大きく取り上げています。

 

 1回目は、9月3日の記事で、『還暦に憲法への思いを歌う 沢田研二さん(60)』というもの。

 2回目は、1ヵ月後の10月3日の記事で、、『還暦だぜ”ジュリー祭り”』というもの。「『今の自分、見て欲しい』東京・大阪 ドーム公演」と。

 そして、3回目が昨日12月18日の記事となります。

 

 次はいつ載るか? いまから楽しみです。

 

 ジュリーにはいつまでもいつまでも元気で歌い続けてほしいとこころから思います。

 

 ジュリー、万歳!!

 

 ジュリーは永遠に不滅です。


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そして、いなくなった

2008-12-18 20:21:26 | 広瀬川

 今日は残念ながら仕事を休んでしまいました。

 2日間頑張ったのですが、限界を感じました。

 いつものかかりつけ医で受診

 9時45分に入ったのですが、待合室は満員でした。

 半分の人はマスクをしています。 

 今巷では風邪が蔓延しているようです。

 

 下の写真は、きょう貰ってきた(といってもただではありません)薬です。

 一杯貰ってきました。

 その他に早く治すために注射もしてきました。

 点滴も注射というのですが、点滴は満員だったのでビタミン入りの注射もしてきました。

 

 

 行きは送ってもらったのですが、帰りはゆっくり歩いてきました。

 

 あまりに天気が良かった(最高気温は15.8度とか)ので、ついつい川に引き寄せられるように、寄ってきました。

 サケはどうなっているか、また数が減っているかなあと思いつつ川面に目をやりましたが・・・・・。

 

 何となんとナント、サケはいませんでした。

 1匹も見えませんでした。

 死骸もありません。

 

 あるのは清らかな流れと凹凸のついた川底の小砂利のみ。

 

 なんで?

 どこに行った?

 みな死んだのか?

 14日にはまだ元気だったのに・・・・。

 

 川面を眺めていると、時折爽やかな音がします。

 波が立てる音なのでしょうが、サケではないかと、音がするほうを注視するのですが、きらきら輝く川面が何事もなかったかのように流れているだけです。

 

 終わりました。

 晩秋から初冬にかけての、命の乱舞も。

 全てが終わり、静かな川に戻りました。

 

 また来年もサケが遡上してきますように祈るばかりです。

 

 非常感謝!!


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嗚呼・・・・?

2008-12-17 21:29:41 | お知らせ

 

 

 I have  a  cold.    

 

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悼む人

2008-12-16 23:12:21 | お知らせ

 人を肯定的にとらえ得る条件として

 『誰を愛したか、誰に愛されたか、どんなことで人に感謝されたか』

 

 『失われてゆくものを嘆くより、残されているものを慈しもう。』

 

 『待っている。死んだ者たちは、自分を悼んでくれる人を待っている・・・。』

 

 これらは文藝春秋社から発売された、天童荒太の『悼む人』からの抜粋です。

 ハードカバーの帯には、”善と悪、生と死が交錯する至高の愛の物語”、”聖者なのか、偽善者か?『悼む人』は誰ですか”、”7年の歳月を費やした著者の最高到達点”とあります。

 

 私は『永遠の仔』を読んで以来、彼のファンとなりました。 遡って『家族狩り』を読んだり、新しい著作としては、『あふれた愛』 『包帯クラブ』ですか、それらを読んでいます。

 

 私としては本の批評をする気も、その力もありませんが、久し振りに夢中にさせられました。 もし読んでみたいと思うのであれば、その価値は十分あると思います。

 でも、私にとっては、何といっても『永遠の仔』ですね、これには及びません。 幼児虐待をこれほど描き切った作品はないと思います。 連続TVドラマにもなりましたが、小説には叶わないと思って見ていました。

 

 次回作は何を描くのか、今から楽しみな作家です。

 

 

 写真は文藝春秋社発行の本と朝日新聞の書評です。

 発行は2008年11月30日、新聞記事は12月14日です。

 

 改めて、身の周りで亡くなった人たちのことを、じっくりと思い出してみようと思っています。

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パンダ

2008-12-15 22:08:59 | お知らせ

 今月13日の朝日新聞の記事です。

 見出しは、「上野のパンダ また会える」 「ランラン・トントン・・・・・7頭剥製など展示」 「国立科学博物館」です。

 それによると、上野動物園で飼育されたパンダ7頭の剥製や標本が、23日から国立科学博物館で展示される、ということです。

 

 いつの間にか、7頭ものパンダが飼われていたのですね。

 当然最初のパンダは”ランラン”と”カンカン”です。

 昭和47年、1972年の10月に日中友好条約の締結を記念して中国から贈られてきたものです。

 

 

 2枚の写真はパンダです。 

 ランランとカンカンです。

 

 上野写真の左側の大きい写真のパンダは”ランラン”です。中国名では「蘭蘭」となります。

 下の写真の右側のパンダは”カンカン”です。中国名は「康康」です。

 

 「朝日ラルース」 増刊号です。 「週刊世界動物百科 パンダ」と題して緊急に発行されました。

 発行は昭和47年12月20日 定価は360円です。 普通は220円なのですが、増刊特集号のためでしょうか、360円と高くなっています。

 

 

 この時”ランラン”はメスで3歳、”カンカン”はオスで2歳でした。

 「おしとやかなランラン」 「やんちゃなカンカン」と呼ばれていました。

 ランランは3歳で88キロもあったと書いてあります。

 

 1972年11月4日に特別公開されてから、一般公開が始まったわけですが、私はその年の12月にランランとカンカンを見ています。

 所沢出身の会社の同僚と大阪から東京に行ったのですね。

 ついでに鎌倉の由比が浜にも寄って、確かドイツ人が経営する浜辺のレストランで簡単なドイツ料理を食べた記憶があります。

 

 混んでいて足早にパンダの前を通り過ぎなければならないといわれていましたが、なぜかゆっくりと友だちと見ることができました。

 とても88キロもあるようには見えませんでした。とっても可愛かったという印象しかありません。

 この冊子の記事によると、入場料は大人が100円、小人は50円です。

 

 36年前の出来事、思い出です。

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