いやあとっても寒い大晦日を迎えています。今午後2時過ぎですが、目下の最高気温はマイナス(=△)0.3度です。午前10時53分の記録です。最低気温は午前6時16分の△3.1度です。ということは目下のところ真冬日ということですか。
でも、午後からは日が差してきて、外気を遮断すればとってもあったかいのです。この分では辛うじて氷点下の最高気温は免れるのではないでしょうか。
(いいですねえ、こういう元気な男の子がいて)
きょうは2020年の最後の日。あと10時間余で今年もお仕舞です。ということもありまして、今第九を聞きながら書いています。いまきいているCDは、カラヤン指揮の第九です。間もなく第3楽章も終わって、いよいよ第4楽章が始まるところです。
もう一枚の第九のCDはダニエル・バレンボイム指揮の第九です。こちらは第九の合唱団に入っていたころは本当にお世話になりました。
そして、朝日新聞に連載されていた面白い記事もきょうでお仕舞となりました。「やっぱり第九が歌いたい」という連載物で、12月15日から計11回シリーズとなりました。
第1回の表題は、『将棋のレジェンドも魅せられた 谷川元名人「今年もやるんだ」』・・・谷川浩司、山本直純、岡村克喬生
第2回は、『1万人「最後は人間がつなぐ」 リモート合唱 声で束に』
・・・山本直純、小澤征爾、佐渡裕
第3回は、『山下洋輔は語る「本質は即興」 第2楽章を自分の音楽に』
・・・山下洋輔
第4回は、『「ベートーベンも、僕も、弱い」 熊川哲也は挑み続ける』
・・・朝比奈隆、熊川哲也
第5回は、『突破口開いた 季節はずれの上演 合唱は30人 全員日帰り』
・・・山田和樹、藤倉大
第6回は、『3年前の「約束」 この冬果たす 死への意識 生きる力に』
・・・鈴木秀美、
第7回は、『「芸術が絶対に必要 証明する」 ヴァイグレは心を砕く』
・・・セバスティアン・ヴァイグ、
第8回は、『ベートーベンの理想に近いかも ノット 超新機軸のタクト』
・・・ジョナサン・ノット、
第9回は、『多様な人 語り合うかのように 新譜で見せる かってない情景』
・・・パブロ・エラス・カサド
第10回は、『葛藤と不屈 ピアノで追体験 若手作曲家は「希望の種」まく』
・・・フリードリヒ・カルクブレンナー、広瀬悦子、冷水乃栄流
第11回は、『なるべくして日本の文化に 「国内初演」原動力は好奇心』
・・・榊保三郎、ヨーゼフ・ヨアヒム、松村昌
というものです。各回の内容はとても紹介しきれませんが、最終回はへえ~でした。記事によると、日本人の手で第九が初演されたのは1924年11月とされています。演奏は東京音楽学校の管弦楽団です。
しかし、それより10か月前の1924年1月に九州帝国大学の榊保三郎が自ら創設した大学のオーケストラで、お祝い用の歌詞を添えて福岡で第九を初演してやろうと自ら指揮台に立ったというのです。
そして最後の締めくくりは、自分たちの幸福のために、自分たちのやり方で歌う。好奇心一本で異なる文化を味わい尽くす。第九はなるべくして日本の文化になった、と。
これは私の最後の演奏会となった時の写真です。ポスターからとりました。2014年12月ですね。指揮は飯守泰次郎先生でした。いかにバス、テノールの男性陣が少ないかお分かりでしょう。でも、声は出ていたのですよ!
第九の連載が引き金になったのかどうかは分かりませんが、朝日新聞の声欄に投書が載りました。12月24日で、沖縄県の儀間さんという71歳の女性からの投書で、”「歓びの歌」いま心に響かせ”と表題がつけられていました。
彼女とベートーベンの出会いは何となんとナント、小学校6年生のときだったというのです。11歳か12歳ですか。卒業式で学年全員で「交響曲第9番」の「歓びの歌」を合唱し、響きわたる声に鳥肌が立った、とのこと。
小学校の卒業式の時に全員で”歓喜の歌”を歌うなんて、なんて素敵な学校だったのでしょう! 沖縄県内の学校かどこかは分かりませんが、どこの学校としても「蛍の光」や「仰げば尊し」が全盛だった時に第九です。素晴らしい先生がいたものです。
そして最後が素晴らしい。71歳というのに、「生誕250年の暮れに、彼がモデルといわれるロマン・ロラン作「ジャン・クリストフ」を読み、数々の名曲を堪能したいと思っている。」というのです。
またしても懐かしい名前が出てきました。ロマン・ロランです。そして「ジャン・クリストフ」です。ロマン・ロランはフランスの小説家で、日本のこともよく知っていたようです。私が最初の彼のことを知ったのは、高校の現代国語の教科書でした。3年生だったかな、ジャン・クリストフの一部が教科書に載っていました。
彼は別にベートーベンの生涯というような本も書いていたように記憶します。私も若かりし頃、その二つを読み、さらに「魅せられたる魂」というこれまた大部の小説を読みましたが、こちらの方は正直あまり面白くはなかったです。
平和主義者のロマン・ロラン、今誰も彼の名前を口にしなくなっています。平和主義者で、日本についても詳しい彼の存在はもっと知れ渡ってもいいと思うのですが。
今年一年お付き合いくださいましてありがとうございます。何とか今年も一日も欠かさずこのブログを書き続けることができました。いつまで続くか分かりませんが、元気なうちは、どんなに拙くても書き続ける気持ちでいます。
お気に沿わないとこころも多々あるかとおもいますが、こういう高齢者もいるのだと、いてもいいじゃないかと受け入れていただければありがたいです。
本当にありがとうございました。
よいお年をお迎えください。