大正十年・実業之日本社発行、熊田葦城著「茶道美談」より
三淵晴員帯刀して茶席に入る
足利将軍義政茶を好みて、古器珍什を蒐め、筳を開きて、公卿侯伯を饗す、
松風の聲、常に爐中より湧く
或時、三管領細川、斯波、畠山の家老を召して、用務を談じ、終りて茶席
に招く、凡そ茶の湯の禮として、刀を帯して、其席に入るを許さず、獨り
細川家の老臣三淵大和守晴員一刀を帯して入る来る、義政見て、
「これ/\腰の物は相成らぬぞ、彼方へ置いて参れ」と命ずれば、晴員、
「某は主人を持ち候者にて候、初めて一腰は御免あらせ玉へ」
と請ひたりとなん、主の為めに、身を重んずるは、忠の道なり、晴員茶道
を知らずと雖も、能く臣道を知ると謂ふべし
出来た話だが、どうもくさい。晴員は生年は明應9年(1500)、義政はといえば延徳2年(1490)に亡くなっているから、この話は成立しない。どうやら著者は、将軍様を間違えたらしい。さて何方なのか・・・そしてこの話の出所を知りたいものだ。
三淵晴員帯刀して茶席に入る
足利将軍義政茶を好みて、古器珍什を蒐め、筳を開きて、公卿侯伯を饗す、
松風の聲、常に爐中より湧く
或時、三管領細川、斯波、畠山の家老を召して、用務を談じ、終りて茶席
に招く、凡そ茶の湯の禮として、刀を帯して、其席に入るを許さず、獨り
細川家の老臣三淵大和守晴員一刀を帯して入る来る、義政見て、
「これ/\腰の物は相成らぬぞ、彼方へ置いて参れ」と命ずれば、晴員、
「某は主人を持ち候者にて候、初めて一腰は御免あらせ玉へ」
と請ひたりとなん、主の為めに、身を重んずるは、忠の道なり、晴員茶道
を知らずと雖も、能く臣道を知ると謂ふべし
出来た話だが、どうもくさい。晴員は生年は明應9年(1500)、義政はといえば延徳2年(1490)に亡くなっているから、この話は成立しない。どうやら著者は、将軍様を間違えたらしい。さて何方なのか・・・そしてこの話の出所を知りたいものだ。