津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

明日は雪かも・・

2009-12-18 23:51:19 | 徒然
 ベランダに出て空を見上げるのが、寝る前の私のいつもの最後の仕事(?)です。
駐車場の車の屋根に、うっすらと刷毛で刷いたように雪が積もっています。
随分冷え込んできました。暖房を消すと音をたてて水銀柱が下がっていくように、冷気が満ちてきます。明日は随分冷え込みそうな感じがします。ここ数日、あたたまって寝ようと、寝酒の量が増えました。(焼酎のお湯割です)痛めた膝が寒さできしむ感じがして、これが「老いの現象か」と切なく感じています。明日の朝は又ベランダに出て、阿蘇の山の雪景色を確認することになるでしょう。真っ白に輝く阿蘇の山の真反対方向に、細川家の墓所が有る立田山が見えるのですが、こちらは今紅葉真っ盛りの感じです。秋と冬が同居する不思議な風景を楽しんでいます。寝酒でいささか酩酊気味で、タイピングもろれつが廻らないという感じです。私事で恐縮ですが、長男が小さな家を建てました。約10ヶ月間いろいろ相談に乗ってきましたが、明日は引越しです。67爺もちょっと手伝いに行こうかと思っていますが、寒そー・・・。御地は如何ですか、どうぞお風邪など召しませぬよう・・・寝酒でいい気分の津々堂でした。
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米田家臣中山宗俊覚書 (六)

2009-12-18 08:54:05 | 歴史
 又父豊前在之竜王の城にハ逸見河喜多両
 人罷越候豊前二男岩徳丸と申ハ肥後弟にて候其節登城仕けるか御
 城大手ニ而米田与右衛門 後入道号宗伯 に行逢候与右衛門申候ハ豊前父子御討果被成
 これ/\に被仰付候早々被帰一所に可然と申聞候へハ曽て不存候御志らせ被下
 生々世々所存候是迄と申候て引返し豊前門前にて振袖の左右を切
 ■馳入働候由豊前甥に麻生吉左衛門と申者伯父甥兼々不快にて義絶
 仕居申候が此儀承り門戸をたゝきも候へ者一人も不入由申に付き常ニ
 気絶の吉左衛門にて候此節御許無之ハ門外にて果可申由呼り申候へ者其時
 くゝりを明け内へ入連申候其後吉左衛門申候ハいつ迄門をさし置可申哉開候

 へと下知いたし開き申候無程討手衆参候へハ吉左衛門如形働申候又豊前手
 前に高麗人を育置此者に向豊前被申候ハ幼少より育置別て不便(憫)に
 存候其方ハ無罪者也早々門外へ出候へと被申高麗人申様扨々無御情御
 意にて候御敵吾忽私討取御先に立四手の瀬蹈可仕候と申て古き杖を
 つき盲に似を御大将の石見様ハ何方へ被成御座候哉無罪盲の命御
 助被下候へと声高に泣きわめき橋の上を志とろにう詠たへ扣き出候を
 石見見てやれ/\瞽を助よと被申候得共何者か手を取りこなたへと引立候をやれ
 盲を殺しやるハ石見様御助被下候得と弥泣きわめき申候二付石見是にあり
 こなたへ参候得と被申候へハさぐり/\石見に取付申候をやれ後へ居よとつき放

 被申候時其侭後の方より抱付候て懐中より九寸五分を抜出し安々と
 石見を突殺し主命なれ者無罪石見殿にて候得共我等にハ恩の敵と
 存神妙に仕候と申由高麗人ハ大の男にて有之たる由なり又肥後女房
 ハ米田助右衛門是政か嫡女にて候夫婦三年義絶にて表奥無對面候
 四五歳の娘一人有 名号阿伊 此時助右衛門後室を者雲仙庵と申候忠興公
 御城へ被為召豊前父子御討果被成候其方娘無罪候肥後子は娘なり
 母子共に其方より申遣呼取養育仕候得と被成御意候雲仙庵所
 存候得共私心にして存合見申候に常々不挨拶の男を挨て一命助
 ■可申とハ申間敷ハ私より申遣候て同心不仕候時は私を見限り死後

 の障りに成可申候されとも不便にハ存候間御計ひを以て一命助申
 候ハ無此上存候間いか様にも御斗ひ被成被下候得と申上候何者米田与右衛門
 を被為召候て肥後女房并娘ハ殊に幼年無罪者に候我等申候間
 申遣■取て雲仙庵に渡し養育させよと御意に付与右衛門方
 より委敷申遣候得共肥後妻ハ見事に■奉抔候私儀覚悟仕居申候無
 罪御意を承り■果可申候娘阿伊事ハ東西不存者にハ雲仙庵へ
 御渡被下候得共返■のに娘を付て出し申候雲仙庵養育にて十歳内
 外にて是も病死無子孫扨又肥後方より内室へ使にて年来無音不
 及是非候娘をつれて雲仙庵へ参り娘を養育して給候り候へとの

 儀なり内室より返答に左様なる ○イ 心故此首尾に成行候御城より如 ○イ 此文参
                     ○イ 行迹故如是ナル首尾ニ成果被申候    ○イ 申来文ヲ見参ニ入申候
 候得共御城にハ辱奉存候肥後同前に覚悟仕居申候娘儀ハ幾重にも
 奉頼候無罪して相果申儀無此上悦と存候間旨御■を乞娘ハ早出し
 申候早々奥に通り我等死骸片付心静に生害被仕可然旨を返事
 被仕■をも見遣被申候時肥後三年ふりに奥へ通り夫婦の對面有之候扨
 内室は行水仕廻髪をさばき白装束にて越方の事共申尽し門出に
 拵置候候由にて白き湯かた白鉢巻白き帯白たすき廣ふたに家を
 出早々我が身を被■付候得との儀にて肥後手に掛り被申候遺骸を隠
 居き其身ハ右の装束にて出蔵人に逢被申其後はいり生害被仕候

 働ハ無之由亦与五郎興秋様江府御参府不被得其意儀者慶
 長九年忠利様を御家督に御願翌十年四月に従五位侍従
 任叙候御舎兄なりし興秋様無官無位にて江府御勤可被成様無之
 事尤成御事と申候由
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