津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

大木兼近・・・??

2013-02-18 23:14:16 | 史料

大日本近世史料・細川家史料十三 1192(p209抜粋)に大木織部(兼近)に関わる記事がある。
寛永十三年九月十三日付忠利の書状だが宛名は切り取られているという。光尚に宛てたものであろう。
以下の記事について大木織部を(兼近)と()書しているが、これが間違いであることを明らかにしておきたい。 

      (兼近)
   大木織部者、籠を破出候者之事、小川亀介と申人之所ニ居候を、被届候へは、かどり自害仕ニ付、亀介殿より理ニ付、相済候由、得其意候事

頭注には「大木兼近家来破籠潜伏中逮捕ヲ気取り自害ス」とある。
つづいて人名索引をみると、織部は大木兼近(1192)として紹介されている。
   細川家臣。織部。加藤忠廣家臣大木土佐の男。遺領三千四百石余相續のところ、忠廣改易により筑後へ立退く。寛永十年澤村吉重子湘雲守沅并に
   平野源太左衛門を以て忠利に召出さる。当時十四歳・・・(以下略)

ここで兼近だとする十四歳の大木織部の召出しに関わる詳細を知ることができる。
「細川家主要家臣」を開き大木家の項を見てみると、大木織部を兼近としている上記の記述が間違いであることに気付いた。

             弥助・織部・土佐守   弥助・四郎・土佐   兼久・四郎・織部      織部・隼人・舎人
   大木駿河守-----------兼能----------兼友---------兼憲------------兼近 

人名索引は兼憲と兼近とを取り間違えている。大木織部は兼憲であり、兼近はその息である。

 

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江戸の小判ゲーム

2013-02-18 19:36:11 | 書籍・読書
     江戸の小判ゲーム (講談社現代新書)
 
                   講談社

                 

内容紹介
松平定信と経済官僚たちの所得再分配のためのプロジェクトX!

幕府も武家も商人もWin-Winの関係だった!?
借金棒引き、貨幣改鋳に込められた真の狙いとは?
支配─被支配という旧来の歴史認識ではわからない江戸時代の実像に迫る興奮の一冊。


目次
第一章 お江戸の富の再分配
第二章 改革者たち
 1棄捐令プロジェクト
 2町会所プロジェクト
第三章 お江戸の小判ゲーム
終章  日本を救った米相場
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尻ふくらのお値段

2013-02-18 18:21:18 | 徒然

かつて 拝領ノ茶入尻膨并山の井ノミヲ所持ス を書いた。 

寛永十六年十月の忠利書状にこの「尻ふくら」の茶入れの消息が見える。

      十月十七日書状(大日本近世史料・細川家史料十二・990)         一樂:三齋側近 

                 (前略)
    又、此尻ふくら、千貫ニハはなし可申由申候、左様ニも取可申候哉、以上
          十月十七日                   越中
                 一樂

    三齋自筆書入返事
          人を被上之由、尤存候事、此尻ふくら千貫と申候由、かやうの物
          ノ代、今ノめきゝハ不存候、已上 

    

 この時期尻ふくらを売ろうとしていたのだろうか。
三齋は今の目利きは根を知らないと云っている。
千貫が高いのか安いのか・・・ 

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