
家族小説、人情話、直球の人生小説集。
私は、こういう「家族の絆」「夫婦の蘊蓄」を語った作品が好き。
思った以上におもしろかった。
良くできている。
例えば、「乾いた声でも」では・・・・・
「よく夫婦を戦友に例える人がいるでしょう。僕はちょっと違う意見なんだな。妻は一緒に戦ってくれなくてもいいんです、戦いは僕がしますから。だからその代わりにせめて味方でいて欲しいんですよ」
「味方ですか?」
「はい、それも絶対的な味方です」(中略)
所詮、夫婦は他人なのであれば、その距離を埋めるためにも言葉は必要だ。「カレーの匂い」なんて、向田邦子作品に匹敵する内容、と思う。
出版社副編集長・舞子はキャリアウーマン(死語)である。
母親が舞子に説教するシーン。(P134-P135)
「仕事をバリバリこなすのが悪いとは言わない。舞子はね、みんなからカッコいいとか言われて満更でもないでしょうけど、そんなに人って差はないものなのよ。あなたは全部勝とうとするから、棘が出ちゃうの。大きなことばかりが勝負じゃないし、案外小さなことの積み重ねなのよ。人生なんて、51賞49敗程度でいいの。でもね、その二つの勝ちの差が最後に物を言うんだから……本当に賢い女は負けてあげられる余裕を持っているの。それはね、小さくてもしあわせに繋がる急所の掴み方を心得てるってことのなのよ」
この作品は、そのまま人生処世訓として終わるのかと思っていたら、最後にどんでん返しが!
まいった・・・向田邦子クラスだ。
ところで、森浩美さんは男性である。(まぎらわしい名前だ)
女性心理の描写が巧いので、てっきり女性と思っていた。(欺された)
今回の短編集はすべて直球勝負。
それが勝因、かと思う。
もし、これにユーモアが入ってくると、山本幸久さん、奥田英朗さんの領域になる、と思う。
また、この方はもともと、作詞家だったようだ。
ネット上の著者紹介を下記にコピーする。
放送作家を経て、1983年より作詞家。現在までの作品総数は700曲を超え、荻野目洋子「Dance Beatは夜明けまで」、酒井法子「夢冒険」、森川由加里「SHOW ME」、田原俊彦「抱きしめてTONIGHT」、SMAP「青いイナズマ」「SHAKE」「ダイナマイト」、Kinki Kids「愛されるより愛したい」、ブラックビスケッツ「スタミナ」「タイミング」など、数々のヒット作を手掛ける
PS
ちょっと気になったので、追加しておく。
著者は、夫婦は戦友でなく味方云々・・・と書かれている。
この「夫婦は戦友」、って考えは、作家・田辺聖子さんがエッセイや小説でよく書かれていること。
森浩美さんは田辺聖子さんの考えを100%理解していないのだろうか?
おそらく、言語上のロジックとして書かれているだけ、と思う。
もし人生が戦いだとするなら、妻が敵なら困る。
さらに、第三者として中立を表明されたら、もっとなさけない気分かも。
【ネット上の紹介】
家族に悩まされ、家族に助けられている。誰の人生だってたくさんの痛み、苦しみ、そして喜びに溢れている―。作詞家・森浩美がその筆才を小説に振るい、リアルな設定の上に「大人の純粋さ」を浮かび上がらせた。『ホタルの熱』『おかあちゃんの口紅』はラジオドラマや入試問題にもなった出色の感動作。あなたの中の「いい人」にきっと出会える、まっすぐな人生小説をお届けします。