百醜千拙草

何とかやっています

パスツールの屋根裏

2013-06-18 | Weblog
ちょっと前のScienceの訃報欄で、フランソワ ヤコブ氏が4月に亡くなったという記事を読みました。
最初、ピンと来なくて、ひょっとしてあのヤコブ、モノーのヤコブのことかと思ったら、そうでした。失礼ですが、とっくの昔に亡くなったのだろうと想像していました。私の中では、ヤコブ、モノーとなれば、生物学のテキストに乗るよりはむしろ歴史の本に載る方がふさわしいぐらいの感覚でしたので、21世紀も十年も過ぎてから亡くなった(92歳とのことです)というニュースにちょっと驚きました。
調べてみると、ヤコブ、モノーとヤコブの師であるルウォルフが、オペロンの概念でノーベル賞になったのは65年のことだそうですから、実は、私の感覚ほど大昔のことではありません。クリック ワトソン フランクリン ウィルキンスのDNA構造の発見の論文が53年、ノーベル賞が62年ですから、それより後なのはあたり前なのですが。

ヤコブは、外科医を志したものの、戦争で重症を負い、外科医への道を断念、その後ルウォルフに弟子入りし、パスツール研究所の「屋根裏」研究室で、研究者となったそうです。戦争がなければ、ヤコブは普通の一外科医となっていたかも知れません。となると、ひょっとしたら遺伝子発現メカニズムは解明されず、結果として私が今のような仕事をすることもなかったかも知れません。塞翁が馬ですか、なんとなく不思議な感慨を感じます。

分子生物学が生まれてからの生物学の発展は目覚ましいものがあります。振り返ると、分子生物学的手法、つまり遺伝子操作技術(組み換え技術、増幅技術、遺伝子配列解読技術など)が、前世紀ではまず大きなの生物学研究手法上のパラダイム変換を引き起こし、その技術に基づく遺伝学的研究(ノックアウトなど)が、高等生物での研究手法を劇的に変えました。生物を分子(特に遺伝子)のコードによって解釈しようとする、分子生物学、分子遺伝学は、功罪あると思いますが、生物学は「厳密科学」としての立場から研究するべきだという考え方を広めたと思います。モノーの「大腸菌が解れば、象も解る」という言葉に、そのことがよく現れていると思います。しかし、結局、それほど単純な話ではなく、現在の状況を眺めれば、私が思うには、むしろ生物学はかつての博物学へと逆戻りしたような感があります。記述のレベルが遺伝子レベルになっているので、「分子博物学」とでも呼ぶのが、現在の生物学をよりよく表しているかも知れません。

私、個人的には、生物学が厳密科学ではなく、博物学である方が面白いと思います。今後も、分子生物学や高等動物での分子遺伝学のような技術的革命によって、生物研究はその都度、違うレベルで行われていくでしょうが、たぶん、厳密科学の物理学が目指しているのように、例えば、生物の「統一理論」のようなものが発見されるというようなことはありえないだろう、と想像します。逆に、細かいことがいろいろ分かるにつれ、生命現象を記述する言葉はますます複雑になっていくのではないかと思います。ただ、そのプロセスは刺激的なものです。現在は、Encode Projectなどのように、シークエンス技術の進歩によって、ゲノムレベルでの動的な遺伝子発現制御を記述するというような包括的解析法が流行っているようです。多分、この方向性は生物学研究を劇的に変えることには繋がらず、大量の記述的データを産み出した後、行き詰まって収束するような気がします。私の想像では、次のブレークスルーはイメージングでではないかな、と思います。リアルタイムの細胞レベルでのイメージングが高等動物で可能になれば、(現在はごく限られた組織と時間にのみ可能です)、ノックアウト技術以降の大きな技術的ブレークスルーになり、生物学研究を劇的に変えるような気がします。

ところで、イランの新大統領が決まりました。対立して来た西側諸国との対話を望むということですが、イラン-イスラエル関係が中東の、ひいては世界の平和の鍵を握っていると私は考えているので、イランと欧米、イスラエルの関係が改善することを望むばかりです。この新大統領がイランの核開発をどの程度推進しようとするのかが、1つの重要な要素だと思います。イラン核開発を強力に推進しつづけると、イスラエルとアメリカの反発は必至ですし、このところかなり好戦的なイスラエルが、イランを攻撃したら、ロシアはイラン側から参戦してきますから、一瞬にして第三次世界大戦と広がってしまいます。この一年が勝負ですね。
また、シリア内戦を巡ってプーチンが欧米を批判。このシリア内戦、アメリカを含む西側諸国が、トルコ経由で反政府軍を煽ってやらせていると考えられています。反政府ゲリラをこっそり支援して、都合の悪い国の政権をすげ替えようとするのは、アメリカが昔からいろんな国でやってきた常套手段ですね。このまま、中東をアメリカに押さえられては困るロシアは当然、シリア政府軍を支持。今回、なかなか陥落しないアサド政権に苛立ったのか、これまで、こっそり支援だったのに、「シリア政府軍が神経毒を使った」と言いがかりをつけて、露骨に介入しようとしてきました。それに対してプーチンが反発。

プーチン大統領が欧米批判、「内臓食べるシリア反体制派に支援不要」

プーチン大統領はキャメロン英首相との会談後、「敵を殺害するだけでなく、カメラの前で遺体を切開し内臓を食べるような集団を支援する必要はない」と指摘。反体制派への武器供与は「数百年にわたり欧州で伝えられてきた人道的価値観とは無関係だろう」と述べた。


つまり、いつものアメリカの他国への介入のときに振りかざす言い訳、「人道主義、民主主義」に対して(今回の場合、「政府軍がその人民に対して神経毒を使って制圧しようとするのは人道上、許せない」という理屈ですね)、「反政府軍は政府軍兵士の内蔵を喰うような、人道をわきまえない連中だ」とプーチンがやり返した、ということですね。「反体制派への武器供与は人道的価値観とは無関係」とわざわざ皮肉を言ったのですから、オマエらの手の内はわかっているから、これ以上やると容赦はしないぞ、と欧米に対して脅したということでしょう。中東を挟んで米露の対立がエスカレートしつつあるようです。
コメント
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