グラント書きはじめました。これから一ヶ月はこれに集中する必要があるのですが、動物実験プロトコール書き二つを含む他のさまざまな雑用と重なってしまいました。グラント書きは研究活動の中で動物実験プロトコール書きに次いでもっとも非生産的な作業の一つと思いますけど、「研究資金」は必須のものですから仕方がありません。グラント書きは受験勉強のようなものだと思ってやってます。やりたいことを追求しようとすると学校に入らないといけないし、そのためにはやりたくない科目も勉強して入学試験に通る必要があります。しかし、どうせやらねばならないのなら、たのしくやりたいものです。グラント書きも受験勉強も、いろいろ勉強したり準備したりすることそのものが楽しいと思えれば、非生産的と思わずに済むと思います。その一方で、するべき研究があるのに、かなりの時間をSF小説のようなグラント書きに費やすのは馬鹿げていると思う人も多いと思います。私もそう思います。フランシス クリックがソーク研究所への招聘時に出した条件が「グラントを書かなくて良いこと」、つまり研究資金を施設が保証するということでした。最近、学長職についたとある研究者の人の最大の動機は、「グラントを書かなくていいから」でした。かれらの気持ちはよく分かります。しかし、世の大勢の人が働きたくないけど、食っていくためには働かなければならない、という理由で働いています。研究者はその点、普段は好きなことをしているのだから、贅沢を言うな、という思う人もいるでしょう。しかし、研究者は有意義な結果を出すのが仕事であり、その結果が最終的に人々の生活の向上や健康の増進、疾病の治療や予防につながるということを考えれば、書き物しているヒマに実験をして有意義な結果を出すことが、皆のためだと私は思います。
さて、グラントですが書き物も大変ですが、周辺を固めるのもなかなか、大変です。いろんな人にメールしたり電話したりして情報を集め、協力を要請しています。私にとっては、新しい分野とあまり知らない分野を混ぜ合わせたような研究なので、まずは、あまり知らない分野の方の専門家に話を聞きました。
研究アイデアを話すと、「科学的には追求する価値があると思う、しかし、実際はちょっと厄介かもしれない」という意見。その理由を聞くと、その分野の歴史に関わる話で、根が深いというか、ありがちな話というか、多少、考えさせられました。ウチの業界は比較的マイナーな方ですが、そのマイナーな業界は、さらにマイナーな小分野にわかれており、今回、題材とするマイナーな病気をあつかう分野では、その分野で長年研究してきたマイナー界の大御所といういうような人が数人おります。これらの人々は、この狭いタコツボ的分野でコツコツと仕事を積み重ねてきて、この病気については一家言を持つ人々です。もちろん、彼らは自分たちが信じ実践している研究や治療が正しいと主張しているわけです。私は、そのマイナー分野の外の人間であり、これからちょっと基礎研究のレベルでこの分野の端っこにも足を踏み入れたいと考えているのです。
この分野の動向をザッとみてみると、実は、20年ぐらい前から細胞を使った治療が試みられており、その成果がハイインパクト雑誌に掲載されています。私もこの論文のことが頭にあって、この題材を使おうと思ったのですが、話を聞いてみるとそのハイインパクト論文を出した研究グループも、そもそも、このマイナーな分野の外から参入してきた余所者でした。
マイナー分野というのは妙な所です。マイナーであるが故にオーディエンスは少なく、よって、その大御所たちの研究室からも、論文引用回数で評価すれば、ハイインパクトな雑誌に論文が載ることは稀であり、大御所と呼ばれる人々も、専門雑誌にコツコツと、そのスジの人々向けに論文を発表し、長年をかけて地位を築いてきたわけです。しかし、彼らも、分野を一歩出ればタダの人なわけで、むしろ大御所であるがゆえに、ハイインパクトな論文を有名雑誌に出して、脚光を浴びたいという欲はそれなりにあるのではないかと想像できます。そんな屈折した思いも無きにしもあらずの大御所が支配するタコツボ世界に、ズカズカと入り込んできた余所者がハイインパクト雑誌に論文を連発して、注目をさらうというようなことが起きたわけで、大御所の中に、醜い男の(大御所の一人は女性でしたが)嫉妬とでもいうべき感情が多少なりとも渦巻いたであろうということは想像できます。
その結果、研究がヒトを対象とした実験的治療であったこともあって、倫理的な問題に関する反感もあり、この手の研究はその成果を科学的に検討しようとすることそのものが抑制されてしまったようです。つまり、ゲスっぽく想像するに、大御所にとってみれば、よそ者がルール無用の実験的治療をして"われわれの患者"に危害を加えた上に、ハイインパクト雑誌に論文を出して注目をさらい、縄張りを荒らしに来て、自分たちの価値観や地位を脅かそうとしている、と感じた部分もあったのではないでしょうか。
ただし、研究のアイデア自体は大御所もリーズナブルだと認めています。事実、このマイナー分野の大御所の力の及ばない国々や施設では、追求がつづいていますし、話を聞いた専門家の人自身もちょっと視点を変えて研究を続けています。私も、まだ工夫の余地があると思います。
人間は感情の動物であり、誰にでもエゴはあり、種々の欲と嫉妬に悩まされるものです。科学者といえども、ものごとを感情と切り離して理性的に考えることは難しいです。
さて、グラントですが書き物も大変ですが、周辺を固めるのもなかなか、大変です。いろんな人にメールしたり電話したりして情報を集め、協力を要請しています。私にとっては、新しい分野とあまり知らない分野を混ぜ合わせたような研究なので、まずは、あまり知らない分野の方の専門家に話を聞きました。
研究アイデアを話すと、「科学的には追求する価値があると思う、しかし、実際はちょっと厄介かもしれない」という意見。その理由を聞くと、その分野の歴史に関わる話で、根が深いというか、ありがちな話というか、多少、考えさせられました。ウチの業界は比較的マイナーな方ですが、そのマイナーな業界は、さらにマイナーな小分野にわかれており、今回、題材とするマイナーな病気をあつかう分野では、その分野で長年研究してきたマイナー界の大御所といういうような人が数人おります。これらの人々は、この狭いタコツボ的分野でコツコツと仕事を積み重ねてきて、この病気については一家言を持つ人々です。もちろん、彼らは自分たちが信じ実践している研究や治療が正しいと主張しているわけです。私は、そのマイナー分野の外の人間であり、これからちょっと基礎研究のレベルでこの分野の端っこにも足を踏み入れたいと考えているのです。
この分野の動向をザッとみてみると、実は、20年ぐらい前から細胞を使った治療が試みられており、その成果がハイインパクト雑誌に掲載されています。私もこの論文のことが頭にあって、この題材を使おうと思ったのですが、話を聞いてみるとそのハイインパクト論文を出した研究グループも、そもそも、このマイナーな分野の外から参入してきた余所者でした。
マイナー分野というのは妙な所です。マイナーであるが故にオーディエンスは少なく、よって、その大御所たちの研究室からも、論文引用回数で評価すれば、ハイインパクトな雑誌に論文が載ることは稀であり、大御所と呼ばれる人々も、専門雑誌にコツコツと、そのスジの人々向けに論文を発表し、長年をかけて地位を築いてきたわけです。しかし、彼らも、分野を一歩出ればタダの人なわけで、むしろ大御所であるがゆえに、ハイインパクトな論文を有名雑誌に出して、脚光を浴びたいという欲はそれなりにあるのではないかと想像できます。そんな屈折した思いも無きにしもあらずの大御所が支配するタコツボ世界に、ズカズカと入り込んできた余所者がハイインパクト雑誌に論文を連発して、注目をさらうというようなことが起きたわけで、大御所の中に、醜い男の(大御所の一人は女性でしたが)嫉妬とでもいうべき感情が多少なりとも渦巻いたであろうということは想像できます。
その結果、研究がヒトを対象とした実験的治療であったこともあって、倫理的な問題に関する反感もあり、この手の研究はその成果を科学的に検討しようとすることそのものが抑制されてしまったようです。つまり、ゲスっぽく想像するに、大御所にとってみれば、よそ者がルール無用の実験的治療をして"われわれの患者"に危害を加えた上に、ハイインパクト雑誌に論文を出して注目をさらい、縄張りを荒らしに来て、自分たちの価値観や地位を脅かそうとしている、と感じた部分もあったのではないでしょうか。
ただし、研究のアイデア自体は大御所もリーズナブルだと認めています。事実、このマイナー分野の大御所の力の及ばない国々や施設では、追求がつづいていますし、話を聞いた専門家の人自身もちょっと視点を変えて研究を続けています。私も、まだ工夫の余地があると思います。
人間は感情の動物であり、誰にでもエゴはあり、種々の欲と嫉妬に悩まされるものです。科学者といえども、ものごとを感情と切り離して理性的に考えることは難しいです。