tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

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古印最中 または 1つのことを懸命に

2011年06月11日 | 日々是雑感
木津川市にお住まいの鏡清澄さん(筆名)が、足利市(栃木県)の香雲堂本店が作る古印最中(こいんもなか)という名物最中を送ってきてくださった。大ぶりで重みのある最中で、名前の通り古印(足利にゆかりの昔の印鑑・落款)の形をしている。何種類かあって、それぞれ大きさの違うところが面白い。

早速いただいてみると、これは剛速球ど真ん中、どっしり甘くて美味しい最中である。甘いが嫌味がなく、これぞ本物のアンコ、という存在感がある。しかし最中種(最中の皮)はとても薄くて、口の中でほろほろと崩れていく。奈良県が誇るみむろ最中(白玉屋榮壽)は、パリッとした最中種と甘さを抑えた餡で知られる。これは東西横綱、どっしり系とあっさり系の代表格という趣である。ウチの家内も大変気に入って、早速古印最中の「お取り寄せ」を準備中である。風評被害に悩む栃木県の産物なので、ドンと注文して親戚にも配りたい。

この最中のことは以前、相田みつをの言葉とセットで、鏡さんから教えていただいた。鏡さんの文章「相田みつをさんとの出会い」からピックアップして紹介させていただく。

私の叔父が国税庁だったかどこだったか税務関係の役所に勤めていて、栃木県の足利に転勤しました。その叔父が私の父のところに、「兄さんは甘いものが好きだから」と言いながら足利の「古印最中」をお土産に持ってきてくれました。厚手の紙の箱に2段にぎっしり四角い最中が入っていました。

最中の皮には足利学校の蔵書の印の型が押されていました。長方形のものもあり、正方形のものもあり、落款の形をしたものもありました。子供心にどの形が大きいかなと最中を取るのに迷ったものでした。最中の皮は砂糖がたくさん入っていたのでしょうか、歯ざわりがとても良いものでした。餡はつやつやと光っていて、これまた美味しいのです。私はその後、あちこちの最中を食べてみましたが、いまだかってこの足利の「古印最中」より美味しい最中に出会ったことがありません。

「古印最中」は足利市通4丁目の『香雲堂本店』というところが作っています。なお、JR両毛線の足利駅で電車を降りて街の中を『香雲堂本店』の方へ歩いていくと、駅から近い通3丁目に『香雲堂』という店があって、ここが「古銭最中」というのを売っています。間違わないようにしてください。

私が『香雲堂本店』の「古印最中」をお奨めするのには理由があります。とても美味しいこと、大きくて食べでがあること、リーズナブルであることの三拍子そろっていることに加えて、子どもの頃に見た、この最中の包装紙と栞がとても印象に残っているためです。包装紙は茶色っぽいものだったように記憶しますが、面白い筆字が絵のように印刷されていました。そして菓子箱の中に入っていた栞には、包装紙の文字と同じものが墨で書かれていました。子どものときに読んで以来、テニオハは違ってもズーッと覚えている言葉です。

「ひとつのことでもなかなか思うようにはならぬものです だからわたしはひとつのことを一生けんめいやっているのです」

そうです。『香雲堂本店』は長いこと「古印最中」ひとつだけを作り、売っていたのでした。一種類の最中一筋、精進しながら何年、何十年と作ってきました。美味しくないわけがありません。上記の言葉は菓子づくりにかける店主の情熱、一徹さを余すことなく伝えていると思うのです。

今は煎餅など何種類かのお菓子も作られているようだが、一徹さは失われていない。近年、こういう人が少なくなった。最近は焼肉酒家えびすに限らず、チェーンの焼肉店などで食中毒が相次いでいる。コストダウンを図るあまりベテランの調理人を置かず、素人が料理するからこんな事故が続発するのだと指摘されている。奈良県下にも、1つのことを一生懸命やり、素晴らしいモノに仕上げている人は数多い。そんな人やモノを紹介するのも意義のあることだな、と考えている。

鏡清澄さん、有難うございました。最中も、相田みつをの言葉も、素晴らしいです!
コメント (2)
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