tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

蛇と民俗 by 武藤康弘氏 (月刊大和路ならら)

2013年01月05日 | 奈良にこだわる
大晦日から正月(2013年)3が日にかけて、奈良県下社寺で最も初詣客が多かったのは例年どおり、神武天皇・皇后をお祀りする橿原神宮(92万人)だったが、例年2位の春日大社(52万人)を抜き去って今回2位に躍り出たのが大神神社(=三輪明神 55万1千人)で、昨年より6万9千人も多かったそうだ。

産経新聞奈良版(1/5付)によると《大神神社は、最も増え幅が大きかった。古事記などの記述でヘビに姿を変えたとされる大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が祭られており、同神社の広報担当者は「巳年に合わせて参拝される方が例年より多かった」と推測している》。やはり「巳年効果」が表れたのだ。

ところで野口神社(御所市蛇穴[さらぎ])の蛇綱(じゃづな)引き、杵築(きつき)神社(田原本町今里)と八坂神社(同町鍵)の蛇巻き(じゃまき)など、奈良県下には蛇の登場する祭りがやたら多い。ノガミ(野神、農神)祭りなのだろうが、不思議に思っていたところ、「月刊大和路ならら」2013年1月号の「蛇と民俗」というインタビュー記事で、武藤康弘氏(奈良女子大学教授)が分かりやすく解説されていた。一部、抜粋して紹介する。


上記2枚の画像は「月刊大和路ならら」2013年1月号より。この号は、読みごたえあり!

―「蛇巻き」は奈良独特の行事ですか。
 わら縄で作ったジャ(蛇)が村を廻って厄を払う蛇綱(じゃづな)行事は、奈良に限ったものではありません。たとえば丹後の宮津市今福地区などでも正月の行事として蛇綱が行われます。
 奈良県では、奈良盆地の中部から南部の各地で、この蛇綱行事がみられます。いずれも田植えの直前に行われますが、これは水に恵まれて秋の豊作を迎えられるようにと祈る、ノガミ祭りの一種なんです。同じノガミ祭りでも、奈良盆地北部のノガミにはジャは登場しません。

―ノガミについて詳しく教えてください。
 「ノガミ」とは農村の一角に設けられた農業の神を祀る場所であり、またノガミをお祭りする行事そのものを指す言葉でもあります。ノガミは農民の守護神でもあり「ノガミサン」「ノーガミサン」「ハッタハン」などと呼ばれ親しまれてきました。古文書には「農神」「の神」などでも表されます。

 ノガミとしてよく祀られるのは、村はずれの小さな森や、1本だけ立っている大きな木、石の塚などであり、木の下に祠が置かれたりする場合もあります。また石の塚に「野神」と文字が刻まれたものもあります。木はヨノミ(エノキ)が多いようです。枝を広げて大きく成長し、材質も堅めのヨノミは、農
具や家具などによく用いられたことから、農村部では大事にされてきた木です。

 かつて奈良盆地では、麦と稲との二毛作が行われていましたから、ノガミは秋まきの麦を春に収穫したあとの、田植えまでの端境期に行われました。またノガミは「ミーサン」(巳さん)とも呼ばれます。雨を呼ぶ水の神であり、田畑の作物を荒らすネズミやスズメなどを獲ってくれる蛇もまた、農業の守り神でした。収穫を終えた麦のわらでジャを編んだのも、こういうところに由来するものでしょう。

―中南部のノガミ祭りである蛇巻きは、どんな行事でしょう。
 こちらは北部のノガミと異なり、集落ごとに特色のあるジャが登場して、見物するほうも見ていて楽しい行事です。ジャと呼ぶのにツノがあったり足があったりして、龍神との混同もみられます。田原本町の鍵や今里、橿原市の上品寺町、さらに南では御所市蛇穴(さらぎ)の野口神社などで行われています。

 行事の主な流れとしては、わらで作ったジャを村の子どもたちが担ぎ、あるいは手で持って、集落内の道を廻ります。ジャが村内を廻るのは、水路を水が下って行く様を象徴していると指摘する研究者もいます。また途中、担ぎ手や集落の人をジャで巻くところもあり、これが蛇巻の名前の由来といわれ、巻かれると1年を無病息災で過ごすことができ、厄落としにもなるといいます。最後には、頭や尾がその年の恵方に向くように木に掛けたり巻きつけるなどし、小型模造農具や絵馬を奉納して、豊作を祈って終わります。

―綱で魔除けというと明日香村の勧請縄が想起されます。
 おそらくは、蛇綱は正月の綱掛け行事に由来すると思われます。道を綱で切って魔を防ぐ綱掛けでは、縄で村人を巻いたり、押しつぶしたりする清めが行われることがあります。奈良県でもたとえば平群町椣原(しではら)などで行われていますが、この清めが、ジャで人を巻く蛇巻きとして変化していったのではないかと思います。蛇巻きが正月行事に由来することがはっきりわかるのが、田原本町の矢部の綱掛けです。ここでは掛けた綱に牛玉札(ごおうふだ)様の立牛の板刷りをお供えします。

 牛玉札は正月の春迎えの行事に登場する護符で、東大寺や長谷寺などの修二会で刷られる牛玉札がよく知られています。矢部では長谷寺の牛玉札によく似た、頭に宝珠を戴いた姿の牛が刷られます。田畑を耕す牛に、牛玉の霊力が授かることを願ったものでしょう。

 また小型模造農具は、小型の山の道具を神に供えて山仕事の安全を祈る、正月の「山の神祭り」に由来すると考えられます。これと同様に、ノガミでは野の神に農具を供え、農具に霊力をいただき農作業が滞りなく済むことを祈ったと考えられます。御所市蛇穴の野口神社でも蛇綱行事が行われますが、野口神社の「野口」は、まさに山の神を祀る山口神社に対する「野の口」です。農作物を育ててくれる大地の神に供え物をし、さらに水の神である蛇の力を村中にいただくことで、豊作を祈る行事です。ノガミを「ノーグッツァン」ともいうのは、ノガミが「野口」に由来することを示しています。

鍵・今里の蛇巻き
6月第1日曜 ジャの練り歩き:鍵は13時頃~、今里は15時頃~

鍵のジャはわら束を5つ束ねた重さ200kg超の頭をもち、胴体は約8m。ジャの頭にはケヤキの枝を差し、龍の鱗と称する。14~17歳の少年が頭を担ぎ、小さい子が胴体を持つ。最後はハッタハンのヨノミ(榎)の木に尻尾を恵方に向けて掛ける(降り龍)。ジャの頭の上に型押しの丸いご飯がのる「ボンサンの膳」が置かれる。
今里のジャは、長さ約18m。カシの木の枝を龍の鱗として頭に差し込む。ワカメの味噌煮もふるまわれる。1軒1軒の玄関にジャが頭を入れお祝いをし、途中「巻いてやる」の声で担ぎ手がジャに巻かれる。最後は杵築神社のヨノミの木に右回りに巻き、頭を恵方に向ける(昇り竜)。
■磯城郡田原本町鍵・今里(近鉄石見駅から東へ徒歩約20分、近鉄田原本駅から北へ徒歩約30分)
電話0744-34-2080(田原本町産業観光課)


野口神社(御所市蛇穴)に奉納された蛇綱。2012.12.14撮影
蛇綱引き
5月5日 ジャの練り歩き:正午頃~

わらで作った約15mもの蛇綱を持って町内を練り歩く。前日にジャの頭部を作り、当日午前中に胴体を作る。正午ぐらいから16時まで各家を回る。このときジャの頭を北には向けず、北進するときはバックで進む。最後にジャを野口神社の蛇塚に巻き付ける。その後ごく(もち)撒き。かつてはワカメの味噌汁を掛けたことから汁かけ祭りともいう。トーヤの家には桶に入ったご神体を頭上に掲げて運び、祀る。
■御所市蛇穴540(JR・近鉄御所駅から徒歩約30分)
℡0745-62-3001(御所市観光係)


今里の蛇巻きでは「ワカメの味噌煮」、蛇穴の蛇綱引きでは「ワカメの味噌汁」が登場する。湯戻ししたワカメの形が蛇に似ていることからの連想かも知れないが、出雲の日御碕神社を訪ねたとき、「和布刈神事(めかりしんじ)」の話を聞いた。出雲観光協会のHPによると《「成務天皇6年1月5日の早朝、一羽のウミネコが海草を日御碕神社の欄干に3度掛けて飛び去った。不思議に思った神主がそれを水洗いして乾かしたところ、ワカメになった」という故事にならって行なわれる神事です》。

《毎年旧暦1月5日に宇龍港(うりゅうこう)の権現島に鎮座する熊野神社で行なわれます。浜辺から権現島までの間に12隻の船が大漁旗をなびかせて並び、神主の渡島を待ちます。神主が箱めがねで新しいワカメを刈り上げます》というものである。ほかには山口県下関市住吉神社や福岡県北九州市門司区の和布刈神社でも行われ、こちらは神功皇后の三韓征伐伝承に深い関係をもち、生命力の象徴であるワカメにちなんだ神事とされる。ワカメの味噌煮も味噌汁も、このようなワカメの霊力を期待したものかも知れない。

大和は民俗行事の宝庫といわれ、調べ出すと底が知れない。知れば知るほど、奈良はおもしろい。
コメント (2)
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