エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

雪の飯盛山

2008-01-26 | 街中散歩
 
久しぶりに雪の飯盛山へ行った。我が家から飯盛山までは裏道を通り約1キロ10分の距離である。滝沢の御本陣の前を通り、細い足跡が続く裏道を飯盛山へ向かった。
 厳島神社境内は、スギの大木が所狭しと林立し季節を問わず静かだ。かつて白虎隊士が通った戸ノ口堰洞穴からは清らかな水が勢いよく流れていた。冬は水量が多いような気がする。

  【スケッチ 雪のさざえ堂】

 この時期ほとんど観光客はない。さざえ堂への急な石段は雪のため通行止め、坂道を新雪をかきながら白虎隊士のお墓に向かった。
   お墓の高台に立つと、チラチラ降っていた雪が止み、眼下に真っ白な若松市街が広がった。遠くお城を確認できた。百数十年前に、この辺りから燃えさかる若松の街をながめた十代の若者たちがいたのだ。どんな思いであったろうか。
 隊士達のお墓は静かに雪に埋もれていた。静かに手を合わせた。わずかな時間を溯っただけのこの地で、あの戊辰戦争があり、19人の白虎隊士がいのちを落とした事実を思った。


お墓の脇には松平容保の殉節した白虎隊士に詠んだ弔歌の歌碑が建っていた。石碑の刻みに雪をすり込むと達筆な歌が浮かんできた。
 「幾人(いくたり)の涙はいしに灑(そそ)ぐとも その名はよよに朽じとぞ思ふ」

 お墓に入る左右の石の門柱にも雪をすり込んでみた。右には「精忠貫日月」左は「勁節陵風霜」とあった。しばらく手が冷たかった。

 普段ゆっくり見ることがなかったこの聖域には、戊辰戦争で犠牲となった婦女子二百余名を弔う「会津藩殉難烈婦の碑」やローマ市から贈られた白虎隊の武士道を称える碑、美濃國郡上藩校凌霜隊の霊を慰める碑などが建っている。

約1時間、すがすがしい気持ちで飯盛山を散策できた。帰路につくころ、忘れていたかのように吹雪いてきた。しばらくは雪が続きそうだ。
 今後もときどき訪ね、先人に思いをはせたいと思った。
(2008.1.25)

(参)拙ブログ【街中散歩 飯盛山 / 2006-12-17】