○ 冬のフォトアルバム 2 (070107)
今朝取り外した松飾を近所の小学生達が集めていきました。三九郎、地方によって呼び方がそれぞれ異なると思いますが、松本地方では松飾やだるまを集めて焼く行事をこう呼んでいます。
昨日からの雪、白くなった田んぼに組み上げられた三九郎、小学生達が火を点けると強風にあおられて激しく燃え上がりました。
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正月、箱根駅伝をテレビで見ました。一本の襷を選手達が必死の思いでつないでいく。たった数十秒の差で襷を手渡すことが出来なかった選手の落胆。
私達は駅伝の襷のように日本の伝統文化を次世代に引き継ごうと必死に努力してきたのだろうか・・・。伝統的な文化の継承の大切さと難しさ、箱根駅伝を見ながらふとそんなことを考えてしまいました。
私の住む鄙びた山里では小学生が少なくなって、最近ではあまり大きな三九郎を組むことがなくなりました。いつ頃始まった行事なのか知りませんが、いつまでも続けていきたいものです。松飾をゴミとして出すわけにはいきませんし・・・。
白川郷 荻町 197908
■ 民家 昔の記録、今年最初は合掌造りの民家の集落。
http://shirakawa-go.gr.jp/yado/yosobe/yosobe.htm
↑ 遠い記憶を頼りに当時泊まった民宿を探してみました。近くにお寺があったことを覚えています。たぶんここではないかと思いますが、定かではありません。
昔の民家の集落は日本の風景によく似合います。地から生えるように建つ民家が気候風土に適していることは理屈ではなく、感覚的に理解できるような気がします。
いきなり民家をきのこに喩えたら、?でしょうね。きのこは生育条件が調った場所でしか育ちません。特にその条件が厳しい。昔の民家は地域によってそれぞれ意匠的な特徴が異なり興味が尽きないのですが、その地域の気候条件や地形的な条件、使う材料(例えば屋根を葺く材料)の入手条件といった民家を取り巻く外的条件と、例えば養蚕をするとか馬を飼っているとかいうようなその民家での生活条件、即ち内的条件との絶妙なバランスの上に成立しているわけで、そのような成立条件や外観のイメージから、きのこに喩えることができるな、と思うのです。
民家が風景によく似合う、ということに敢えて理屈をつければ、こんなことになるのでしょうか。
最近では全国一律、同じようなデザインの住宅が多くなりました。生育条件の合わない土地で無理をしてきのこを育てているようなものではないか、そう思います。
それぞれの地域に相応しいデザインの必要性が指摘されるようになりました。そのヒントは長い歴史を経てきた先達の知恵の結晶に見つけることができる、そう思います。
このような指摘も「地方の時代」という社会的な流れの反映でしょうか。長野駅も松本駅も昔の駅舎のデザインの方がよかったという指摘が単にノスタルジーに由来するものとは思えません。全国、全世界同じデザインという時代は終わりつつある(あるいは終った)ということは多くの人が指摘しています。
現代建築で地方性を考えることはなかなか難しいのですが、これからますます重要性が増すテーマであることは間違いなさそうです、と書いて今回は終り。
*先の外的条件には民家を建てたり、屋根の葺き替えなどに地元の住民がどの程度かかわることができるかといった社会的な条件(「結」などの制度)を加えることもできると思いますがここではとり上げませんでした。