朝カフェ読書2022.06.07『山の音』川端康成(新潮文庫2022年新版)
■ 一昨年(2020年)自室の書棚のカオスな状態を解決しようと、約1,700冊の本を古書店に引き取ってもらったが、その中では文庫の数が最も多く、約1,100冊だった。また読みたくなったらその時買えばよい、そう思っていた。
川端康成の『山の音』が読みたいと思い、改めて買い求めて読んだ。なぜ今『山の音』?
主人公は60過ぎの尾形信吾。信吾は息子の奥さんの菊子に淡い恋情を抱いている。昔好きだった女性と似ているということで。これって源氏物語の光君が例えばとても好きだった夕顔によく似ているということで娘の玉鬘を好きになったことと同じじゃないか、と思ったことが直接的な理由(理由にもなっていないか・・・)。
川端康成は3歳のときに亡くなってしまった母への追慕の念断ちがたく、若い女性(亡くなった母親も若かったから当然)に母を求め続けていたんだなぁ・・・。このことをモチーフに文学作品に仕立て上げた。光君もやはり3歳で母親を亡くしている。で、やはり母親探しを続ける。ちなみに紫式部も幼少期に母親を亡くしているとのこと。
さて、『山の音』。カバー裏面には**家族のありようを父親の視点から描き、「戦後日本文学の最高峰」と評された傑作長編。**とある。なるほど、新潮文庫では1957年に発行され(*1)2020年に105刷となっていて、長年読み継がれていることという私が思う名作に必要な条件をクリアしている。
この小説をいつ頃読んだのか。過去ログを検索して、2010年だったことが分かった。
小説の最後の方で信吾がある朝突然ネクタイのしめ方がわからなくなってしまい、菊子に結んでもらおうとする場面だけははっきり覚えていた。この場面を前回は**信吾はまかせたつもりになっていると、幼い子がさびしい時にあまえるような気持ちがほのめいた。菊子の髪の匂いがただよった。** 例えばこの何気ない描写にもエロティックな雰囲気が漂っている。ここで信吾が菊子の肩に手をかければ・・・。菊子も義理の父親に恋慕の情を抱いているのに、理性的に振舞うふたりの間には何も「起こらない」。このように書き、下線も引いていた。これが俗な小説とは違うところだろうか・・・。
それからある夜、不気味な山の音を聞いた信吾が死期を予告されたのではないかと思って恐怖におそわれるところも覚えていた。これが題名「山の音」になっている。
同居している子どもたちのトラブルに悩まされる信吾。息子は結婚して2年も経たないうちに不倫するし、娘は結婚した相手とうまくいかずに小さな女の子ふたりを連れて戻ってくる。やがて息子の奥さんと不倫相手が同じころ妊娠し・・・。娘の夫が伊豆の温泉で心中したことが新聞で報じられる。信吾は妻の保子とは波風立てずに暮らしてはいるけれど、**夢で菊子を愛したっていいではないか。夢にまで、なにをおそれ、なにをはばかるのだろう。うつつでだって、ひそかに菊子を愛していたっていいではないか。**(292頁)などと思うこともある。
向田邦子の『あ・うん』(文春文庫2006年4刷)を読んだ時も思ったが、昭和の家族ってずいぶん密に繋がって暮らしていたんだなぁ。
なぜこの小説が高く評価されたのか、よく分からないなぁ。感性が鈍ったのかな・・・。
*1 この作品は1954年に筑摩書房より刊行された。