透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「蛍」

2022-06-10 | G 源氏物語

「蛍 蛍の光が見せた横顔」

 玉鬘は光君の振る舞いにどうしたらいいのか思い悩む日々。光君の弟の兵部卿宮は玉鬘に恋文を送っている。光君はなかなか返事を書かない玉鬘に向かって書くべき言葉を口にして返事を書くように勧める。このことについて作者は**この手紙に兵部卿宮がどう対応するのか、見たいと思っているのでしょうね。**(82頁)と書く。どうも紫式部は光君のことをあまり好意的に思っていないようだ。

珍しく返事があったので、兵部卿宮が玉鬘の許を訪ねる。それは五月雨の晩のことだった。別の部屋から近くに寄ってきた光君が、薄い帷子(かたびら)に包んでおいたたくさんの蛍を放つ・・・。蛍の光に浮かび上がる玉鬘、そっとその様をのぞき見た宮はその美しさに目を奪われてしまう。光君の企み、成功。

宮はさっそく歌を詠み送るが、玉鬘の返歌はそっけない。この帖が蛍と名付けられているように、この夜の出来事は印象的。暗闇の中で蛍の光は玉鬘を妖しく浮き立たせたことだろう。その後も宮は恋文を送るけれど玉鬘の返事は相変わらずあっさりしたもの。

光君は他の女君のところにも出向いているが、その様は省略。

長雨が続く。**六条院の女君たちは絵や物語などのなぐさみごとで日々を暮らしている。**(90頁) 玉鬘も絵物語に夢中になっている。そんな中、光君は玉鬘の部屋を訪れて、物語とはどういうものなのか、その意義を説く。

少し長くなるが本文から引用する。**「だれそれの身の上だとしてありのままに書くことはないが、よいことも悪いことも、この世に生きる人の、見ているだけでは満足できず、聞くだけでもすませられないできごとの、後の世にも伝えたいあれこれを胸にしまっておけずに語りおいたのが、物語のはじまりだ。(後略)」**(92頁)これは紫式部が『源氏物語』執筆の動機を語った場面ともいえる、と思う。

引用文は次のように続く。**「(前略)内容に深い浅いの差はあれど、ただ単に作りものと言ってしまっては、物語の真実を無視したことになる。(後略)」**(92頁)。角田さんは同じ作家としてこのくだりを頷きながら訳したのではないか、と思う。

ここで話が飛ぶ。塩尻のえんぱーくで11月に作家の島田雅彦さんの講演が予定されている。手元のリーフレットによると、演題は「フィクションの方が現実的」となっている。この演題からして、上記に通じる内容ではないかと思われる。奇なる真実は小説(フィクション)の方がリアルに伝えられる、ということか。千年も前に、今にも通用する文学論を綴っていた紫式部、平安のこの才女はすごい。

源氏物語はこの先、どのように展開していくのだろう・・・。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋