透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

都市の構造を読み解く

2008-01-20 | A 読書日記



『江戸の大普請 徳川都市計画の詩学』タイモン・スクリーチ/講談社 読了。

江戸は京のコピーとして計画されたと著者は指摘する。長い歴史と文化を誇る京。ナンバー2に甘んじていた江戸は富士山、そう不二の山を都市計画に取り込むことによって新たな京としてのステータスを得たのだという。これはなるほど!な指摘。

京の三十三間堂を模したお堂が江戸にも造られたそうで、広重が描いた「深川三十三間堂」が載っている。この浮世絵は『謎解き広重「江戸百」』集英社ヴィジュアル新書にも、もちろん載っているが、そんな事情があったとは・・・。



『謎解き広重「江戸百」』に掲載されている「深川三十三間堂」

著者は日本美術史、江戸文化論を専門とするロンドン大学教授。広重の「名所江戸百景」などの浮世絵や江戸文学を注意深く読み解いて独自の江戸論を展開している。

富士山を江戸の都市計画に取り込んだという指摘・・・。建築家の槇文彦さんがかつて指摘していたことを思い出した。『見えがくれする都市』鹿島出版会(SD選書)は1980年に刊行されている。槇さんが事務所のスタッフと共に都市の構造を論じた名著だ。

**周囲の山は場所の位置関係を知るうえで重要なランドマークであり、なかでも富士や筑波は江戸名所図絵に見られるように、町の遠景に数多く描かれている。(中略)日本には古くから周囲の山を生けどって借景とする造園手法があった。(中略)こうした庭づくりの感覚が江戸市街地の町割にも生かされたのではないかと思う。**(若月幸敏)

「江戸の大普請」とは論考の「厚み」が違う。やはり遠い異国の歴史・文化を研究することには様々な点でハンディがあるのだろう。

『見えがくれする都市』 再読したい一冊。 

 昨日行なわれた大学入試センター試験の国語の問題文「住居空間の心身論/狩野敏次」にこの本からの引用があった。


 


「(仮称)市民交流センター」

2008-01-20 | A あれこれ


 市民交流センター(応募案)


市民交流センター(最終案)

(仮称)市民交流センターの実施設計が終ったと数日前に新聞が報じていた。模型が塩尻市役所向かいの総合文化センターのホールに展示されていることを知って、早速行ってみた。

この審査は一般公開された。当日私も会場でプレゼンテーションを聞いた(当日のブログにそのときの様子を書いた)。

伊東豊雄さんの事務所のOB、柳沢潤さんの当選案はPC版の薄い壁柱をランダムに配置して(但し向きは直行軸に沿っている)床を支え、構造的に成立させると同時に、その壁柱によって空間を構成するという案だった。このようなシステマチックな構成は審査員長だった山本理顕さんの好み、このことが当選につながったのだろう。

その後、基本設計の段階でワークショップが何回か開催されて、部屋の配置などが検討された。
当初案では、屋上に箱型の住戸がいくつも配置されていたが、プログラムの変更によって最終案では無くなっている。屋上の雰囲気がだいぶ変わった。

4つの大きな吹き抜けはこの計画案の空間的な魅力だったが、最終案でもきちんと残っている。設計者はこの空間には最後までこだわったのだろう。

プロポーザルの審査の際、図書館は無柱空間が望ましいという見解を図書館の専門家が述べていた。壁柱の数が当初案より減ってすっきりしているのはあるいはこの指摘を踏まえてのことかも知れない。

構造的にはPC版の壁柱と床との接合部をどのように処理するかがポイントだと私は応募案を見て思ったが、実施設計ではどのように扱ったのだろう。各階同じ位置に配置していることは模型を見てわかったが、構造的な詳細までは読み取れなかった。

施設の愛称を募集していたので、模型の前の投票箱に1案投じた。見学の機会がもしあれば是非参加したい。



 


繰り返しの美学 高山市の郊外にて

2008-01-19 | B 繰り返しの美学






 安房の長いトンネルを抜けると凍結道路だった。

今日、所用で高山まで出かけた。車を停めて路上観察したのがこの美しい繰り返し。飛騨高山の民家に見られる繰り返しの美学は既に何回も取り上げたが、しつこく繰り返す。

上の写真:持ち出し梁の下に付けられた力板に施された意匠。構造的にはこの力板は不要かもしれない。だが、職人の美意識がこの力板を必要としたのだろう。

下の写真:ごく最近完成した立派な住宅。伝統的な意匠が引き継がれている。持ち出し梁や垂木の小口を全て白く塗装している。等間隔に繰り返すということにこだわっていることが分かる。

出し桁を勝たせて梁の小口を隠すことも出来るが、それをしていない。窓台の受け梁も小口を出して白く塗っている。職人のこだわりに拍手!


「乳と卵」

2008-01-18 | A 読書日記
 アルコールな夜。

川上未映子さんの「わたくし率イン歯ー、または世界」は前回の芥川賞の候補作品となった。が、受賞を逃している。今回、川上さんは二作目の「乳と卵」でめでたく受賞した。 

前回の選評で黒井千次さんは**次作への期待を抱かせる力量を備えている。**と川上さんを評していた。

芥川賞の受賞作品が決まったというニュースを一昨日の夜かな、ラジオで聞いた。「チチトラン」というタイトルを聞いて「父と蘭? 乱? ラン?・・・」  チチが乳でランが卵だとは思わなかった。先日ブログに候補作品を書いたが、このタイトルのことをすっかり忘れていた。

今日の朝刊の「時の顔」というコーナーに川上さんとこの受賞作品のことが紹介されている。

東京で暮らす女性と彼女の姉、姉の娘つまり姪、女性三人の物語だという。姉は豊胸を望み、姪は思春期の入り口にいるという設定だそうだ。なるほど「乳と卵」というタイトルが分かるような気がする。そうタマゴではなくてランだから・・・。

前回の選評で石原さんは作品を表象する題名を付けよという意味のことを書いていた。このタイトル、石原さんの要求に応えたのかもしれない。

この作家も川上さんか・・・。

「江戸の大普請」

2008-01-17 | A 読書日記



■ 新聞の読書欄に取り上げられていた本『江戸の大普請』タイモン・スクリーチ/講談社。

徳川の治世を安定させるためには京のもつ聖地としての霊気(アウラ)を江戸に取り込む必要があって、さまざまな京の写しが試みられたが、しょせん二番手にすぎず、文化的独自性に欠けていた。そこで発想されたのが富士山の取り込みだという。富士は江戸の図像の一部になって、江戸を特別な存在に押し上げた。 書評でこのように紹介されていた。

富士山を意識して江戸の都市計画がなされたことは建築家の槇さんも指摘している。今でも東京に残る「富士見通り」はアイストップとして富士山を据えて通りの計画がなされたことを示している。

読んでみたい! この書評を読んでそう思った。早速購入した。今年既に『文学と私・戦後と私』江藤淳/新潮文庫と『欲望する脳』茂木健一郎/集英社新書を購入しているが、この本が最初に読了できそうだ。




繰り返しの美学 酒田の倉

2008-01-15 | B 繰り返しの美学


ある刊行物の表紙、この写真の説明文を引用する(適宜省略)。
**山形県の穀倉地帯・酒田市内を流れる新田川に面して並ぶ12の倉庫。米穀取引所の付属倉庫として1893年鶴岡市の棟梁・高橋兼吉の設計により建造。裏手の欅並木は夏の日除け、冬の風除けの役目を果たす。一棟の長さ13.6m、奥行き29.1m、述床面積396m。**

この表紙を見ていて思い出した。学生時代に酒田で倉の写真を撮っているはずだ(下の2枚の写真)。

この頃は特に「繰り返しの美学」などということを意識していたわけではない。
残念ながら上の写真のような説明が出来ない。当時はきちんと調べていないのだ。失格!!一体酒田まで何をしに行ったのか。でも繰り返しの美学な対象を撮っているからOKとしておくか・・・。



安曇野

2008-01-15 | A あれこれ



冬のフォトアルバム 080115

「安曇野」 臼井吉見が小説のタイトルにしてから安曇平は安曇野と呼ばれるようになった。松本平、善光寺平、佐久平などの呼称は今でも使われているが。
 
特徴的な三角の山容の常念岳やそこから北に連なるアルプスを背景に広がる田園地帯、安曇野。その範囲は明確ではないが、ここに写っているのは間違いなく全て安曇野。 

赤い屋根の目立つ建物が長野県立こども病院。県の景観条例に抵触しないんだろうかと思うことがあるが、どうなんだろう・・・。

この景観を特徴付けている屋敷林が減少しつつあるという。故郷(ふるさと)の原風景、安曇野。この景観がいつまでも損なわれること無く維持されていくことを切に願う。


地球をどげんかせんといかん

2008-01-14 | E 週末には映画を観よう



■ 二酸化炭素の人為的排出量は年間70億トン、一方吸収量は30億トン、排出量の半分にも満たない。 温暖化が地球に深刻な事態を招きつつある・・・。

今日、映画「アース」を観た。写真のパンフレットに写っているホッキョクグマやアフリカ像、ザトウクジラなど、過酷とさえいえる生命の営みを美しい映像で綴る。

過酷な条件のなかで水を求めて何百キロも移動するアフリカ像の群。熱帯の海から南極の海まで移動するザトウクジラの親子。氷が溶け出して移動がままならないホッキョククマ。獲物を得ることができずに餓死していくホッキョクグマの父親・・・。このままだとホッキョクグマは2030年までに絶滅するという。

地球温暖化の影響が深刻であることが指摘されて既に久しいが、生活パターンを特にこれといって変えるわけでもなく、日々暮らしている。地球温暖化解決を個人の課題だとは捉えにくい。

「地球をどげんかせんといかん」という気持ちにはなかなかなれない私がいる・・・。


 


ここはどこ?

2008-01-13 | A あれこれ



 中山道の中間地点、当然ありますよね。先日ここを通り掛かったので写真を撮りました。江戸と京都を結ぶ中山道。そのルートを思い浮かべてみて下さい。この中間地点はどの辺りだと思いますか? 記憶している日本地図って人によって少しずつ違っているでしょう・・・。距離感も違うはず。

ここは諏訪? 塩尻? 島崎藤村の出身地(現在は中津川市)の辺り?

この写真では読み取りにくいですが、この石碑の右側面には江戸へ六十七里二十八町(二六六粁米)、左側面には京へ六十七里二十八町(二六六粁米)と彫りこんであります。

ここから江戸、京都までは等距離で266km。私はもう少し距離があるような気がするのですが・・・。

ここは木曽町日義(旧木曽郡日義村)の道の駅です。最寄の宿場は宮ノ越。

藤村の出身地の辺りかなって思いませんでした? 私がイメージする日本地図はデフォルムされているようで長野以西が実際より長いようです。


30年前に撮った写真をネタにして

2008-01-11 | A あれこれ

 トイレットペーパーの芯を両手で持って、折ろうとしてもなかなか折れませんね。パイプ状のものが曲げようとする力に対して丈夫なことを私たちはこのような経験を通じて知っています。



上の写真はしばらく前にも取り上げた「大分県医師会館」(1959-60)。磯崎新さんのデビュー作ですが、楕円形の断面をしたコンクリートのチューブを空中に持ち上げています。このチューブが構造的に丈夫なのは先のトイレットペーパーの芯と全く同じ。



この2枚の写真は、1978年に撮ったものです。まさか30年後にこうして公開することになるなどとは夢にも思いませんでした。共に1960年代に設計された建築です。

せんだいメディアテークが山梨文化会館を透明にしたものであることは既に指摘しました。この写真によってそのことを直感的に理解してもらえると思います。

磯崎さんのデビュー作を90度回転させてチューブを垂直にしたのが「静岡新聞・静岡放送の東京支社」@新橋(写真左)。中空のシリンダー(チューブ)に2層、3層の四角いボックスを取り付けているのが分かります。残念ながらそのことを的確に捉えた写真ではありませんが。

そして、このユニットをいくつも繋げたのが「山梨文化会館」@甲府駅前(写真右)。これは磯崎さんが1960年頃構想していた、シリンダー状のジョイントコア(中空のシリンダー)相互をボックスで繋いでそこを空間とする空中都市構想を具現化したもの。

この建築が設計されたころには磯崎さんはもう独立していたはず。アイデアを置き土産にしたのでしょう。

このように磯崎さんは、「静岡新聞・静岡放送の東京支社」をいくつも繋ぐジョイント・コアシステムによる空中都市を構想し、黒川さんはこのボックスをプレファブ・ユニット化して工場であらかじめ造りいくつも取り付けるというシステムによって「中銀カプセルタワー」を設計した、と考えればふたりの構想の違いが際立って面白いと思います。

昔撮った写真で「中銀」はいいものがありませんでした。残念。


 


狐蓬庵 忘筌

2008-01-09 | A あれこれ



■ 新日曜美術館というテレビ番組で江戸初期に活躍した芸術家小堀遠州を取り上げていたことを先日ここに書いた。

建築と作庭、そして茶の湯に優れた才能を発揮した遠州。大徳寺 狐蓬庵 忘筌は遠州の代表作のひとつ。

縁側の先に中敷居を設けて上にだけ明かり障子を設けるという斬新な構成。そのことについても書いたが空間構成を文章で書くことは難しい。手元に写真がないか探したところ『京の茶室 名僧と語る茶の心』婦人画報社という本に載っていた(上の写真)。

残念ながら、この写真ではその空間的な魅力が充分伝わらないがアップしておく。庭を琵琶湖に見立てている、とのことだ。そしてこの庭、即ち琵琶湖の眺めは屋形船からの眺めのようだという指摘がこの本にある。なるほど。

この茶室は非公開だが、先のテレビ番組の司会をしている檀ふみさん番組の中でここでお茶を賞味したと語っていた。なんとも羨ましい。

今年は遠州の美の世界について勉強してみよう、なんて書いてしまっていいのかな。


芥川賞候補作の題名

2008-01-07 | A あれこれ

■ 今日の朝刊に第138回芥川、直木賞の候補作が決まった、という記事が載っていた。

「文藝春秋」の昨年の9月号に前回の選評と受賞作品、諏訪哲史さんの『アサッテの人』が掲載されている。選考委員の一人、石原慎太郎さんが「文学の、言葉の不毛」と題する厳しい選評を書いていたことを思い出した。以下にその一部を引用する。

**大体、作品の表題がいい加減で、内容を集約表現しているとも思えない。自分が苦労?して書いた作品を表象する題名も付けられぬ者にどんな文章が書けるものかと思わざるをえない。**

この後、石原さんは「わたくし率イン歯ー、または世界」などの候補作品の題名を挙げて次のように選評を結んでいる。

**いいかげんにしてもらいたい。**

今回の芥川賞の候補作のタイトルは「乳と卵」「切れた鎖」「空で歌う」「ワンちゃん」など前回に比べるとまとも?だ。作家も選考委員も前回の石原さんの手厳しい選評を意識したのかもしれない。今朝新聞を読んでそう思った。

さて、どの作品が選ばれるだろう。石原さんは、川上さんは、今回どんな選評を書くだろう・・・。楽しみだ。


美の達人 遠州

2008-01-06 | A あれこれ

 NHK教育テレビの「新日曜美術館」、今朝ようやく正月に相応しいテレビ番組を観ることができました。

今回、番組で取り上げられたのは江戸時代の初期に活躍した「美の達人・小堀遠州」。遠州といえば、京都の南禅寺方丈前庭を先日観てきたばかりです。

番組では建築家・遠州の作品として備中松山城、駿府城、名古屋城などを取り上げていましたが、印象的だったのは備中松山城でした。自然の地形を活かして既存の岩山の上に継ぎ足すように、石垣を組んで城を建てています。外観は直線的な格子窓が特徴的でモダン(?)な雰囲気を醸し出していました。

次に茶室、横浜の三渓園に移築された聴秋閣も斬新なデザイン。ちょっと装飾過多かなとも思いますが、いろいろなデザイン要素を破綻無くまとめる手腕はさすが、優れたデザイン力の持ち主だったことが分かります。

京都の大徳寺の狐蓬庵(一艘の粗末な舟という意味だそうですが)の書院式茶室忘筌にはにじり口が無く、広縁から入るように計画されています。広縁先には中鴨居が設けられ、上半分には明かり障子がはめ込まれています。

室内からは障子によって視界がかなり遮られ、開放されている下半分から手水鉢や燈篭を設えた庭園の手前の一部が切り取られて見えるという心憎い演出、遠州の美意識には驚かされます。

この茶室は非公開。もし公開!ということになったらぜひ観たい茶室です。そう日帰りでこの茶室だけを観に出かけてもいい。

番組では南禅寺の八窓席(実際には六窓だとか)も紹介されました。書院と茶室とが二枚襖で仕切られているだけという斬新な平面計画、縁側から入るようににじり口が設けられていますがこれもどうやら遠州オリジナル。

作庭家・遠州の作品としてまず取り上げられたのが岡山頼久寺の庭園。大きな波を表現しているという刈り込んだ庭木、整形された庭石(? 記憶が曖昧)。この庭にもモダンな雰囲気が漂っています。

遠州は他にも茶碗をつくり、茶会を自ら400回(確か番組では400回と紹介していました)も開き、和歌を詠み、書を楽しんだり・・・。

建築に限らず芸術作品は作者の知性と感性が統合されて生まれるものだと私は思っていますが、遠州はどちらにも優れていたんでしょう。

番組の司会をしている檀ふみさんは江戸時代のダ・ヴィンチと遠州を評していましたが、すごい芸術家がいたんですね。



■ 小堀遠州 テレビ画面を撮りました。
  (NHK教育テレビ 新日曜美術館)


この美の達人を追っかけてみるのもいいかもしれません。


システムとして考える

2008-01-06 | A 読書日記



 ロバストネス フラジリティ トレードオフ 

キーワードはこの3つのカタカナ言葉。それぞれ次のように説明されている。


ロバストネス システムが、いろいろな擾乱(じょうらん)に対してその機能を維持する能力

フラジリティ 脆弱性

トレードオフ 一方を増やすと、それ以外の以外の部分が減ってしまうような状況

飛行機、会社組織、生命現象・・・全てシステムという観点から捉えると次のようなことが指摘できるというのがこの本の結論だとまとめておく。

**結局、ロバストネスとフラジリティの関係というのは表裏一体で、どこかをロバストにすれば、必ずどこかにフラジリティが出てくるものなのです。このトレードオフは永遠に解決しません。** どこで折り合いをつけるかがポイントということだろう。

この本にはシステムの例として家族は出てこないが家族もシステム。システムの構成要素である中年オトウサンが夜の街でオネエサンに誘惑される、これはシステム外からの擾乱。ここでこのシステムのロバストネスが試される。この先の展開は・・・、省略。

アルコールなブログでもないのにくだらないことを書いてしまったが、システムの具体例(ジャンボジェット機やルイ・ヴィトン、吉野家、癌など)を取り上げてロバストネスという概念を分かりやすく説明している。興味深い本、おすすめ。

ロバストネスという言葉はこの本を読むまで知らなかった。既知のホメオスタシスという言葉とどう違うのか、この本には説明がある。ロバストネスは機能の保持、ホメオスタシスは状態の保持だという。機能と状態、なんとなく分かるような、分からないような・・・。

年末年始の本 予定通り4冊読了。


 


京都 番外編(改稿)

2008-01-05 | B 繰り返しの美学

 東寺の五重塔はまだまだ上方に繰り返している?


上方への繰り返し、敢えて相輪の部分をカットしてしまうと何層の繰り返しなのか分からないから繰り返し感が増す(画面をタイトルが隠れるまで移動してみて下さい)。下の写真と比較するとよく分かる。上の写真の場合、脳が勝手にまだまだ上方に向かって屋根が繰り返しているとイメージしてしまうからだろう。もちろん既知の情報として5層だということがインプットされているからそれ程でもないと思うが。五重塔を知らない小さな子供で試して見たいが、周りにはもう小さな子供はいない・・・。

下の写真の場合には屋根の上の相輪まで写っているからそのようなことは起こらない。塔の完結を脳が一瞬にして認知してしまうからだろう

脳はこのように得られた情報を都合よく補ってしまうものらしい。事実を常に正しく認知しているとは限らない。2枚の写真を比較してみるとそのことが確認できる(なんちゃってネ)。



ところで観光地などに出掛けると、「あ、ここガイドブックに載ってた!」と紹介されているスポットで記念写真(そこを訪れたという証拠写真?)を撮ってお終いというケースが実は多いのではないか。

写真を撮ったことに満足してしまって自分の目で観察するということをしないのだ。今回の「京都日帰り行」がまさにその通りだった。時間に追われてじっくり観察することができなかった。反省。「繰り返しの美学を巡る」とテーマを決めて出かけたのは正解だったとは思うが。

別のテーマをもって出かければ全く違うフォトログになるだろう・・・。

下の写真を入れ替えた。昨日アップした写真では何を撮りたかったのか分からないと反省。で、トリミング。デジカメは便利だ。



 路上観察@哲学の道

蔵の壁に穿たれた窓、梅の花をモチーフにしたと思われる。丸窓は珍しいと思うが、この窓は昔からのものだろうか・・・、分からない。 路上観察失格!



■ みやげ物屋さん@銀閣寺付近

お正月らしい色彩、思わずカメラを構えてしまった。



 帰りの新幹線 のぞみ34号 動いているものを撮るのは苦手だが、これはタイミングがよかった、と自己満足。これがかわせみのくちばしをヒントにデザインされたという500系車両。

以上で「新春京都日帰り行」の記録 オシマイ。