(吉池家)
上野国中居村(現・長野県嬬恋村)出身の中居屋重兵衛は、横浜が開港されると上田藩産物会所が集荷した生糸を一手に商い、幕末を代表する大商人となった。重兵衛を支えた大番頭中居屋重右衛門(本名松田玄冲)は、元飯沼村の医師であった。松田玄冲は、火薬の研究に従事しており、その縁で中居重兵衛との交流が生まれたのかもしれない。
重右衛門(松田玄冲)の出身地である飯沼は生糸生産で栄えた街である。今も養蚕農家の重厚な家屋が並んでいる。
吉池家
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