加藤秀俊著「メディアの展開」(中央公論新社)を、
パラパラとひらいたところから読むことに(笑)。
なめらかな語り口のなかに、
たとえば、こんな興味深い箇所が
さりげなく出てくる。
「じつのところ『本屋』という商売じたいが
企画、整版、出版、卸し、小売り、貸本、
新古書購入、交換、そしてときには執筆、
画工、といった『本つくり』とその周辺の
あらゆる商売をふくむもので、しかもこの
『業界』のなかでの兼業もめずらしくはなかった
ようなのである。それは本の市場とその周辺で
生計を立てる『ブローカー』といってもよい。
近代初期から日本では、そのブローカーのことを
『せどり』といった。もともと、このことばは
接岸不能の大型船舶から積み荷を小舟に移して
差益を稼ぐ『瀬取り』からはじまったものらしいが、
書物をめぐる業界では『背どり』と宛て字をする。
狭義には古書売買での利ざや稼ぎだが、
書物をあちこちに転売したり、貸したものを売ったり、
要するに本を移動させて手間賃を稼ぐ商売のことをさす。
それだけではない。多くの作家はこの『せどり』を
兼業しながら、あるいは『せどり』でいささかの資金を
つくってから創作活動にはいった。たとえば、
広重は貸本屋の紹介で歌川豊広門下にはいることができた。
北斎は板木屋をしながら貸本屋をいとなんでいた。
河竹黙阿弥も貸本屋の手代をつとめたことがあったし、
西沢一風や為永春水も貸本屋。
そればかりか、明治になってもたとえば田山花袋などは
その幼少期を貸本屋、というより『せどり』の見習い
小僧としてすごした。かれがさいしょに奉公したのは
有隣堂(現在の同名書店とは関係なし)という出版社。
失業士族がつくった農業関係の出版社。
しかし、ここは出版だけでなく『主人から命じられ
書付乃至帳面を一々見せてきいて』本屋をあるいた。
つまり書物探索係である。注文された本があれば
それをお得意に配達する。『車を曳いたり、あるいは
本を山のように背負ったりして取引先やお得意の家を
廻って歩いた』と花袋はその自叙伝『東京の三十年』
にしるしているのである。
ところで貸本の世界のなかでとくに注目すべきことは
書物と遊里とのかかわりである。さきほどみたように、
貸本屋のお得意のなかでは婦人読者を無視することが
できなかった。・・・・
落語『品川心中』で板頭(いたがしら)をつとめる
遊女お染が心中の相手としてえらんだのは貸本屋の
金蔵(きんぞう)であった。相手が職人でも、大店の
番頭でもなく、貸本屋という設定がなんともいえない
おかしさを演出してくれる。貸本屋というのはちょっと
表現しにくい職業イメージだが、遊女たちの日常の
出費のなかにも、小間物や按摩代とならんで貸本屋への
支払いというのがあったというから貸本屋と遊女の関係
には微妙なものがあったのだろう。書物によって
新知識を身につけるのも歌や踊りとならんで『芸』の
ひとつだった、といってもよい。」(p291~294)
う~ん。加藤秀俊氏のこの新刊を、読み齧ったばかり。
読み終るのが、もったいない一冊。
語り口に淀みがなく、さらりと読み過ごしてしまいそう(笑)。
印象深い引用本を検索しながら、よちよち読ませて頂きます。
パラパラとひらいたところから読むことに(笑)。
なめらかな語り口のなかに、
たとえば、こんな興味深い箇所が
さりげなく出てくる。
「じつのところ『本屋』という商売じたいが
企画、整版、出版、卸し、小売り、貸本、
新古書購入、交換、そしてときには執筆、
画工、といった『本つくり』とその周辺の
あらゆる商売をふくむもので、しかもこの
『業界』のなかでの兼業もめずらしくはなかった
ようなのである。それは本の市場とその周辺で
生計を立てる『ブローカー』といってもよい。
近代初期から日本では、そのブローカーのことを
『せどり』といった。もともと、このことばは
接岸不能の大型船舶から積み荷を小舟に移して
差益を稼ぐ『瀬取り』からはじまったものらしいが、
書物をめぐる業界では『背どり』と宛て字をする。
狭義には古書売買での利ざや稼ぎだが、
書物をあちこちに転売したり、貸したものを売ったり、
要するに本を移動させて手間賃を稼ぐ商売のことをさす。
それだけではない。多くの作家はこの『せどり』を
兼業しながら、あるいは『せどり』でいささかの資金を
つくってから創作活動にはいった。たとえば、
広重は貸本屋の紹介で歌川豊広門下にはいることができた。
北斎は板木屋をしながら貸本屋をいとなんでいた。
河竹黙阿弥も貸本屋の手代をつとめたことがあったし、
西沢一風や為永春水も貸本屋。
そればかりか、明治になってもたとえば田山花袋などは
その幼少期を貸本屋、というより『せどり』の見習い
小僧としてすごした。かれがさいしょに奉公したのは
有隣堂(現在の同名書店とは関係なし)という出版社。
失業士族がつくった農業関係の出版社。
しかし、ここは出版だけでなく『主人から命じられ
書付乃至帳面を一々見せてきいて』本屋をあるいた。
つまり書物探索係である。注文された本があれば
それをお得意に配達する。『車を曳いたり、あるいは
本を山のように背負ったりして取引先やお得意の家を
廻って歩いた』と花袋はその自叙伝『東京の三十年』
にしるしているのである。
ところで貸本の世界のなかでとくに注目すべきことは
書物と遊里とのかかわりである。さきほどみたように、
貸本屋のお得意のなかでは婦人読者を無視することが
できなかった。・・・・
落語『品川心中』で板頭(いたがしら)をつとめる
遊女お染が心中の相手としてえらんだのは貸本屋の
金蔵(きんぞう)であった。相手が職人でも、大店の
番頭でもなく、貸本屋という設定がなんともいえない
おかしさを演出してくれる。貸本屋というのはちょっと
表現しにくい職業イメージだが、遊女たちの日常の
出費のなかにも、小間物や按摩代とならんで貸本屋への
支払いというのがあったというから貸本屋と遊女の関係
には微妙なものがあったのだろう。書物によって
新知識を身につけるのも歌や踊りとならんで『芸』の
ひとつだった、といってもよい。」(p291~294)
う~ん。加藤秀俊氏のこの新刊を、読み齧ったばかり。
読み終るのが、もったいない一冊。
語り口に淀みがなく、さらりと読み過ごしてしまいそう(笑)。
印象深い引用本を検索しながら、よちよち読ませて頂きます。
当ブログで、「メディアの展開」を
取りあげてゆく楽しみ(笑)。
飽きっぽい私は、どこまで続くか
わかりませんが、引用されている
安い古本は、まず注文して手元に。
今届くのを楽しみにしてる古本が
「伝家宝典明治節用大全」。