映画「霧の旗」は1965年(昭和40年)の松竹映画
松本清張の原作「霧の旗」を名脚本家橋本忍がシナリオとし、当時34歳の山田洋次監督がメガホンを取るミステリー映画である。その後「男はつらいよ」などで長期にわたってコンビを組む倍賞千恵子が主人公を演じる。山田洋次は助監督から監督に昇進したあとに喜劇作品を主に撮っていた。後年にわたっても珍しいミステリー作品である。「下町の太陽」でもコンビを組んだ倍賞千恵子もまだ若い。しかし、ここでの倍賞千恵子は我々が知る彼女のイメージよりも強い女を演じる。
映画の存在は知っていたが、「男はつらいよ」の50作目が今週公開するのにあたってはじめてDVDを手にとる。原作はもちろん未読、全くの先入観なしに見てみた。これがまたよくできている。テンポがよくおもしろい!話の展開に吸い寄せられ、まったく飽きない。自分がまだ子供だったころの東京の懐かしい風景がでてきて、まさに適役といえる滝沢修と新珠三千代がいい仕事をする。
熊本に住む柳田桐子(倍賞千恵子)が夜行列車を乗り継ぎ上京する。高利貸しの老婆を殺した容疑で逮捕された兄柳田正夫(露口茂)の弁護を依頼するため、大塚欽三(滝沢修)の弁護士事務所を訪ねた。しかし有名弁護士である大塚事務所の弁護料は概算で80万円、桐子にはそんな多額の金はない。兄は絶対無実であるからなんとか弁護してほしいと大塚弁護士に懇願するが、結局断られる。町の公衆電話で繰り返し懇願する桐子を見た雑誌社の記者阿部(近藤洋介)が声をかける。桐子から事情を聴き問題にしようとしたがそのままとなった。結局兄は死刑判決を受けた後獄死した。
一年後、大塚欽三は柳田桐子から結局兄は死んでしまったとはがきを受領する。大塚弁護士ははがきには反応しなかったが、何となく胸騒ぎがする。事件のことが気になり熊本から事件の裁判記録を取り寄せる。自分なりに事件を追っていき、資料と証言その他を読み込むと自分が弁護を引き受けても無罪にはできなかったと感じる。
心のもやもやが消えて大塚欽三は愛人のレストランオーナー河野径子(新珠三千代)と会食をする。そのとき隣で食事をしている人の仕草をみながら殺人事件に関わるあることに気づくのである。一方で桐子は上京して銀座のバーに勤めていた。そこで雑誌社の阿部に再会、バーのママの弟(川津祐介)も絡んだおかしな事件に桐子は巻き込まれていくのである。
映画が始まり上熊本駅に立つ倍賞千恵子を映す。列車を乗り継ぎ博多や八幡製鉄所、瀬戸の町並みなどを映し東京に向かう情景は、野村芳太郎監督「張り込み」や後の山田洋次監督「家族」の冒頭を思わせる。そのあと理不尽な依頼を滝沢修演じる弁護士に申し立てる。先入観なく見ていきながら、こんな依頼を受諾するのかな?と感じていくと当然受けない。東京の街をあてなくさまよう倍賞千恵子には同情の気持ちは起きない。
1.弁護依頼
桐子は熊本からわざわざ上京して、何で大塚弁護士に絞って依頼しに来たんだろう。そのあたりは何も語られない。ただ、有名弁護士であるというだけだ。弁護料は高いのは当たり前。弁護士事務所の職員が弁護費用はざっと80万円だという。昭和40年の80万円って今だったらどのくらいになるんだろう。昭和40年の日経平均株価の年間平均が1200円、現在が24000円なので、ざっと20倍。こういう計算が適切なのかわからないが、80×20なら1600万円になる。それは小娘が持っている金ではなかろう。
映画の中で、大塚弁護士が海外貿易に関する訴訟の依頼を受けているシーンが出る。刑事罰で依頼するとなると弁護といっても畑違いじゃないかと思う。そう考えるとますます桐子の行動はピント外れだ。
最終的に桐子に恨まれる格好にはなるが、世間一般の常識で言えば、この弁護士の行動はまったく理不尽でない。でもこの女は映画の最終に向け徹底的に弁護士に対する恨みを見せる。この映画はミステリーであると同時に悪女映画といえるのではなかろうか。
2.殺人容疑
裁きを受ける露口茂演じる兄は修学旅行のために生徒から回収したお金を落としてしまったという間抜けな教師である。誰にもいえず、高利貸しの老婆のところへお金を借りにいく。でも返せる見込みはない。老婆の督促はきびしい。返済時期を延ばしてもらおうと老婆の自宅に行くと殺されていた。ただ、この兄貴もうかつである。借入証を持ち帰るのだ。しかも、取り調べのきびしさに思わず自白もしてしまっている。
その後「太陽にほえろ」で名刑事を演じた露口茂もここでは情けない役だ。
兄が殺しをやるわけないと妹は無罪を勝ち取ろうとする。国選弁護人はまったく活躍しない。
大塚欽三弁護士は裁判記録を取り寄せる。記録を読んでこの裁判を勝ち取るのは無理だと思ったところで、あるきっかけでこの殺しは左利きしかできない犯罪ということに気づく。兄は左利きなのか、右利きなのか?でもそのときには兄は亡くなっている。どうしようもないのだ。
3.滝沢修と新珠三千代
適役というのはまさに2人のことである。自分がはじめて滝沢修を知ったのはこの映画が公開された翌年のNHK大河ドラマ尾上菊之助(現菊五郎)主演「源義経」である。前年の「太閤記」に引き続き圧倒的な人気であった。低学年の小学生だった自分も食い入るように見て歴史好きになった。そこで義経を助ける正義の味方東北の武将藤原秀衡を演じていた。それ以来、いつも老練な演技にうなった。ここでみせる弁護士先生の貫禄はさすがである。このときの滝沢とほぼ同年齢となった自分にはこの貫禄はない。
新珠三千代もぴったりの役である。東宝社長シリーズで社長の森繁久弥がぞっこんになる料理屋のママ役、同じ松本清張原作映画「黒い画集 寒流」で演じた料亭の女将など30年代後半からこういう役を次から次へと演じている。でも殺人犯にさせられてしまうのは他では見ていない。これが起点となり翌年成瀬巳喜男監督「女の中にいる他人」での悪女と言うべき主婦役を演じられたのかもしれない。自分の無実を嘆願する姿はその後大人気だったTV「細うで繁盛記」の加代を思わせる。
いろんな場面で犯罪のシーンや法廷シーンを再現映像にしてに交互映し出していく。
このあたりの編集は巧みである。テンポよく映像が流れているので見やすい。想像以上によかった。
松本清張の原作「霧の旗」を名脚本家橋本忍がシナリオとし、当時34歳の山田洋次監督がメガホンを取るミステリー映画である。その後「男はつらいよ」などで長期にわたってコンビを組む倍賞千恵子が主人公を演じる。山田洋次は助監督から監督に昇進したあとに喜劇作品を主に撮っていた。後年にわたっても珍しいミステリー作品である。「下町の太陽」でもコンビを組んだ倍賞千恵子もまだ若い。しかし、ここでの倍賞千恵子は我々が知る彼女のイメージよりも強い女を演じる。
映画の存在は知っていたが、「男はつらいよ」の50作目が今週公開するのにあたってはじめてDVDを手にとる。原作はもちろん未読、全くの先入観なしに見てみた。これがまたよくできている。テンポがよくおもしろい!話の展開に吸い寄せられ、まったく飽きない。自分がまだ子供だったころの東京の懐かしい風景がでてきて、まさに適役といえる滝沢修と新珠三千代がいい仕事をする。
熊本に住む柳田桐子(倍賞千恵子)が夜行列車を乗り継ぎ上京する。高利貸しの老婆を殺した容疑で逮捕された兄柳田正夫(露口茂)の弁護を依頼するため、大塚欽三(滝沢修)の弁護士事務所を訪ねた。しかし有名弁護士である大塚事務所の弁護料は概算で80万円、桐子にはそんな多額の金はない。兄は絶対無実であるからなんとか弁護してほしいと大塚弁護士に懇願するが、結局断られる。町の公衆電話で繰り返し懇願する桐子を見た雑誌社の記者阿部(近藤洋介)が声をかける。桐子から事情を聴き問題にしようとしたがそのままとなった。結局兄は死刑判決を受けた後獄死した。
一年後、大塚欽三は柳田桐子から結局兄は死んでしまったとはがきを受領する。大塚弁護士ははがきには反応しなかったが、何となく胸騒ぎがする。事件のことが気になり熊本から事件の裁判記録を取り寄せる。自分なりに事件を追っていき、資料と証言その他を読み込むと自分が弁護を引き受けても無罪にはできなかったと感じる。
心のもやもやが消えて大塚欽三は愛人のレストランオーナー河野径子(新珠三千代)と会食をする。そのとき隣で食事をしている人の仕草をみながら殺人事件に関わるあることに気づくのである。一方で桐子は上京して銀座のバーに勤めていた。そこで雑誌社の阿部に再会、バーのママの弟(川津祐介)も絡んだおかしな事件に桐子は巻き込まれていくのである。
映画が始まり上熊本駅に立つ倍賞千恵子を映す。列車を乗り継ぎ博多や八幡製鉄所、瀬戸の町並みなどを映し東京に向かう情景は、野村芳太郎監督「張り込み」や後の山田洋次監督「家族」の冒頭を思わせる。そのあと理不尽な依頼を滝沢修演じる弁護士に申し立てる。先入観なく見ていきながら、こんな依頼を受諾するのかな?と感じていくと当然受けない。東京の街をあてなくさまよう倍賞千恵子には同情の気持ちは起きない。
1.弁護依頼
桐子は熊本からわざわざ上京して、何で大塚弁護士に絞って依頼しに来たんだろう。そのあたりは何も語られない。ただ、有名弁護士であるというだけだ。弁護料は高いのは当たり前。弁護士事務所の職員が弁護費用はざっと80万円だという。昭和40年の80万円って今だったらどのくらいになるんだろう。昭和40年の日経平均株価の年間平均が1200円、現在が24000円なので、ざっと20倍。こういう計算が適切なのかわからないが、80×20なら1600万円になる。それは小娘が持っている金ではなかろう。
映画の中で、大塚弁護士が海外貿易に関する訴訟の依頼を受けているシーンが出る。刑事罰で依頼するとなると弁護といっても畑違いじゃないかと思う。そう考えるとますます桐子の行動はピント外れだ。
最終的に桐子に恨まれる格好にはなるが、世間一般の常識で言えば、この弁護士の行動はまったく理不尽でない。でもこの女は映画の最終に向け徹底的に弁護士に対する恨みを見せる。この映画はミステリーであると同時に悪女映画といえるのではなかろうか。
2.殺人容疑
裁きを受ける露口茂演じる兄は修学旅行のために生徒から回収したお金を落としてしまったという間抜けな教師である。誰にもいえず、高利貸しの老婆のところへお金を借りにいく。でも返せる見込みはない。老婆の督促はきびしい。返済時期を延ばしてもらおうと老婆の自宅に行くと殺されていた。ただ、この兄貴もうかつである。借入証を持ち帰るのだ。しかも、取り調べのきびしさに思わず自白もしてしまっている。
その後「太陽にほえろ」で名刑事を演じた露口茂もここでは情けない役だ。
兄が殺しをやるわけないと妹は無罪を勝ち取ろうとする。国選弁護人はまったく活躍しない。
大塚欽三弁護士は裁判記録を取り寄せる。記録を読んでこの裁判を勝ち取るのは無理だと思ったところで、あるきっかけでこの殺しは左利きしかできない犯罪ということに気づく。兄は左利きなのか、右利きなのか?でもそのときには兄は亡くなっている。どうしようもないのだ。
3.滝沢修と新珠三千代
適役というのはまさに2人のことである。自分がはじめて滝沢修を知ったのはこの映画が公開された翌年のNHK大河ドラマ尾上菊之助(現菊五郎)主演「源義経」である。前年の「太閤記」に引き続き圧倒的な人気であった。低学年の小学生だった自分も食い入るように見て歴史好きになった。そこで義経を助ける正義の味方東北の武将藤原秀衡を演じていた。それ以来、いつも老練な演技にうなった。ここでみせる弁護士先生の貫禄はさすがである。このときの滝沢とほぼ同年齢となった自分にはこの貫禄はない。
新珠三千代もぴったりの役である。東宝社長シリーズで社長の森繁久弥がぞっこんになる料理屋のママ役、同じ松本清張原作映画「黒い画集 寒流」で演じた料亭の女将など30年代後半からこういう役を次から次へと演じている。でも殺人犯にさせられてしまうのは他では見ていない。これが起点となり翌年成瀬巳喜男監督「女の中にいる他人」での悪女と言うべき主婦役を演じられたのかもしれない。自分の無実を嘆願する姿はその後大人気だったTV「細うで繁盛記」の加代を思わせる。
いろんな場面で犯罪のシーンや法廷シーンを再現映像にしてに交互映し出していく。
このあたりの編集は巧みである。テンポよく映像が流れているので見やすい。想像以上によかった。