アメリカで始められたFace Book というネット組織の会員は世界中に広がり、巨大な国際交流の場になっています。
私も会員になっていて毎日、自分のブログと同じ内容の記事と写真を掲載しています。
人それぞれの国々によって政治的な意見や宗教に対する考え方は大変違うのが普通です。
それにもかかわらず、私の書く政治記事や宗教関連の記事に対して攻撃的なコメントを貰ったことがありません。悪意に満ちたコメントを貰ったことがありません。
それどころか台湾の人々、中国や韓国の人々から毎日のように丁寧な挨拶文や楽しい絵が送られて来ます。
この善意と友情は何処からくるのでしょうか?
元来、Face Bookの会員になる人は国境を越えた善意の人が多いのです。国際的な友情の交換で世界の平和を守ろうと無意識の意図があるのかも知れません。
この善意にこたえるものを私は何一つ持っていません。
しかしこの際、明記したいことがあります。
それは日本が軍国主義だった明治維新(1867年)から1945年迄の間に中国を占領し、朝鮮を合併した事実は絶対に間違っていたと認めざるを得ません。
それは日本が招いた大きな悲劇です。
独自の言語と文化を持っていた朝鮮を無理やり合併し日本語の使用を強要したのです。
中国では孫文たちが清朝を倒し近代国家を作りました。その打倒した清朝の最後の皇帝、宣統帝(溥儀)を日本軍が担ぎ出し、満州国を作ったのです。
これでは中国や朝鮮の人々が怒るのは当たり前です。
広く世界の歴史を眺めてもこのような武力による悪い対外政策は他にあまり例がありません。この歴史を日本は静かに受け入れて、中国や韓国との友好関係を強いものにした方が良いと私は信じています。
それと台湾の人々に対する深い感謝の念を忘れるべきではありません。
日本、台湾、中国、韓国の友好はその共通の文化的基盤だけを考えれば容易に達成できます。
共通の文化的基盤を書き出せば長々しい記事になってしまいます。
そこで日本、台湾、中国、韓国の人々が共通に感動し、欧米人に対して誇りに思う北京の頤和園だけをご紹介しませ。こんなに規模壮大で夢幻的に美しい離宮は世界中探しても他にありません。清朝の末期に女帝、西太后が作った北京の郊外の離宮です。
1番目の写真は北京郊外の平地を掘り、大きな池を作り、掘り出した土で作った小山の写真です。小山の上には池とその先の緑の農村を見渡す楼閣が出来ています。その風景は杭州の西湖を模しているそうです。
2番目の写真は頤和園で私が一番感動した長い長い回廊の写真です。入り口の門から始まっています。左に碧い水を湛えた湖を見ながら楼閣の麓まで700m位えんえんと続いているのです。
回廊の天井や柱には竜宮城を連想させるような絵が描いてあります。
この回廊を歩いていると桃源郷とはこのような所なのだと思うのです。
このような感動は夜にロウソクの灯が揺れるベルサイユ宮殿の鏡の間を訪ねた時以来の身の震えるような感動でした。
3番目の写真は同じく回廊の内部の写真です。
この回廊は1981年後に3度行きました。家内も一緒に行きました。
いつも案内してくれたのは北京鋼鉄学院の周栄章教授でした。時には北京家鴨で五星ビールを共に飲んだ間柄でした。
もう10年ほど前に旅立ってしまいました。彼は本当に中国の大人でした。穏やかな風貌が懐かしいです。
さてこのように日本、台湾、中国、韓国の人々が共通に感動し、欧米人に対して誇りに思う文化遺産は中国だけでなく韓国や台湾にも沢山あります。
そのような文化遺産のことを考えれば日本、台湾、中国、韓国の人々の友好関係は間単に増進できます。少なくても私はそのように確信しています。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
私も会員になっていて毎日、自分のブログと同じ内容の記事と写真を掲載しています。
人それぞれの国々によって政治的な意見や宗教に対する考え方は大変違うのが普通です。
それにもかかわらず、私の書く政治記事や宗教関連の記事に対して攻撃的なコメントを貰ったことがありません。悪意に満ちたコメントを貰ったことがありません。
それどころか台湾の人々、中国や韓国の人々から毎日のように丁寧な挨拶文や楽しい絵が送られて来ます。
この善意と友情は何処からくるのでしょうか?
元来、Face Bookの会員になる人は国境を越えた善意の人が多いのです。国際的な友情の交換で世界の平和を守ろうと無意識の意図があるのかも知れません。
この善意にこたえるものを私は何一つ持っていません。
しかしこの際、明記したいことがあります。
それは日本が軍国主義だった明治維新(1867年)から1945年迄の間に中国を占領し、朝鮮を合併した事実は絶対に間違っていたと認めざるを得ません。
それは日本が招いた大きな悲劇です。
独自の言語と文化を持っていた朝鮮を無理やり合併し日本語の使用を強要したのです。
中国では孫文たちが清朝を倒し近代国家を作りました。その打倒した清朝の最後の皇帝、宣統帝(溥儀)を日本軍が担ぎ出し、満州国を作ったのです。
これでは中国や朝鮮の人々が怒るのは当たり前です。
広く世界の歴史を眺めてもこのような武力による悪い対外政策は他にあまり例がありません。この歴史を日本は静かに受け入れて、中国や韓国との友好関係を強いものにした方が良いと私は信じています。
それと台湾の人々に対する深い感謝の念を忘れるべきではありません。
日本、台湾、中国、韓国の友好はその共通の文化的基盤だけを考えれば容易に達成できます。
共通の文化的基盤を書き出せば長々しい記事になってしまいます。
そこで日本、台湾、中国、韓国の人々が共通に感動し、欧米人に対して誇りに思う北京の頤和園だけをご紹介しませ。こんなに規模壮大で夢幻的に美しい離宮は世界中探しても他にありません。清朝の末期に女帝、西太后が作った北京の郊外の離宮です。
1番目の写真は北京郊外の平地を掘り、大きな池を作り、掘り出した土で作った小山の写真です。小山の上には池とその先の緑の農村を見渡す楼閣が出来ています。その風景は杭州の西湖を模しているそうです。
2番目の写真は頤和園で私が一番感動した長い長い回廊の写真です。入り口の門から始まっています。左に碧い水を湛えた湖を見ながら楼閣の麓まで700m位えんえんと続いているのです。
回廊の天井や柱には竜宮城を連想させるような絵が描いてあります。
この回廊を歩いていると桃源郷とはこのような所なのだと思うのです。
このような感動は夜にロウソクの灯が揺れるベルサイユ宮殿の鏡の間を訪ねた時以来の身の震えるような感動でした。
3番目の写真は同じく回廊の内部の写真です。
この回廊は1981年後に3度行きました。家内も一緒に行きました。
いつも案内してくれたのは北京鋼鉄学院の周栄章教授でした。時には北京家鴨で五星ビールを共に飲んだ間柄でした。
もう10年ほど前に旅立ってしまいました。彼は本当に中国の大人でした。穏やかな風貌が懐かしいです。
さてこのように日本、台湾、中国、韓国の人々が共通に感動し、欧米人に対して誇りに思う文化遺産は中国だけでなく韓国や台湾にも沢山あります。
そのような文化遺産のことを考えれば日本、台湾、中国、韓国の人々の友好関係は間単に増進できます。少なくても私はそのように確信しています。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)