後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

美しいクリスマスの風景写真と聖歌をお送りします

2019年12月08日 | 写真
12月1日から始まった待降節もはや20日も過ぎクリスマスも迫ってきました。
そこで今日は日本やカナダ、アメリカ、フランスの美しいクリスマス風景の写真をお送りします。
写真の出典はすべて、http://www.moshtravel.com/christmas-around-the-world/ です。

1番目の写真はきらびやかな街明かりに浮かぶ大浦天主堂です。長崎は神戸・函館と並ぶ日本三大夜景のひとつです。

2番目の写真は五島列島の中通島にある桐教会です。カラン、カランと鐘の音が響き、清らかな歌声が聖堂を包み込んでいます。

3番目の写真はカナダ東部にある都市ケベックでのクリスマス風景です。店の前にクリスマスツリーも並べられ、クリスマスの雰囲気満載です。

4番目の写真はニューヨークのタイムズスクエアです。かなり雪が降っていますが、世界一華やかな交差点だけあって、独特の雰囲気があります。

5番目の写真はフランスのパリです。
パリの通りでは木に設置された青いイルミネーションがずっと続いています。

長崎と五島列島の写真の出典は、https://www.sankei.com/photo/photojournal/news/161222/jnl1612220001-n1.html です。
カナダ、アメリカ、フランスの写真の出典はすべて、http://www.moshtravel.com/christmas-around-the-world/ です。

そしてクリスマスが近づいて来たので聖歌のYouTubeもお送りします。
カトリックの教会で毎週、日曜日に歌っている聖歌も混じっています。
URLをクリックしてお楽しみ下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=5Zw33qcJ12Y&list=PLKFzvc3KMkE03vHmFzeDTR22dCevw9yaV

https://www.youtube.com/watch?v=wzCCUZRoo2Y&list=PLKFzvc3KMkE03vHmFzeDTR22dCevw9yaV&index=2

https://www.youtube.com/watch?v=9MDGOjzjj3k&index=3&list=PLKFzvc3KMkE03vHmFzeDTR22dCevw9yaV

https://www.youtube.com/watch?v=m8JP7fSwljo

https://www.youtube.com/watch?v=7IYCfI6FRmU

日本にも各地に美しいイルミネーションが華やかに輝いています。このクリスマスの季節は心が浮き浮きします。皆様も楽しくこの季節をお過ごし下さい。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

「中村哲さんの棺の先頭を担ぐガニ大統領の写真」

2019年12月08日 | 写真
今朝一枚の写真で私の胸が強く打たれました。 
中村哲さんの棺の先頭を担ぐガニ大統領の写真です。棺を日本に帰る飛行機に積もうとして担いでいるのです。
12月4日の中村さんの死亡以来私の心の中に鎮魂の鐘の音が悲しく鳴り響いていました。
今朝この写真を見てほんの少しいやされました。中村さんの愛がアフガニスタンの人々に届いていたのです。貧し人々の心を打っていたのです。
その中村さんは前から反政府武装勢力の一つから命を狙われていたことを知っていたのです。中村さんは微塵もたじろがず貧しい農民を救う用水路建設を続行していたのです。自分の命をかけて貧しい人々に寄り添い助けようとしていたのです。
西日本新聞の下記の記事をご覧下さい。
・・・日本の外務省が中村さんに対し、危険が迫っているとして注意を呼び掛けていたことが12月7日分かった。地元当局は約1年前から危険情報をつかみ、事件直前に中村さんに襲撃計画の情報を伝えていた。中村さんも警戒態勢を強めていたものの、犯行グループが用意周到に襲撃を実行した可能性が高まっている。
 複数の政府関係者によると、外務省は直接、中村さんに対して危険が迫っている旨の情報を伝えていたという。外務省幹部は「中村さんとは接触して『危ないです』と伝えていた。(事件に遭ったのは)非常に残念だ」と話した。
 一方、事件が起きたナンガルハル州の当局者は、約1年前に情報機関から中村さんの身に危険が迫っているとの情報が州当局に伝えられ、内務省がボディーガードを派遣して護衛に当たらせていたという。同州のメヤヘイル知事は、情報機関からは約1カ月前にも注意喚起があり、事件前日の3日に中村さん本人に襲撃の恐れがあると伝えた、としている。
 中村さんは4日、同州ジャララバードで、車で移動中に武装した男らに襲われた。銃撃した武装集団は6、7人で、車2台を使ったとの情報があり、地元警察が当時の状況を調べている。(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/566300/)・・・
そして中村哲さんの棺がカブール空港でガニ大統領に担がれ日本へ向かう飛行機に乗せられたのです。その様子を伝える下記の読売新聞の記事をご覧下さい。
・・・アフガニスタン東部で殺害された民間活動団体(NGO)「ペシャワール会」現地代表で医師の中村哲さん(73)の遺体は7日、妻の尚子さん(66)と長女・秋子さん(39)らとともに、アフガンから帰国の途についた。
 出国に先立ち、アフガン政府が首都カブールの空港で見送りのセレモニーを開いた。アフガン国旗に覆われた中村さんのひつぎをガニ大統領が先頭に立って担ぎ、飛行機に向けて運んだ。ガニ氏はあいさつで、井戸や農業用水路の整備に取り組み復興に尽力した功績をたたえ、「全てのアフガン人は、彼をアフガンの勇敢な男として記憶する」と述べた。
 尚子さんらは6日、大統領府でガニ氏と面会した。秋子さんは「(父に)良くしていただいて、ありがとうございました」と述べ、アフガンの人々へ謝意を示したという。
 ペシャワール会によると、中村さんの遺体は9日に出身地・福岡に着き、11日に告別式が行われる。(【テヘラン=水野翔太】https://www.msn.com/ja-jp/news/world/中村さんの遺体、アフガンから帰国の途に…大統領もひつぎ担ぐ/ar-BBXTl2B )・・・
中村さんのペシャワール会とは次のような団体です。
ペシャワール会は、パキスタンでの医療活動に取り組んでいた医師の中村哲を支援するために1983年に結成された非政府組織です。現在はパキスタン北西辺境州および国境を接するアフガニスタン北東部で活動しています。
中村は当初、主にハンセン病の治療に取り組んでいたが、2000年の大干ばつ時の赤痢患者急増をきっかけに、清潔な飲料水の確保にも取り組むようになったのです。
また、自給自足が可能な農村の回復を目指し、農業事業にも取り組んでいました。
2001年の米軍によるアフガニスタン空爆の際には「アフガンいのちの基金」を設立、アフガニスタン国内避難民への緊急食糧配給を実施します。
日本の人々から募金が寄せられ、2002年2月までに15万人の難民に配給を行いました。
後にこの基金をもとにした総合的農村復興事業「緑の大地計画」が実施されることとなります。
2008年8月26日、ジャラーラーバード近郊を自動車で移動していたペシャワール会の日本人スタッフ・伊藤和也(当時31)さんが武装集団に拉致されその後、遺体が発見された。
直後にターリバーンのムジャヒド広報官が、ターリバーンによる男性の拉致と殺害を認め、「このNGOが住民の役に立っていたことは知っている。だが、住民に西洋文化を植え付けようとするスパイだ」「すべての外国人がアフガンを出るまで殺し続ける」「日本のように部隊を駐留していない国の援助団体でも、われわれは殺害する」との声明を発表したのです。
このペシャワール会は次のような賞を受賞しているのです。
2003年 - マグサイサイ賞・平和国際理解部門受賞。
2004年 - イーハトーブ賞受賞(宮沢賢治学会主催)
それにしても悲しい事です。嗚呼。

それはそれとして、今日は中村哲さんのご冥福を心からお祈りします。 後藤和弘