アメリカのポピュラー・ソングの作者とその作品が俯瞰できる、たいへん興味深く、読んで面白い本です。著者は、『本書は、わたくしとアメリカン・ポピュラー・ソングとの生涯にわたるロマンスの物語である。』と記して、歌の生成プロセスとできた歌の魅力について書いています。
【著者について】
著者のウィリアムス・ジンサ—は、1922年ニューヨーク生まれで、ニューヨーク・ヘラルド・トリビューンの演劇・映画担当記者、論説委員を経て、フリーのジャーナリストとして活躍し多くの著作があります。また、自らもジャズ・ピアノの演奏や作詞・作曲も手がけます。
ジンサ—は、子供のころから、また、長じては記者として、同時代のミュージカルの舞台や映画を見て、その様子や感動を綴っています。これがこの本の大きな特色になっています。
例えば、リチャード・ロジャースがみずから作詞も手がけたミュージカル「ノー・ストリングス」の実験公演を観に行ったときのことについて、『飾りけのないシンプルな曲が続くなかで、「スウィーテスト・サウンズ(甘き調べ)」が流れてきたとき、思わず座席から身を乗り出してしまった。いったいどうしたら、これほど美しいメロディーがかけるのだろうか。そのときわたしは、初期のころよりも若々しい、新たなリチャード・ロジャースを発見したのだった。』と感動を綴っています。
【歌詞の重要性】
1920年代から60年代まで、年代を追って作曲家、作詞家を取り上げて、彼らが作った歌について注釈や感想を述べていますが、ジンサ—は、特に歌詞の重要性を説いています。例えば、『歌はまず、歌詞の内容で聴き手の心をとらえるからだ。歌を聴く人は、歌詞のなかの共感できるストーリーや、歌詞を乗せるメロディーの、聴き覚えのある流れに心を動かされる。』と記しています。
また、アイラ・ガーシュイン、E・Y・ハーバーグ、ジョニー・マーサー、サミー・カーン、ベティ・コムデンとアドフル・グリーン、スティーヴン・ソンドハイムといった作詞家に焦点を当てて多くのページを割いているところからも歌詞を重視していることがわかります。
僕は英語の歌詞がほとんど聞き取れないので、レコードやCDを聴くときに、どうしてもメロディー重視で歌を聴いてしまいますが、スタンダードについては、楽譜などで歌詞を確認しながら聴くくせをつけるなど、工夫しようという気になりました。
「スティーヴン・ソンドハイム そしてレナード・バーンスタイン」という章に挿入された写真。作曲のバーンスタインの方に重きをおくのではないかと思ったのですが、ジンサ—は逆です。
【優れた歌とは】
ポピュラー・ソングの解剖学と題して、三つの重要な要素を著者は挙げています。その三つとは、ヴァース、コーラス、そして歌詞です。「But Not For Me」、「I Get A Kick Out Of You」、「Embraceable You」、「Long Ago And Far Away」、「Moon River」、「Just In Time」などを例にとり、優れた歌がどうできているのか音楽的な分析も含めて、わかりやすく書いています。
この章に限らず、英語の歌詞が多数掲載され、その日本語訳が添えられています。題名だけを挙げた歌もたくさんあります。それらを読むと、頭の中でメロディーが自然と流れ始めて、これが実に楽しく、どんどんとページを繰っていけます。もちろん、知らない歌がたいへん多く、著者の深遠な知識に圧倒されます。
【楽譜や写真】
著書の両親や著者自身が集めた楽譜の表紙や作曲家や作詞家の写真が掲載され、本文の理解を深めるのに役立つと同時に、その時代の雰囲気を味わうことができます。貴重なものが多くあり、これも本書の大きな特徴です。
「Body and Soul」の楽譜の表紙。
【丁寧な翻訳】
関根光宏氏訳による本書(国書刊行会刊)は、歌のタイトルを日本語に訳してタイトルの意味がとれるようにしている点をはじめとした、丁寧な翻訳や、詳しい索引など、出版(2014年10月25日発行)するに当たって、かなりの労力を用いている点にも感心しました。
読み応えのある優れた本です。