団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

★レンホウ追い詰められるか

2018年05月15日 | 反日売国奴左翼・在日

  今、ネットで騒がれているレンホウの国籍問題。どうせ、腰の引けた自民党が放置するのだろうととりあげませんでしたが、今日の【虎ノ門ニュース】で、百田さんが面白い情報を語ってくれて、俄に面白くなりそうです。

  何と、そのレンホウの記事に関わっていたのが有本香さんなんだそうです。17日の【虎ノ門ニュース】が楽しみです。
  こういうので、レンホウの首を採ることは出来ないのでしょうか。どうせ反日売国左翼・在日マスメディアが報道しない自由を行使するでしょうから、やはり難しいのでしょうね。腹が立ちます。



  それにしても、こんなのが代表をしていたのを許していた日本はおかしすぎますね。やはり、腰の引けた政府・自民党はおかしいでしょう。 


★★出したら潰され 与党の売国奴に

2018年05月15日 | 反日売国奴左翼・在日

  青山さんが、さらりと自民党内部の反日勢力が如何に日本の足を引っ張っているかを語ってくれています。

  北海道の中国による侵略も、これだけネットでも騒がれているのに、何故、政府・自民党が動かないのかと不思議でしたが、何のことはない潰されていたんですね。
  まさか、ここまで酷いとは思っていませんでしたが、余りにも甘かったようです。

  自民党内部に巣食う既得権益者の勢力は想像を絶するものがありそうです。野党の酷さも目に余りますが、問題の本質はやはり、与党内部にありそうです。自民党と公明党の中で蠢く売国奴こそが日本の敵ということのようです。

  青山さん、又、命を狙われるのじゃないでしょうか。それにしても、青山さんの覚悟に集う「焼鳥の会」の国士への期待が高まります。皆さん命懸けで戦ってくれています。
  それを支えるのは、目覚めた国民です。


 pic.twitter.com/L3tqBV1b1H

  それにしても、内部で蠢く既得権益者の退治が急がれます。これも結局は選んでいる国民の責任です。「いい加減に目を覚まさんかい!日本人!」


香川の恥玉木を参考人招致に

2018年05月15日 | 香川の恥

  香川の恥玉木は、加計の質問に良く出れますね。国民をバカにしているのか、それとも100万円貰ったことは忘れているのでしょうか。その恥知らず振りは、普通の人間には信じられないものがあります。
  それとも、本当に心臓に毛が生えているのでしょうか。いずれにしても、あの恥知らず振りは飛び抜けていますね。

  維新の浦野氏は、玉木や福山を忘れたのでしょうか。やはり、足立さんに辻元と一緒に呼んで貰いましょう。

 pic.twitter.com/1NCIhkAt9A


  中村愛媛県知事は、やはり、お仲間のようです。
 

pic.twitter.com/rGO9CmeLUV

  それにしても、何時までやるのでしょう。玉木は安倍さんが総理でいる限りやるそうです。その前に、お前が居なくなるだろう。


★「外国航空会社に中国の政治的立場を強要」米が厳重抗議

2018年05月15日 | 中国

  中韓に恫喝されたら、直ぐに謝って訂正する、自国の歴史の知識や愛着のない素晴らしい日本企業を、3月11日、第6734回の「京セラ、中国地図で謝罪」や、4月19日、第132回の「さすが、中韓の下僕ユニクロ」などで、取り上げました。

  勿論悪いのは、そんな理不尽を押し付けてくる中韓ですが、台湾にも、当然のごとく、4月28日、第1029回の「WHO総会、今年も台湾に招待状なし?」でも取り上げた嫌がらせをやって来ています。
  
  中国が、懲りもせず、又、おかしかことを言い出したようです。ところが、アメリカがすかさず厳重講義をしたようです。
  日本政府は、今度も遺憾の意でも表明するのでしょうか。もう好い加減に覚悟を決めることは出来ないのでしょうか。

   NHKより   5月6日

  「外 国航空会社に中国の政治的立場を強要」米が厳重抗議

 アメリカのホワイトハウスは、中国政府がアメリカなど外国の航空会社に対し、自社のホームページ上で、台湾などを国家のように 扱わないよう要求しているとして、外国企業の経済活動にまで中国の立場を押しつける行きすぎた統制だと厳重に抗議しました。

 ホワイトハウスのサンダース報道官は5日、声明を発表し、中国の民用航空局が先月25日、アメリカを含む36の外国の航空会社 に対し、自社のホームページ上に、台湾や香港、それに、マカオを表示する際は、中国共産党の基準に従うよう要求する書簡を送って きたことを明らかにしました。声明では基準がどのようなものか言及していませんが、台湾などを「不可分の領土」とする中国の主張 に従うことを求めているものと見られます。

 これについて、サンダース報道官は「アメリカの市民や企業に、中国共産党の政治的な立場を押しつけるものであり、行き過ぎた統 制でばかげたことだ」と指摘したうえで、アメリカの航空会社や市民への脅迫や強要をやめるよう中国に求めるとして、厳重に抗議し ています。

 中国政府は、このところ、外国の企業がホームページで台湾などを国家のように扱っているとして修正や謝罪を求めるなど、外国企 業が経済活動を進めていくうえで中国の政治的な立場に従うよう求める動きを強めていて、懸念が広がっています。

 これも、習王朝の世界へのアピールと言うことでしょうか。何とも大人気無いと思うのですが、ここにこそ習の世界を征服するという意志が表れているのでしょうか。
 いずれにしても、アメリカ以外は沈黙を保のでしょうか。その前に、儲けが一番の企業が唯々諾々と従うのじゃないでしょうか。

  何と言っても、一番従順なのが日本政府と日本企業でありそうなのが情けないですね。好い加減に、卓袱台反しで撤退するくらいの根性を見せて欲しいものです。


★シラスとウシハクは、日韓の差

2018年05月15日 | 国体・皇室・シラス

  お恥ずかしいですが、ネットをやる前は全く知らなかった日本の歴史。特に、ねずさんに教えて貰ったシラスとウシハクには驚きました。そのお陰で、日本に何故天皇陛下が存在されるのかを心の底から納得出来ました。
  それだけに、まだそれを知らない反日売国左翼・在日の人達が気の毒に思えます。やはり、教育は恐ろしい。

  それだけに、今の劣化した日本には存在しないのじゃないかと思いながらも、そのシラスとウシハクの違いを何時もの「産経抄」で納得させられました。やはり、昔の日本は凄かったようです。

  産経ニュースより   2018.5.8

 【産経抄】

 東京・駒場の屋敷は、英国風の洋館だった。4万3千平方メートルの敷地には、ゴルフや野球ができる芝生のほか、テニスコートのある洋式庭園や日本庭園も造られた。馬場には4頭の馬がいた。

 ▼加賀百万石16代当主にして侯爵だった前田利為(としなり)氏の長女、酒井美意子(みいこ)さんが、少女時代に暮らしていた。136人の使用人のほとんどが石川県や富山県の出身者、つまり先祖代々、前田家に仕えてきた人たちである。

 ▼父親は何度も、酒井さんら子供たちに言い聞かせた。「使用人達はわが家の宝なのだ」「思いやりといたわりを失ってはいけない」「だが、使用人にナメられるな。バカにされるような態度振る舞いをするな」(『ある華族の昭和史』)。

 ▼韓国の大韓航空を中核とする財閥「韓進(ハンジン)グループ」の趙亮鎬(チョヤンホ)会長一家の暮らしぶりも、さぞ豪勢なことだろう。ただ前田家に比べて、従業員に接する心得が家族に伝わっていなかったようだ。長女が4年前、乗務員のナッツの出し方に激怒して飛行機の離陸を遅らせ、有罪判決が確定した事件は、記憶に新しい。

 ▼次女もまた会議中に水の入ったコップを投げつけたとして、警察の取り調べを受けた。さらに「ナッツ姫」「水かけ姫」姉妹の母にも、暴行疑惑が持ち上がった。メディアが公開した映像では、会長の妻とみられる人物が、系列ホテルの工事現場で関係者を小突いたり書類をばらまいたりしている。

 ▼戦後、駒場の屋敷は進駐軍に接収され、酒井さんたちは華族の称号を失った。生活の激変に戸惑いながらも、酒井さんは「マナー評論家」などの肩書を得て、数々の著作を残した。韓国財閥の姫たちにも、まだまだ名誉挽回のチャンスは残されている。さすがにマナー評論家は無理にしても。

  素晴らしいですね。「使用人達はわが家の宝なのだ」「思いやりといたわりを失ってはいけない」に、シラスの心が込められています。やはり殿様はウシハクじゃなかったようです。

 尤も、「だが、使用人にナメられるな。」には、少し抵抗を感じますが、その矜持は絶対に必要でしょう。と言って、ナメられると付け上がり統率もできなくなるでしょうからある程度は、仕方ないのかも。それでも、甘いかも知れないが、「ナメられるな」より「尊敬されろ」暗いにして欲しかった。

  それにしても、韓国は見事なウシハクの国ですね。シラスなんて欠けらも存在しないのでしょう。まさに、両班の世界です。未だに、この考えが抜けないのでしょう。
  尤も、今の日本も同じ程度まで堕落しているのかも。それとも、まだ、そこまでは落ちていないと信じたい。
  いずれにしても、やはり、未来永劫付き合ってはいけない国です。一日も早く、国庫断絶に踏み切って貰いたいものです。


★京城はなぜ100万都市に 「泥濘」から発展した日本人街

2018年05月15日 | 韓国

  産経の【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】は、日本の韓国統治時代の信実を教えてっくれるので楽しみにしています。何と言っても、知らないことばかりなのですから。
  これを、韓国語で教えてあげたいものです。信じないでしょうね。

  今回は、ソウルが何故発展したかを詳しく書いてくれています。ここでも、日本人の勤勉さが良く表れています。
  ニセ慰安婦問題なんてなかったのも良く分かります。それにしても、先人の忍耐力には恐れ入ります。やはり、現代人とは人種が違うように見えてしまいます。

  産経ニュースより    2018.5.6

 【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(17)京城はなぜ100万都市に 「泥濘」から発展した日本人街

 韓国の首都ソウルは人口約1千万人、政治・経済の中心、文化・情報の先端。今やアジアのみならず世界の主要都市のひとつだ。こ の街は、14世紀末以来、李朝の都(漢城)として500年。日本統治時代(1910~45年)は「京城(けいじょう)」と呼ば れ、近代的な都市として発展し、人口(京城府)は終戦前ですでに100万人を超えていた。

 京城帝国大教授として、約15年間暮らした哲学者の安倍能成(よししげ)(1883~1966年、後に旧制一高校長、文相、学 習院院長)は、この美しくもきらびやかな都を描いたエッセーをたくさん残している。

 「京城とアテーネ」(昭和3年)には、こうあった。《初めて京城に来た時(とき)私はすぐに何処(どこ)やら希臘(ギリシャ) のアテーネに似て居(い)るな、と思った…(朝鮮)神宮の前から漢江を見おろした景色は、私には、アクロポリスの上から(略)海 を望んだ記憶を呼び起こす…》

 安倍が京城に赴任したのは日韓併合から15年以上が過ぎた大正15(1926)年のことだ。もしも、安倍が「前近代的」な因習 や伝統を城壁の中に、そのまま閉じ込めたような李朝末期や大韓帝国時代のこの街に来ていたら、果たしてどう感じただろうか?

 日韓併合前の明治38(1905)年、ジャーナリストで後に貴族院議員を務めた加藤政之助(まさのすけ)がこの街を綴(つ づ)った一文がある。《大通だけは比較的に清潔なりき、ただし市街の裏通りに至りては道幅8、9尺(2メートル半前後)、車馬通 せざる所もあり、下水及(およ)び塵芥(じんかい)の腐敗により起こる臭気鼻を衝(つ)いてきたり…城内の見るべき建築物は、景 福及び昌徳の二宮、日本の兵営、列国公使館位(くらい)に過ぎず》(『韓国経営』から)

 京城の電気や水道、市内電車を初期に手掛けた欧米人から事業を引き継ぎ、数度の都市計画を経てインフラ(社会資本)を整備し、 モダンな大都市に変身させたのは日本人だった。

 朝鮮人が敬遠した土地

 19世紀末、日本人がこの街に住み始めたとき、最初の居留地となったのが、南山北麓の「泥●(やまへんに見)(チンコゲ)」と 呼ばれた所だ。文字通りの低湿地で雨が降れば南山から水が流入し、泥濘(ぬかるみ)になってしまう。朝鮮人もあまり住んでいない 地域だった。

 この土地を日本人はせっせと改良して道路をつくり、住宅や商店、公的機関を建てた。そこを起点に本町(後の忠武路(チュンム ノ))、明治町(明洞(ミョンドン))といった繁華街が広がり、市内を横断する清渓川の南側は日本人、北側は朝鮮人の街として色 分けされてゆく。

 再び加藤の筆に頼ろう。《(日本人居留地の)家屋は西洋作もあり日本風の二階屋もあり、店は広く小奇麗(ぎれい)に往来繁(し げ)く…日本人の移住する者年毎(ごと)に増加し…明治38年4月の人口は6296人なり…》(同)

  日本人街には、三越、丁子屋(ちょうじや)、三中井(みなかい)といった百貨店が進出、ホテルやレストラン、カフェ、映画館 が次々と開業した。モダンガー ル・ボーイと呼ばれた、おしゃれな若者たちが押し寄せ、中心の繁華街・本町で遊ぶことを、東京や大阪の“銀(座)ブラ”“心 (斎橋)ブラ”になぞらえて 「本ブラ」と呼んだ。

 父親が朝鮮総督府の建築技師などを務めた正木千代子(91)は、昭和2年京城生まれ、高等女学校を卒業した後は、京 城の中心地にあった水産会社に就職している。「本町は内地にも負けない賑(にぎ)やかな繁華街でね。三越、丁子屋などの百貨 店にも、よく買い物に行きまし た。休日はレコードを聴いたり、昌慶苑の桜見物も覚えている。(終戦までは)物資は豊かだったし、空襲もない。ホントにいい 街でしたよ」

 清渓川北側の朝鮮人の居住地にも、朝鮮人経営による和信百貨店ができたが、鐘路を中心とした伝統的な商店などは次第に廃 れてゆく。朝鮮人の若者たちも、流行の先端で、小ぎれいな日本人街に足を向けるようになったからだ。

 日韓併合直後に25万人前後だった京城府の人口は市域の拡張もあって倍々ゲームで膨れ上がり、総督府の昭和17年末統計 では約111万4千人(朝鮮人約94万1千人、日本人約16万7千人)の大都市に成長する。朝鮮全体の増加率は2倍強だった から、京城への集中がよく分かる。

 日朝の近代化の差はどこにあったのだろうか。ひとつは儒教の「受容度の違い」だった気がしてならない。李朝500年間に どっぷりつかった朝鮮では、儒学の勉強に勤(いそ)しみ、科挙(官吏登用試験)に合格した者が最上位であり、武人や医者・技 術者など実学に携わる者は低く見られ、労働や商行為は蔑まれた。

 京城の商業の中心が鐘路から本町へ移っていったことを、姜在彦は「ソウル」の中でこう書いている。《長い間の町人文化の中 で鍛え抜かれた日本人商人との競争で敗北した…》と。

 ただし、私は李朝の王宮(景福宮)正面を遮るように西洋式の朝鮮総督府を建てたり、各地に神社を設けたりしたのはやりすぎだったと思う。90歳に近い朝鮮の古老は「日本統治で朝鮮人が最も拒否感をもったのは、神社参拝と宮城遥拝(ようはい)だっ た」と打ち明けている。

 楽しげな娼妓の思い出

 京城のもうひとつの日本人街は、南山の南に形成されていった「龍山」だ。日本陸軍の朝鮮軍司令部が置かれ、軍関係者が多い。

 龍山で祖父母が洋品店を経営していた齊藤雄一(86)には興味深いエピソードがある。その店に買い物にやってきた朝鮮人娼妓た ちとの思い出だ。京城最大の遊郭は本町東端の新町にあったが、龍山にも小さな花街があり、そこの娼妓がよく店に来ていた。

 「20代くらいで洋装の朝鮮人女性たちが楽しそうに買い物をしていた。(戦時下で)衣料切符が必要だったのに、(慰安婦とし て)戦地へ行く人には特配があったらしい。まだ(旧制)中学の1年生だった私に『僕ちゃんも早く兵隊さんになりなさいよ』って、 笑いながら、からかわれたことを覚えていますよ」

 なるほど、韓国が主張する“強制連行されたいたいけな少女”などとは随分、イメージが違う。=敬称略(文化部編集委員 喜多由 浩)

  興味深いのは、「ただし、私は李朝の王宮(景福宮)正面を遮るように西洋式の朝鮮総督府を建てたり、各地に神社を設けたりしたのはやりすぎだったと思う。90歳に近い朝鮮の古老は「日本統治で朝鮮人が最も拒否感をもったのは、神社参拝と宮城遥拝(ようはい)だっ た」と打ち明けている。」です。

  これこそが、台湾の人達と全く違うところでしょう。台湾では、今でも神社や古い日本時代の建物を大事にしてくれているし、神社にはお世話になった個人を祀るものまであるのですから。

  やはり、同じことをしても、これだけ違うのですから朝鮮とは絶対に付き合ってはいけないという証拠でしょう。
  一日も早く、特亜3国とは国交断絶をし、台湾とは国交を結びましょう。それこそが日本が進むべき道です。


李克強来日 どうなる日中関係

2018年05月15日 | 中国

  昨日の売国奴福田の相変わらずの中国寄りの発言にはがっかりしますが、この期に及んで財界にも同じようなのが沢山いるのでしょうね。
  好い加減に目を覚まして中国から撤退してもらいたいのですが、そんな気配は無いのでしょうか。

  それどころか、政府自体が中国の思惑通りに近づこうとしているのが不思議で仕方ありません。やはり北の問題解決の為の匍匐前進なのでしょうか。

  福島・有本コンビの【Front Japan 桜】で、福島さんがそのあたりを詳しく語ってくれています。
  アメリカは、やはり本気のようですが、日本政府はそれに逆らって中国に近づいたりしていたらアメリカから反撃を受けるのじゃないでしょうか。


  折角アメリカが中国を本気で叩き潰そうとしている時に、それに乗って一緒に潰しにかかるべきべきでしょう。それこそが世界の為です。何故、逆の動きをするのでしょうか。
  何か深い考えでもあるのでしょうか。

そうは思えない!