母左目の白内障の手術を終え帰る。良く見えるようになったという。鏡は見ない方が良いと思うよ、といっておいたが。シワの数を数えていたら、よく寝られるだろう。 昨日の小津の表紙の背景は、小津映画にも登場する聖路加病院である。母はここで生まれており、撮影している私のすぐ後ろの小学校を卒業している。アメリカが建てた病院なので、この辺りは爆撃しないとビラがまかれ助かっている。この表紙を見ながら話しをしていて、ここは死んだ人が運び出される側で、小学生時代よく見た、と必ずいう。そういう余計なことをいうんじゃない。現在の聖路加で画になるのはここしかないのである。 小津を作るために小津映画を片っ端から観てハマってしまったが、高校生の時、銀座の並木座で『東京物語』を観て、イライラして耐えられずに途中で出て来た。窓から手を伸ばせば隣の家を触ってしまうような葛飾からわざわざ銀座まで出て来て、全員が気を使い合っているような映画なんか観てられるか、ということだったろう。
アートスケープ 展評『深川の人形作家 石塚公昭の世界』
HP