昨日某運送会社のドライバーとギターの話などしたこともあり、ようやく気分が元に戻りつつある。雨降るこんな日には、全方向的に方向音程の私は、これから暑くなるのだったか寒くなるのだったか、一瞬だけ考えたりする。 それにしても、実在した人物を新たに作らないと決めて気分は楽である。正直いって作る前に、これは間違いなく上手く出来るな、と思ったことは一度もない。ひたすら完成を祈るだけであった。そうやってなんとか完成まで持ってきた、だから今度も、ということだけを作ることを支えに、ただひたすら時間をかけるだけであった。ノウハウもなく、祈るだけだったというのは比喩でも何でもない。首さえ出来たら、後は楽しいことが待っている。最近は写真作品在りきであり、写真作品としてのイメージが湧かなければ作ることはなかった。そして最後まで年に六体が限度であった。であるから頭部が既にある人物については、一番苦しく、時間のかかる部分がクリアしているので、むしろ楽しみはここから、ともいえる訳であり、ついもう作らない、というつもりになってそういってしまうが、そういう人物については作るのは止めない。 寒山拾得については、まず寒山から作り始める。拾得とどこが違うのかといわれても判らないが、とりあえずは。いや二人とは別に、豊干から始めるべきかもしれない。書きながら今そんな気がした。まあ、このようにブログを書いていても考えが行き当たりばったり変わるのだからどうなることやらさっぱりである。こんな調子で良い、という気だけはする。
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