明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



雪舟の写しである『慧可断臂図』を壁に掛ける。顔が下手くそだが、まあ枯れ木も山の賑わいである。断臂とは腕を切断することをいう。参考にはならないが、こんな物に囲まれていれば、背中を押してくれる。 1回目の三島由紀夫へのオマージュ展に向け、226事件に関する人物の書が集まった。当の青年将校の物など入手は出来ないが、皇道派の陸軍関係者の書で、A級戦犯になったり、処刑された人物も含まれている。直筆の書というのは、この歴史的事件が本当にあった事だと思わせてくれるには、活字を読むのとは違う説得力があり、少しでも決起した若者達にシンパシーを感じていた三島の気持ちを、と考えたが、効き目があり過ぎたか、もうちよっとで、笑いながら処刑されたという北 一輝を作るところであった 。 誰と話し合う訳でもなく、一人集中して制作していると、あらぬ方向に走りがちである。そんな時、制作中の首をポケットに入れ、30年以上通った近所の煮込み屋の女将さんの顔を観に行き、常連と馬鹿話をして、ハッと我にかえる、なんて一度や二度ではなかった.。この女将さんと共にその店も消滅し、コロナ禍で常連と顔を合わせる機会も少ない。ガマ仙人や一休禅師、達磨大師を作っている今の私は、我に返る機会を逸して暴走している状態ではあるまいか?書きながらフト思ったのであった。


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