明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



先日、検査で慢性膵炎の疑いが晴れた日のブログで、チーズケーキを食べながら、これは暮れから正月、何か面白い物でも作らないと間尺に合わない、と考えたのが資料など必要としないキャラクター達磨大師である。歴史上の人物は、こういう人であった、といわれているなら、可能な限り実像に迫りたいが、こだわるほど頭部の制作自体は楽しいことはない。 面壁坐禅中の達磨大師の表情を描くために『慧可断臂図』(えかだんぴず)で雪舟は真横を向かせた。そこで私は、次の刹那、達磨大師に弟子入りするため、自ら左腕を切断した慧可の思いに気づいて振り返った達磨大師を作ったが、あれ以上に、私ならではの達磨大師は思い付かず断念していた。昇龍図を断念したのも同じ理由による。そこでより実在感のある達磨大師はどうだろう?臨済宗の開祖を作ってしまったのなら禅宗の開祖も。



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