明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



数ある人像、ヒトガタ表現の中で、禅宗の頂相彫刻が究極の物だ、とつい最近思い至った。迫真のリアリズム表現など西洋彫刻、人形、フィギュアなどいくらでもあるが、私が何故そう思うのか、までは理解していなかった。それが間をおかずして、そこまで至ったのなら、いっそのこと、とばかりにクリスマスに目にした一文〝頂相は形の上で表せるようなものではなく無相である“ これこそが、数ある人像表現との違いを端的に表していることだけは一目で判った。策はすでにある。恐ろしく時間を要するものの、筋書きがあるかのように、導かれていくことが体験済みの〝考えるな感じろ“である。 蘭渓道隆の斜め45度を向いた国宝の肖像画はもっとも実像に近いと考えている。それを立体化し、正面向かせ、さらに人間大に拡大すれば、没後七百数十年。誰も正面から相対したことのない蘭渓道隆と対せるのではないか?これが最新の、考えずに感じた結果であり、まずはそれで良いのだ。



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