一週間前のクリスマスに、今後に影響する大きな命題となるであろう、人像表現の極意と思える〝頂相は形の上で表せるようなものではなく無相である“ という一文を得た。この中にお宝が入っていることは判るが、私の力では蓋を開けることは容易ではない。何しろ人物を形の上で表そうと40年である。考えるな感じろで行く他に策はない。 これもつい先日知ったが〝 心外無物“すべての現象は、それを認識する人間の心の現れであり、心とは別に存在するものではないということ。だそうだが、私の創作の原点は、幼い頃思った、頭に浮かんだ物はどこへ行ってしまうのか、確かに在るのに。それを取り出し可視化して、やっぱり在った。と確認することである。その過程において長い間〝人間も草木同様自然物。肝心な物はあらかじめ備わっており、外側にレンズを向けず眉間に当てる念写が理想“といっていた。そう考えると、行き当たりばったりと思っていたのは私だけで、現在のモチーフに至ることは決まっていたのだ、と改めて思う大晦日である。