な~んでこんなに和むんかね、この生き物は!
まったりとしていて、それでいて眼光は警戒を怠らずうんぬんと・・・、 あれれ? これではまるで、どこぞのグルメ大家が味を表現するに使う、究極のバカ表現みたいだな~
笑
でも、現実的に相対する物を並べて、やれハーモニーがどうとか調和がどうとか話されると、とさも分かっているように思わされてしまうという事は有るよね。
例えるならマグロの大トロや極上ビーフなんかもそう、単に腹部分の生臭い皮下脂肪を食べさせられているだけなのに、口の中でジュ!っと溶けるとか何とかいう表現で、
いや僕も食べなくはないですが、正直中トロまでがいいところで、大トロになると美味いとは正直思わない。 ←味音痴だろ?あんた
一番味が素直に出るのは赤身の脂肪の少ない部分であり、そこにはそのマグロが何を食べてきたか? 冷凍物かそうでないか? 鮮度はどうだろうか?と、そんな要素でいくらでも味は変わるし、様々な凝縮されたファクターが楽しめる。
その微妙な味の違いを楽しむから美味いのであって、 よって脂肪の固まりをおいしさの基準点に等、一度もしたことはない。
もっとも、僕が普通に口にできる食べ物はその経済力に見合った物でしかなく、その範囲の中で自分が楽しめれば十分すぎるほどで、明日の糧すらろくにない諸外国やこの国の経済的弱者を思うなら、どれだけ自分は恵まれているのだとしか思わない・・・・
なんでもそうだけど、今ある世界と現実に十分な幸せと感謝を感じられない人間は、不幸だ。
なぜなら幸福とは小さな満足の積み重ねの結果であって、その小さな満足を全身で感じとろうともせずに、刺激の強い物に目を奪われるは、自分の人生、それその物を粗末にしているという事なのだから。
と、さも偉そうに書いてみました! たまにはいいよね!
http://www.at-s.com/news/detail/872138724.html