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現在上映中スパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』(BlacKkKlansman)。この映画のエンドロールでPrinceが1983年に残したピアノの弾き語りによる未発表音源集Piano & a Microphone 1983に収録されている“Mary, Don't You Weep”が流れる。
プリンスは微妙に歌詞を変えて歌っているが、オリジナルの歌詞は基本的に以下の繰り返しになる。
Oh Mary don't you weep no more,
Oh Mary don't you weep no more,
Pharoh's army got drowned,
Oh Mary don't you weep.
これは実は南北戦争以前、19世紀から歌われている黒人霊歌で、1960年代にはフォークシンガーのPete Seegerが歌ったことによって公民権運動のキャンペーンソングとしてリバイバルした。
「メアリー、泣かないで。ファラオの軍は海に沈んだのだから」とうたわれるが、これは『旧約聖書』の出エジプト記に基づく歌詞だ。エジプトで奴隷にされていたユダヤ人をモーゼが海を割って逃して、彼らを追ってきたエジプトの王ファラオの軍隊が海にのまれて全滅する逸話に由来する。
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4月12発売の『若い読者のための宗教史』にはそのあたりがわかりやすく書かれている。以下に引用する。
モーセはイスラエルの人々と家畜の長い行列を連れて、「葦の海」と呼ばれていた地中海近くの広く危険な河口を超える。潮が引いており、向こう岸に安全に渡ることができた。だが、その頃にはエジプト人がだまされていたことに気づく。イスラエル人は短い巡礼のために数日出かけたのではない。もし短期間ならば、牛や羊の群れは連れて行かなかっただろう。違う、彼らはエジプトから永遠に逃れようとし、すでに1日先に進んでいる。そこでエジプト人は戦車を整えて彼らを追った。そしてイスラエルの人々が渡った「葦の海」の河口に入ったところで、潮がふたたび満ちてきた。エジプト軍は戦車もろとも飲み込まれ、皆溺れ死んだ。イスラエルの人々はこれは神の行いによるものと喜んだ。ついに自分たちは完全にエジプトの束縛から逃れたのだ。
この脱出はそののちの子孫となるユダヤ人(※1)の歴史を決定づける出来事であり、以来、ユダヤ教徒はこの出来事を厳粛に受け止めている。
※1 ユダヤ人はイスラエルの12の部族のひとつだったが、唯一生き残った民族となったため、モーセから受け継がれた一神教はユダヤ教と呼ばれるようになる。
※1は訳者の注である。このように日本人の読者の理解の助けになると思われる情報は、適宜訳注として付け足した。
ここで大事なのは、「旧約聖書で語られるエジプト脱出前のイスラエル民族に、アメリカ黒人奴隷が自分たちの境遇を重ねあわせている」ということであり、スパイク・リーと彼が作った映画『ブラック・クランズマン』(BlacKkKlansman)はそれをさりげなく伝えようとしていることだ。
そして、プリンスも黒人として、熱心なキリスト教信者として、同じことを伝えようとしていることがわかる。
『若い読者のための宗教史』はこれまででいちばんしんどい仕事のひとつとなったが、こうしたほとんどのアメリカ人の生活にキリスト教と聖書が浸透しているということをはじめ、はかりしれないほどたくさんのことが学べた。
多くの方に読んでいいただけますと、うれしいです。