田原総一郎の貧困な客観性は日本人全体のものなのか

2007-03-31 08:44:41 | Weblog

 今日土曜日の早朝(07.3.31)、朝日テレビの「朝まで生テレビ」で「日中同時生放送」と題して日中の識者が議論する番組を放送していた。歴史認識とかの日中の対立点をテーマとしていたようだが、パソコンを叩きながら、聞くともなしに聞いていた。

 その中で田原総一郎が、「アメリカもイギリスもフランスも植民地をつくっていた。日本はその真似をした。今から言えば、悪いが、その当時は常識だった。日本の植民地は悪いが、アメリカやイギリス、フランスの植民地は悪くない。どうしてなのか」といった質問を例の小賢しげな表情で出席者にぶっつけていた。

 質問自体がバカげていることと、中国側にもたいした論者はいないようだったこと、もうひとつパソコンがフリーズするばかりで、前日一端空にして再セットアップしたものの、バックアップしておいた単語登録の一括入力がうまくいかず、仕方がないから一つ一つ登録していこうと思って試してみたら、「登録できませんでした」のメッセージが繰返されるばかり。単語登録のソフトが収めてあるフォルダを調べてみると、自動認識すべきファイルのうち、文字が壊れているファイルがあるから、削除を試みたが、今度は「他の人が使用しているか、ファイルが開いている状態にあるために削除できません」のメッセージ。他人が使用しているわけでもない、開いているわけでもないのに削除できないのは怪しいファイルと思って、「レジストリ」を開いて、同じ名前のファイルを削除したが、収めてあるフォルダからは消えていなくて、再度削除を試みたが、不可。しかし試しに単語登録を試みてみると、登録ができた。さらに試しに一括登録してみると、3分の2程度成功。ところが文章を書いていて、登録した単語が出てこない。それではと、一旦パソコンを閉じて、電源を入れて立ち上げ直してみると、やっと登録した単語まで出てくるようになった。ついルンルン気分になって、焼酎の水割りを一杯。朝から飲むのは暮れから正月にかけてと、あと年に数回だが、その回数で今後とも続くかは保証の限りではない。

 そんな具合で、田原の愚かしい質問に対する中国側の答を聞いてもいなかったが、田原の言う「その当時は常識」は、大国の「常識」であって、侵略され、経済の点だけではなく、人間性に関しても搾取される小国及び小国の国民にとっては「常識」どころか、〝悲劇〟そのもの、あるいは如何なる神の存在も疑わしくなる〝無慈悲〟そのもので、それは当時の中国及び中国人にとっても同じ状況にあっただろう。だから中国人は執拗に抵抗し、日本は泥沼にはまり、無様な結末を迎えることとなった。

 日本が無条件降伏を受けて終戦に至る1945年8月15日を1ヶ月も遡らない1945年7月末の満身創痍の状況下でも、軍は「軍人慰労」と称して兵士の性処理に女性を狩り集めるエネルギーをせっせと費やしていて、有効活用している。そのようなエネルギーの有効活用は国家経営にはたいした能力を発揮できないが、各種裏ガネをプールして自分たちの「慰労」のために飲み食いしたり天下って、甘い汁を吸う現在の日本の官僚の生業となって現れているのではないだろうか。いわば美しい歴史・伝統・文化として受け継いでいるということではないのか。

 現在の日本の官僚世界は戦前の旧大日本帝国軍隊と武器を持たないだけで、そっくり入れ替わった集団・組織と思えて仕方がない。日本人の民族性としてある権威主義性が最も色濃く現れていた組織・集団がかつては旧軍隊であっただろうし、現在は国会議員の世界と官僚世界に最も色濃くあらわれているのではないだろうか。

 ジャーナリズムを職業としていながら、田原の雑な頭の中には大国が小国を翻弄する関係力学を歴史は自らの悪意としてきた、そして今なおし続けているといった認識はさらさら思い浮かばないらしい。いわば田原は大国意識、上の意識に立って、自分の常識を常識として疑わない、そこから一歩も出ない感覚で自らの言葉紡ぎ出し、それを正当な主張だと思い込んでいる。

 05年11月3日の朝日新聞朝刊の『近隣外交を問う』の記事の中で「ジャカルタ・ポスト編集局長エンディ・バユニ氏」は次のように言っている。(何度も例にしてすみません。)

 <「戦後、日本は東南アジアに対し、十分に経済的に償ってきた。大半のインドネシア人は日本の過去について、すでに忘れているし、許してもいる。だからといって日本の3年半の統治が残酷なものだったという事実は変わらない。オランダの3世紀半の植民地時代よりもひどかったという人もいる」>

 この言葉のどこにも、戦前の植民地主義が「その当時は常識だった」とする正当性は存在しない。立場を変えて考えることのできない客観的認識能力を欠いた人間がテレビで売れっ子のジャーナリストとしてもてはやされ、本を書けば、多くの人間が買い求める。日本人の精神性に受け入れる素地があるということなのだろうから、多くの日本人が客観的認識性に関して同じレベルか、それ以下ということにならないだろうか。

 もう一つ、田原は「日本は戦後戦争を放棄し、交戦権は認めていない。中国はどうです」と、そうでないから答に困るだろうと承知した聞き方で詰め寄るように小賢しげな得意顔で聞いていた。

 その質問に一人の中国人出席者が「田原さんはコーディネーターでなくなり、自分の意見を言うようになった」と言い返されていたが、田原の質問は日本のジャーナリストだからそうなるのか、中国が置かれている国防上に於ける地政学と日本の国防上の地政学とでは違いがあるとする客観性を欠いた質問となっている。

 まず一度侵略を受けた国は再度の侵略に用心深くなる。これが人間の自然である。中国は満州事変以降15年もの間生半可ではない被侵略状況にあった。侵略した側と侵略を受けた側の事後措置に違いが生じるのは当然な事態であろう。

 一方の侵略した側の日本の戦後の「戦争放棄」・「交戦権否認」は戦争に対する平和と同じく、侵略に対する反対概念から生じた事象であって、それも侵略の手痛いしっぺ返しに懲りながら、羹に懲りて膾を吹く程度の反対概念であたったから、軍隊もどきの自衛隊を早々に準備することになったのだろう。最近では核武装論まで飛び交っている物騒な状況を考えると、他国に対して、「日本は戦後戦争を放棄し、交戦権は認めていない。中国はどうです」などと偉そうな口を叩ける立場にはないはずである。しかも戦前的国家主義の立場から〝9条〟を変えようとしている国家主義者・安部晋三が後に控えている。ということは田原の「日本は戦後戦争を放棄し、交戦権は認めていない。中国はどうです」という言葉自体がいつ賞味期限切れするかわからない状況にあるということで、そのことにも気づかない、先を見る目もない議論に過ぎないということになる。まあ、田原の頭では仕方のないことか。

 さらに言うなら、戦後から現在までの「戦争放棄」・「交戦権否認」を可能としたのは世界一の経済大国・世界一の軍事大国であるアメリカの経済的及び軍事的庇護があったからこそで、憲法で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と謳いながらの自衛隊の存在、さらに朝鮮戦争でもベトナム戦争でも間接的に関与している「戦争放棄」・「交戦権否認」でもある。あくまでも正々堂々と言える「戦争放棄」・「交戦権否認」ではない。

 中国はベトナムやインド、そして同じ社会主義国の先輩格である旧ソ連とも軍事衝突を繰返した、他国と国境を接している地政学と違い、日本はどの国とも国境を接していない島国である。そういった有利な地政学も条件に入れて、軍事問題も語らなければならない。

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