日本政界の若きホープ、その鼻っ柱の強さは線香花火と最大評価を受けている前原外相が英BBCテレビの原爆二重被爆者を差別的に嘲笑した番組に対して昨1月25日(2011年)の記者会見で激しく批判したと言う。
《前原外相:「強い怒りと不快感」 英BBCの不適切放送に》(毎日jp/2011年1月25日 18時58分)
〈前原誠司外相は25日の記者会見で、英BBCテレビのお笑いクイズ番組が二重被爆者の故・山口彊さんを「世界一運が悪い男」とジョーク交じりに紹介した問題について「強い怒りと不快感を持った」と述べた。〉
前原外相「山口さんが広島、長崎で目にした悲惨な光景は想像を絶する。自らの経験を世間に伝え、核のない世界をつくる努力をしてきた。(番組出演者や制作者に対し)原爆の被害がどれだけ悲惨なのか再認識し、核(の被害)を二度と起こさせないよう努力をしてもらいたい」
BBCから在英日本大使館が1月24日に陳謝の意を表す書簡を受け取った。
具体的にどんな文言で怒りを表現したのか、外務省のHPを覗いてみた。
「BBCによる原爆の二重被爆者に係る報道」
出口共同通信記者「数日前の話で恐縮ですが、英のBBCが広島と長崎で二重被爆された山口彊(つとむ)さんをクイズ番組で冗談まじりに伝えたということがありました。すでに大使館の方を経由して、日本政府としての抗議の意思を伝えられ、謝罪も来ていると承知していますが、大臣ご本人は、この問題についてどのように感じていらっしゃるでしょうか」
前原外相「大使館を通じて抗議をいたしました。今、林景一大使が帰国をされておりますし、その報告も受けたところでございますし、BBCが謝罪をしているということでございますので、ことさら、事を荒げるつもりはございません。
ただ、あの報道を耳にしたときには、怒り心頭といいますか、強い怒りと不快感を持ちました。山口彊(つとむ)さんが広島、長崎で目にされた悲惨な光景は、想像を絶するものであったと思いますし、そういった経験をされながら生き残られて、そして、そういった自らの悲惨な経験というものを世間に伝えて核のない世界をつくるためにご努力をされてきた、あるいは、被爆者の方々に対する様々な施策の充実について訴えられてきた方を取り上げて、「世界一運の悪い男」ということで、しかもその番組のコメンテーター皆が笑いながら話していたと。極めて不愉快な思いをいたしましたし、日本の国民の皆さん方も同様の思いを感じておられたのではないかと思っております。
是非、BBCの関係者の皆さん、特にテレビで笑いながらこのことを話しておられた方々においては、原爆の被害というものがどのように悲惨なものなのかということをもう一度認識していただいて、むしろ、これからコメンテーター、あるいは、報道関係者という立場で、核を二度とあのような状況に起こさせないための努力を、お詫びをされるのであれば、していただきたいという思いを強く持っています」――
BBCテレビのお笑いクイズ番組で日本の二重被爆者を「世界一運が悪い男」と嘲笑の対象とした。その報道を耳にしたとき、前原外相は「怒り心頭といいますか、強い怒りと不快感を持」つと同時にコメンテーター、あるいは、報道関係者という立場から、「核を二度とあのような状況に起こさせないための努力」をして貰いたいという「思いを強く持っ」た。
いわば抗議の意志に覆われた。
抗議とは不当だという思いから発する。その不当という思いが怒りや不快感を誘う。
上記「毎日jp」記事はBBCがいつ放送したのか、在英日本大使館がいつ抗議したのかは書いていいない。《英BBC、二重被爆者「世界一運が悪い」笑いの種に》(朝日テレビ/11/01/22 07:45)
この記事では「毎日jp」記事の「お笑いクイズ番組」が「人気コメディー番組」となっていて、放送日は去年の12月。〈「出張先の広島で被爆し、列車で長崎に戻ったら、そこにまた原爆が落ちた」「世界一運が悪い男」などと取り上げ、スタジオからは大きな笑い声が起き〉た。
〈番組を見た日本人からの指摘を受けて、ロンドンの日本大使館はBBCに対し、「不適切で無神経だ」と書面で抗議し〉たのに対して、番組のプロデューサーが〈「日本の方々の気分を害し、深く後悔している」と書面で陳謝〉。
大体の放送日は分かったが、いつ抗議をしたのかまでは書いていない。《BBC、日本大使館に謝罪の書簡 二重被爆者笑った放送》(asahi.com/2011年1月25日10時4分)
放送日は昨年12月17日。今月上旬に在英大使館が在英邦人の指摘を受けてBBCと番組制作会社に書面で抗議。1月24日、BBC側から21日付のトンプソン会長名の陳謝の意を表す書簡在英大使館が受け取った。
そして次の日の25日に記者会見で早速マスコミ側から質問が飛び出して、前原外相の感想を尋ねた。
記事は最後に、〈問題が報道された後、インターネットの動画サイトで閲覧者が急増。被爆者を笑う意図ではないと番組を擁護する声がある一方で、批判の書き込みも相次いだ。 〉と書いている。
いずれにしても12月17日放送。抗議は今月上旬。番組制作会社とBBC連名の謝罪声明(asahi.com)。次いで1月24日在英大使館が21日付トンプソンBBC会長名の謝罪書簡を受け取った。
なぜ前原外相は報道で知ってからではなく、在英邦人の指摘を受けて在英大使館がBBCに対して抗議した時点で、「これこれこういうことがあった。ただ今厳重に抗議を申し入れているところだ。怒り心頭といいますか、強い怒りと不快感を持った」と国民に明らかにしなかったのだろうか。
それとも在英大使館から外務省に何ら報告がなかったということなのか。報告はあったが、前原外相にまで連絡しなかったということなのだろうか。結果、前原外相は報道で知ることとなったということなのか。
前原外相まで報告を通してないということなら、外務省はこう言うかもしれない。
「すべてのことを報告するわけではない」
前原外相はこう言うかもしれない。
「すべての報告を受けるわけではない」
いずれにしても、菅首相が北朝鮮の韓国の島砲撃を報道で知ったように前原外相も外務省から何ら報告がなく、報道で知ったとしなければ、「強い怒りと不快感」はもっと前に示さなければならないことになって正当性を失い、おかしな具合になる。
しかし報道はBBC側の謝罪を同時に伝えていうようにまだ謝罪しない段階ではなく、謝罪した段階での情報だから、謝罪によって怒りや不快感はある程度和らげられる状況にあったはずだ。そのことは「BBCが謝罪をしているということでございますので、ことさら、事を荒げるつもりはございません」の発言が証明している。
いわばBBC側からまだ謝罪がない段階、日本側が抗議を申し込んでいる段階の方が「強い怒りと不快感」はより強く発現されるはずである。
だが、「事を荒げるつもりはございません」と言いながら、「強い怒りと不快感」を示している。なぜなのだろう。
昨年12月17日放送の出来事から在英大使館が謝罪を受け取って日本のマスコミが報道するまでに1カ月以上経過していながら、「怒り心頭といいますか、強い怒りと不快感を持つ」ことのできる感情の発露からすると、正義感の相当に強い人物像が浮かんでくる。
だとしても、前原外相の怒りと不快感には当時の国家権力が国体護持(=天皇制維持)に拘るあまりに無条件降伏を国体護持(=天皇制維持)を保障しないものと見て、それを要求したポツダム宣言受諾をためらい、多くの国民を悲惨な目に遭わせ、今もなお後遺症に苦しめている原爆投下を招いた、その結果でもある二重被爆という側面への視点が抜け落ちている。
普通の感覚の人間であるなら、BBCテレビの番組がお笑いの対象としたことに不当だとする怒り、あるいは抗議の意志を覚えたなら、そもそもの原因の一端をもたらした当時の国家権力の愚かしさにも激しい怒り、あるいは抗議の意志を感じなければ公平さを欠くはずずだ。特に戦後の国家権力に連なる者として前原外相はその思いを強くしなければならない立場にありながら、「核を二度とあのような状況に起こさせないための努力」をBBC側に求める「思いを強く持っ」たのみで、自らは当事者意識を「強く持」つことはなかったのだから、果して本物の強い怒りと不快感、抗議だったと言えるだろうか。
前原外相の正義感は戦前の日本の国家権力に向けられることはなかった。
BBC側は自らの非を認め、正当性を何ら言えない立場にある。正しいか否かの追及の点でいわば負けを認めた相手であり、批判に対して反論権を失った状態にある。
もし前原外相の「怒り心頭といいますか、強い怒りと不快感」が相手の反論権を失った状況を利用して強く出た抗議の発露であるなら、「BBCが謝罪をしているということでございますので、ことさら、事を荒げるつもりはございません」と言いながらの「強い怒りと不快感」を示したことに整合性を見い出し得る。
但し決して本物の感情からの抗議とは言えず、国民受けを狙った人気取りのスタンドプレーの疑いが濃厚となる。
もしそうではないなら、前原外相は反論権を保持している相手に対しても抗議すべきは抗議し、例え反論を招くことがあったとしても、その抗議を貫く態度を維持しなければならないし、維持して初めてBBCに対して示した怒りと不快感が心底からの感情から出た、あるいは本物の抗議の意志から発したものであるとの真正な証明となり得る。
だが、他の例を見ると現実はそうはなっていない。多くが知っているように、そうなっていない例を簡単に挙げることができるから困る。
前原外相は国交相だった2009年10月17日に北海道根室市の納沙布岬を訪れて対岸の北方領土の島々を視察、その後根室海上保安部の巡視船に乗り洋上からも国後島を視察した後、記者会見して次のように発言している。
前原国交相「歴史的に見ても国際法的に見ても(北方領土は)日本固有の領土。終戦間際のどさくさにまぎれて不法占拠されたもの。やはり四島の返還を求めていかなければならない」(毎日jp)
ロシア側が日を置かずに反論。
ロシア外務省「新政権がロシアとの関係発展に前向きな意向を示し、9月のニューヨークでの日ロ首脳会談が建設的に行われた背景の中、受け入れがたく不適当で法的根拠のない発言が再びなされた。(前原氏の発言が)対決的な気分を残している」(asahi.com)
前原国交相の再反論。
前原国交相「鳩山外交の姿勢と違うとは全く思っていない。自民党政権時代からの日本政府としての法的な立場を改めて申し上げただけだ。お互いの認識が違うからこそ、領土問題が未解決になっている。四島の帰属を明確にし、日露間で平和条約が結ばれた中でさらなる協力関係が結べる状況になればいい」(毎日jp)
だが、「不法占拠」の言葉はどこにも見当たらないし、二度と口にしなくなった。いわば自身の「不法占拠」認識を二度と表に出さなくなった。2010年11月1日のロシアのメドベージェフ大統領国後島訪問から11日経過した11月12日の外務委員会で新党大地の浅野貴博議員に当時外相となっていた前原に国交相時代に根室を訪問したとき、「『日本国民として、望郷の念を強くした。ロシア側に不法占拠と言い続け、四島返還を求めていかなければならない』と発言したが、その認識に今も変わらないのか」と同じ質問を何度かぶつけられたが、何度答えても直接的には変わらないとも変わったとも一言も触れず、相手の質問を巧妙にかわす変節を見せ、かつての「日本国民として、望郷の念を強くした。ロシア側に不法占拠と言い続け、四島返還を求めていかなければならない」の言葉をどこかに追いやってしまった。
その22日後の12月4日、前原が海上保安庁の航空機で就任後初の上空からの北方領土視察を行った際も同じであった。
前原外相「北方領土問題をぜひとも解決したい。政治関係がしっかりしないと領土交渉ができないので、政治を安定させて、ロシアと交渉したい。ねばり強い交渉も必要であると同時に、65年かかって、まだ解決しない問題を、あまりダラダラ長くやっているのもいかがなものかと強く思っている」(NHK)
その権利が正しいか正しくないかは別にして、相手が反論権を持ち、反論した場合、一旦口にした抗議の言葉を貫かずに逆に呑み込んで、二度と口にしなくなる変節を演じる。
昨年9月に発生した尖閣沖の中国漁船衝突事件に端を発した中国の対日圧力のときも同じことが起こった。前原外相は中国側の対日圧力を「極めてヒステリックだ」(時事ドットコム)と批判。しかし中国側から「毎日のように中国を攻撃する発言があり、外交官が口にすべきではない極端なものすらある。このようなことが繰り返されるのは耐え切れない」(時事ドットコム)と反論を受けると、中国を「ヒステリックだ」とした発言を封じて、「世界第2位、第3位の経済大国がしっかりと協力し合うことは大変重要だ。大局に立って問題点を解決する努力が大事だと申し上げてきたつもりだ」(時事ドットコム)と協調姿勢一辺倒に転じる変節を見せている。
相手の抗議や反論によって簡単に引っ込めてしまう不当だという思い、その不当性に対する抗議の意思、不当性に対する怒りや不快感が果してそもそもからして本物の感情だと言えるだろうか。
あるいは相手の抗議や反論によって自らの抗議の意思や怒り、不快感を簡単に引っ込めてしまう人間が果して本物の抗議感情を持ち得るだろうか。
持つことができたとしても、精々自らを利するための意図的な抗議ぐらいのものだろう。
もしBBCが反論権を持ち、単なる一公共放送という立場ではなく、国家権力という強い立場にあって前原外相の怒りと不快感に強く反論した場合に前原という人間の変節性を考えたとき、一旦は見せた怒りと不快感を呑み込んでしまう可能性は否定できない。
だからと言って直ちにその抗議の感情がニセモノだとは断定できないにしても、以上見てきた経緯からして、少なくともBBCが反論権を持たないゆえに維持できている「強い怒りと不快感」だとも言えるし、既に謝罪があったことに対応させた「BBCが謝罪をしているということでございますので、ことさら、事を荒げるつもりはございません」の前以ての発言と整合性を欠いた「強い怒りと不快感」の感情表現から見ても、意図的な臭いをどうしても嗅ぎ取ってしまう。
それが意図的な「強い怒りと不快感」だということなら、勿論前原外相が意図するところは次の首相にふさわしい政治家として世論調査で1位をつけている関係から、人気取りのスタンドプレー以外にないはずだ。
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