蓮舫の二重国籍問題:一番の問題は台湾国籍を放棄しているかどうかではなく、正直さが問われている

2016-09-09 11:34:26 | 政治

 民主党代表選に立候補、対立候補他2者をリードしている蓮舫が現在二重国籍問題で騒がれている。台湾出身で現在日本国籍を有しているが、台湾籍を抜いていなのではないか、いわば二重国籍ではないかとの疑惑を受け、様々に問題視されている。

 その一つは野党第1党の党首となれば、政権交代の際、首相となる公人中の公人が二重国籍ではおかしいと言うものだが、もし二重国籍だとしても、台湾籍を抜けば解消する問題であろう。

 但し首相職を狙う政治家が二重国籍を放置していた迂闊さの責任は免れないことになる。

 一方で台湾籍の人間が日本国籍を取得すれば、二重国籍の問題は生じないと指摘するマスコミもある。

 〈日本政府の見解では、日本は台湾と国交がないため、台湾籍の人には中国の法律が適用される。中国の国籍法では「外国籍を取得した者は中国籍を自動的に失う」と定めており、この見解に基づけば、二重国籍の問題は生じない。〉(時事ドットコム

 蓮舫はこの規定を知らなかったのだろうか。
 
 ネットでは、「エセ日本人」とか、父親が中国の共産党軍に敗れて大陸を逃れた国民党と共に台湾に渡った外省人だということだからなのか、「中国のスパイ」といった批判が渦巻いているというが、日本民族優越主義が日本人の血を絶対としていることから日本人以外の血(=台湾人の血)を認めず、排斥したい悪意が二重国籍問題に便乗して蓮舫を格好のターゲットとして攻撃対象としているといったところか。

 蓮舫は二重国籍の指摘に対して台湾籍を放棄したが確認が取れていないとして、改めて手続きを取ったことを明らかにしたとする9月6日の高松市の記者会見での発言を2016年9月7日付の「NHK NEWS WEB」記事が伝えている。

 蓮舫「昭和60年に日本国籍を取得し、台湾籍の放棄を宣言した。このことによって私は日本人となった。日本国籍を日本の法律のもとで選択しているので、台湾籍は有していない。

 31年前に父と一緒に東京にある台湾の窓口に行って、台湾籍放棄の手続きをしたが、言葉がわからず、どういう作業が行われたか、全く覚えていない。改めて台湾に確認を求めているが、今なお確認はとれていないので、台湾籍を放棄する書類を提出した」――

 「昭和60年」は1985年。蓮舫の生年月日は1967年11月28日(48歳)だから、17歳か、18歳。蓮舫がテレビ番組で台湾の国籍を抜いたのはいつなのかと司会者から問われて、「高校3年で18歳で日本人を選びました」と言っていることと辻褄が合う。生まれ月が来て、18歳になっていたのだろう。

 但し「31年前、17歳で未成年だったので、父と東京で台湾籍の放棄手続きをした」と言っている蓮舫の発言を伝えているマスコミもある。

 改正国籍法が1985年(昭和60年)1月1日施行され、改正前の国籍法では父親が外国人の場合は母親が日本人でもその子は日本国籍を取得できなかったが、改正によって父親か母親か、一方が日本人であれば、その子は自動的に日本国籍を取得できるようになった。

 改正国籍法施行の1985年(昭和60年)1月1日は蓮舫が17歳のときとなる。

 台湾籍から日本国籍に国籍を変更する。この重大な人生の転機となる年齢を例え1歳違いであっても、間違えるだろうか。

 そして国籍法が改正された「31年前」の1985年の1月21日(と「産経ニュース」記事が伝えている。)に「父と一緒に東京にある台湾の窓口に行って、台湾籍放棄の手続きをした」

 但し「改めて台湾に確認を求めているが、今なお確認はとれていないので、台湾籍を放棄する書類を提出した」――

 「台湾籍放棄の手続き」終了後に渡された書類を目にしたことは一度もなかったのだろうか。放棄承認といった類いの書類は手渡されるはずだ。即日ではなく、後日であったとしても、受け取った父親か母親が見せるはずである。「済んだよ」と。

 当然、そういった書類は大事に保管されるはずだ。

 だが、見たことも保管もされていないことになる。
 
 あるいは日台間に国交がないために中国の国籍法が適用されて自動的に中国籍(蓮舫の場合は台湾籍)を失っていたとしても、蓮舫自身が外省人である父親から受け継いだ2分の1の中国人のルーツに誇りを持っていて、台湾籍をそのままにしていたのではないかと見ると、台湾籍放棄承認といった類いの書類を手元に保管していないこととの整合性を見い出すことができる。

 それはそれでいいはずだ。但しそうであるなら、そのことを正直に言わなければならない。

 となると、この問題で問われるのは正直さということになる。

 正直ではない政治家に一党の代表になる資格はない。

 蓮舫には正直とは言うことのできない発言に時折り出会う。

 蓮舫が民進党代表選の立候補に名乗り出て、2016年8月23日に日本外国特派員協会で記者会見したときの発言に対する後程の釈明にも見ることができる。

 蓮舫「私は岡田克也代表が大好きです。ただ、1年半一緒にいて本当につまらない男だと思います。人間はユニークが大事です。私にはそれがあると思います」――

 民進党代表選に立候補する政治家としての立場から現在の代表である岡田克也にはユニークさがない、自分にはそれがあると、自身が代表になった場合と岡田克也と言う現在の代表を見比べているのだから、否応もなしに政治的資質についての評価ということになる。

 ところが蓮舫はマスコミが一斉にこの発言を取り上げると、同日の自身のツイッターで、「岡田代表への敬意を表しました。その上で、ユーモアのない真面目さを現場で伝えたかったのです」と釈明している。

 「ユーモアのない真面目さ」が代表としての資質にどう関係があるのだろうか。ユーモアがあれば、それが代表としての第一番の資質だと言うのだろうか。

 もしこの発言が政治的資質とは無関係の人間的性格の一面を伝えたものだとしたら、それこそ代表としての政治性に関係ないことになる。関係ないことであるにも関わらず、「つまらない男」と口にしたことになる。

 実際に岡田克也がユーモアのないつまらない男だとしても、蓮舫には岡田克也の下で代表代行を務めているのだから、「本当につまらない男だと思います」と言うどのような資格もない。

 それをツイッターで巧妙に誤魔化す投稿をする。決して正直な態度とは言えない。

 ツイッターで思い出したが、ネットで蓮舫のツイッターの記述と実際と食い違う発言が取り上げられている。

 リンクされた蓮舫のツイッターを覗くと、2015年9月9日の記事に次のような記述がある。  

 〈民主党は戦争法案というレッテル張りはしてはしていませんが、他国への武力攻撃を日本の武力で阻止するのは、自衛のために許容された必要最小限の範囲内の実力行使を超え、憲法違反になるおそれがあります。政府案は憲法が禁止する戦争、武力行使につながるおそれがあります。〉―― 

 蓮舫のツイッターを紹介するページには安保法制反対集会の蓮舫の演説の動画が載っていて、それを見ると第一声で「私たちは戦争法案に絶対反対です」と涸らした声で訴えている。

 そして蓮舫は「産経ニュース」のインタビュー記事で次のように述べている。  

 蓮舫「安保法制は、社会の変え方、人の行動の可能性で戦争に巻き込まれることは否定できない法律案でした。だけど、その途中を全部端折って『戦争法案』というのは、私は、むしろミスリードをする言い方だったと思っています。安全保障というのは、リアリストじゃなきゃいけない」――

 聞こえのいい訴え方をしているが、ただ単に「戦争法案絶対反対、戦争法案絶対反対」と叫んでいたわけではあるまい。安倍晋三の日本を世界的な軍事大国化したい願望を持った軍国主義・国家主義が招きかねない戦争の危険性を嗅ぎ取っていたことからの名称であって、「途中を全部端折って」いたわけではない。

 「戦争法案」なる言葉がもし途中を端折っていて、情緒的な訴えに過ぎなかったとすると、世論調査に現れた過半数の戦争法案反対の意見は野党の情緒的な訴えに情緒的に反応したに過ぎない世論ということになって、国民をバカにしていることになる。

 また、民進党の代表選に立候補してから口にするなら、民主党時代に自身も交えて「戦争法案」だとレッテル貼りしていたのだから、先ずは自己批判しなければならないはずだ。

 自己批判もなく、また自身を除いた民主党、あるいは野党の問題であるかのように言う。

 この不正直さは限りなく悪臭が立ち込めている。

 蓮舫の自己批判に関して言うと、民主党政権が多くの国民の期待を担って政権交代を果たし、政権運営の大舞台に登場しながら、期待とほぼ同じ量の失望を買って、「民主党には国は任せられない」を国民の固定観念化させ、それを国民の記憶から今以て払拭できていないことが下野後の民主党とその後の民進党の党勢低迷につながっていることに対する、そういった状況をつくり出した主たる戦犯の一人であることの反省も自己批判もないことである。

 蓮舫の民進党代表選立候補後の全ての発言をチェックしているわけではないが、2016年9月2日に民進党本部5階ホールで行われた、《民進党代表選挙候補者記者会見》の全文を読む限り、前原誠司が民主党政権失敗の戦犯の一人だと自己批判している以上、蓮舫からも反省の言葉一つぐらいはあって然るべきだが、ないところを見ると、他の発言でもないはずだ。  

 このことは9月7日の長野市での民進党代表選の候補者集会での各候補の発言を見ると明らかである。「asahi.com」記事から見てみる。  

 冒頭、前原氏が旧民主党時代の政権運営について、頭を下げて謝罪した。多分、いつものように民主党政権失敗の戦犯の一人だと自己批判したのだろう。

 続いてマイクを握った玉木雄一郎が前原グループに所属している仲間意識からだろう、前原誠司が国土交通相や外相として羽田空港国際化やビザ取得緩和などを進めたとして、「安倍政権が自分の手柄のように言っているが、前原さんの手柄だ」と指摘。

 要するに失敗ばかりではない、成果も上げていると擁護した。

 記事解説。〈玉木氏の代表選キャッチフレーズは「義理と人情と浪花節」。一方の前原氏は、自身が旧民主党の政権運営失敗の「戦犯」だと公言している。こうした2人のやりとりの後に発言した蓮舫氏は、「玉木君、男が泣くな」とたしなめていた。(安倍龍太郎)〉――

 玉木雄一郎も東大出なのだから、蓮舫から「男が泣くな」と言われたら、「あなたは戦犯意識は少しもないのですか」となぜ言い返すことができなかったのだろうか。

 安倍政権に交代して全ての国政選挙で民主党は大敗続きであり、民進党に衣替えしても今夏の参院選で大敗している。民主党政権の失敗の罪は重い。

 その失敗に対して正直であろうという姿勢を少しでも持っていたなら、自ずと何らかの自己批判が口をついて出るものだが、蓮舫にはそれがないらしい。

 正直さのバローメータともなり得るということである。

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