◆アンダーセン基地は戦略拠点
米太平洋空軍によれば2月12日、ロシア軍爆撃機二機がグアムへ接近する事案があったとのこと。
本日は予定がありますので手早く作成です。さて、今回グアムへ接近したのはTu-95爆撃機二機で、我が国領空へも接近する事案があり、太平洋岸に沿って首都圏へ南下する経路は通称東京急行と呼ばれており、航空自衛隊が対領空侵犯措置任務で対処しています。そして先日のSu-27戦闘機二機の北海道領空侵犯と併せロシア軍の活性化が指摘されていたところ。Tu-95は戦略爆撃機ですので、その長大な航続距離を考えればグアムへの飛行は充分に可能なのですが、同時に冷戦後では極めて稀有な事例といえます。
グアムのアンダーセン基地には第36航空団が展開していますが戦闘機部隊は1994年までに編成をといており、2005年の第13空軍司令部転地により基地の司令機能としての位置づけは転換しています。特に固有の要撃部隊は常駐していませんが、今回は嘉手納基地より第18航空団に所属するF-15戦闘機が訓練へ展開していたため、緊急発進し対処しています。F-15の緊急発進により二機のTu-95は接近を諦め、ロシア本土へ変針した、との発表されています。
戦闘機部隊こそ常駐していないのですが、グアムのアンダーセン基地は3000m級滑走路日本を有して米軍にとって太平洋戦略上重要な拠点となっており、B-2爆撃機の運用能力を有するほか、B-52等の戦略爆撃機を集約し集中運用を行うことが可能な設備を有しているほか、脅威から距離を隔てている、これは特に沖縄や日本本土、朝鮮半島の基地と異なり、中国や北朝鮮の中距離弾道弾射程の外にあることが、その重要性を近年更に高めてきました。
中国の中距離弾道弾は短距離弾道弾に比較すれば数は少ないですが、沖縄を射程に収めており、このほか爆撃機からの巡航ミサイルの投射が在日米軍の基地に対し、少なくない脅威を及ぼし始めてきました。米太平洋空軍では嘉手納基地がミサイル攻撃などで機能不随となった場合の後方拠点という位置づけにあり、これは冷戦時代にソ連本土にもっとも近い航空自衛隊の防空拠点、千歳基地の後方拠点に松島基地が考えられていたのと似ているやもしれません。
また、グアムは日本国内で米軍が実施できない多国間訓練を実施する訓練拠点としての機能を有しています。嘉手納基地など日本の基地施設には大きなものがあるのですが、大規模な多国間合同訓練の実施はアメリカ政府が日本政府への配慮から実施していません。こうしてグアムは訓練拠点となり、航空自衛隊や韓国空軍はもちろん、東南アジアのアメリカとの友好国との間での防衛協力上の拠点というシンボル的な要素も持っている場所でもあり、ここにTu-95が接近する事案は冷戦後では非常に稀有といえるでしょう。
自衛隊もマリアナ諸島への訓練移転を計画していますが、今回のロシア機接近は、米軍の太平洋上の拠点に対しても長距離爆撃機の脅威は及ぶ実情の確認であり、同時に将来的に中国軍が長距離打撃能力、長距離弾道弾や爆撃機を充実させた際にはこのグアムへも脅威が及ぶことを端的に示しました。今回の事案は我が国の防衛に直接影響を及ぼすものではありませんが、間接的に非常に大きな問題提起となるやもしれません、即ち、グアムを後方拠点として嘉手納を維持するという米軍の運用基盤にも盤石ではない実情が示された訳です。
アメリカの太平洋地域における兵力配置は冷戦時代、ソ連を睨んだ配置から質的向上と拠点への集約を掲げた2000年代の米軍再編により、少なくとも基地数は集約されているのですが、この中でもフィリピンのピナトゥボ火山噴火に伴い在比米軍が全面撤退し、常時戦闘航空団を展開させていたクラーク空軍基地の閉鎖を行い、現代の中国脅威の増大に対し、中国南方からの抑止力が大きく制約されている状況にあります。将来的にこの防衛上の空白を通過し、グアムへの脅威が及ぶことも考えられる。
もちろん、米軍の底力は常駐基地を有さずとも必要に応じ大兵力を戦略展開させる後方支援能力の大きさにあり、必要ならば急速に防衛強化は可能なのですが、これまでグアムは脅威から距離を有している、という認識があったため、将来的にこの位置づけは不動ではない、これが今回のTu-95接近の重要な意味合いでしょう。更には、台湾海峡や朝鮮半島での緊張を支える後方拠点日本、それを更に支えるグアムという位置関係は、日本が戦後防衛について積極的に投射できない、旧軍のように予防的に海外へ部隊を前進させることが出来ない現状では極力維持されるべきで、グアムの防衛について、例えばミサイル防衛における集団的自衛権行使など、日米の協力も考えておく必要はあるやもしれません。
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)