◆P-3C100機を揃えた海上自衛隊の覚悟と決意
西太平洋上において昨今、緊張状態が醸成されつつありますが、冷戦時代の努力があり、万一の際の優勢は確保できるでしょう。海上自衛隊は100億円もの取得費用を要するP-3C哨戒機100機を導入し、洋上哨戒態勢を高めました。
P-3Cよくよく考えると高い、凄く高い、というものが本日のお題です。中国海軍が優位に立ったのではないか、という危惧の声を識者や報道関係の方から側聞しますが、駆逐艦の数は多くとも対潜哨戒機の機数が皆無に近いためその脅威度を見誤っています。しかし、この対潜哨戒能力を有する哨戒機の取得に自衛隊がどれだけ覚悟を以て整備しているかを知識として踏まえて、日中の海軍力を比較しますと、みえ方も違ってくるやもしれません。一機で四国と同面積の海域の潜水艦を警戒できる、とはよく言われる表現ですが、これは等間隔で八本のソノブイを海面に投下し、P-3Cの処理能力で同時監視できる海域の広さが四国島と同程度、という意味であり、実のところ一機のP-3C哨戒機が監視できる海域はもう少し広い、といわれます。ここで、100億円という取得費用が、語呂が良いためか、どれほど高い覚悟で海上自衛隊がこの航空機の取得に挑んだのか、中々実感が涌かなかったところ。
洋上の制海権確保に際し、洋上の護衛艦と航空部隊の連携はその成否を確実に左右します。P-3C哨戒機は、対水上レーダ装置や潜水艦が動くことで生じる地磁気の異常を感知する磁気探知装置所謂MADに加え、ソナーを内蔵したブイ所謂ソノブイを海上に散布し、ソノブイからの情報を上空でリアルタイムにて取集しつつ、潜水艦御移動兆候を機内のコンピュータにより解析、併せてデータ通信により洋上の護衛艦や哨戒機、哨戒ヘリコプターと連携し、僅かな兆候を集積することで潜水艦を探知する当時世界最高の哨戒機です。当時と記したのは現時点で川崎重工のP-1哨戒機と米海軍P-8A哨戒機が後継機に開発されたためで、今なお圧倒的な性能に陰りはありません。実際のところ、このP-3Cは中古機の取得を現段階で進めている海軍も少なからずあり、現在取得したとしても米海軍の近代化プログラムに沿て整備すれば第一線級の性能は維持できる訳です。
2900t型護衛艦一隻117億円(昭和52年度)。P-3C哨戒機は高かった、という表現はこの一つの比較を見ると分かるやもしれません。実は、この護衛艦と比較した価格を見て驚いた、と言いますか、それとも1970年代は護衛艦が低い費用で導入できた、というべきなのかもしれませんが。2900t型護衛艦とは、はつゆき型護衛艦のことですが、満載排水量4000tの水上戦闘艦が117億円だった、ということを先日知りまして、P-3C哨戒機導入開始が1980年、はつゆき型護衛艦の就役開始が1982年ですから、ほぼ同時期であることが見て取れるのですが、P-3C哨戒機100機の取得は、結局大型水上戦闘艦に換算すれば、80~90隻分に匹敵する費用を投じて航空哨戒能力を整備したことになります。
はつゆき型護衛艦、海上自衛隊が護衛艦隊の近代化に向け12隻を大量導入し、拡大改良型である護衛艦あさぎり型とともに20隻の主力汎用護衛艦としての地位を築いたものですが、ガスタービン推進方式を採用、データリンクシステムを採用、対空・対潜・対水上各種誘導弾を搭載、対艦ミサイル防御能力付与、大型対潜ヘリコプターを搭載、という1980年代、世界第一線級の汎用フリゲイトに達したものでした。今日では、満載排水量4000tという手ごろな大きさで今なお現役艦が警戒任務に活躍中という護衛艦で、欧米の最新鋭艦と比べれば多機能レーダやデータリンク能力、ステルス性の面でやはり設計と就役から30年という時代の流れを覆う事は出来ませんが、北東アジア地域においてはかなりの性能を今なお保持している、と言えます。
1200t型護衛艦一隻65億円(昭和52年度)。1200t型護衛艦とは、海上自衛隊の護衛艦として最初に対艦ミサイルを搭載した護衛艦いしかり、を示すものです。実は、いしかり建造費は101億円と記憶していたのですが、どうもこれは記憶違いだったようです。実はこの護衛艦いしかり、がP-3C一機分に匹敵する、と考えていましたのでP-3C哨戒機100機は護衛艦いしかり100隻分の費用、と思い調べますとそうではなく、P-3C哨戒機100機は、いしかり型護衛艦150隻分に匹敵する規模、というものでした。もっとも、P-3Cの導入当時の計画は現在の為替相場との相違があり、あのF-15戦闘機も導入を検討していた時点では邦貨換算で一機あたり150億円、と言われていた時代があったので、そう簡単に単純比較はできないのですけれども、ね。
いしかり、は海上自衛隊の護衛艦としては非常に小型で満載排水量も1400t、二番艦は50t大型化したほど、小型のもので、沿岸防備用の駆潜艇を交代させる目的で建造され、これが対艦ミサイルを搭載したことにより大型化、護衛艦となりました。76mm単装砲に加え、ソナーとボフォース対潜ロケットに短魚雷三連装発射管を搭載し対潜戦闘能力を有するほか、ハープーン艦対艦ミサイルを搭載し水上打撃力が大きいほか、レーダーは簡素化され対水上レーダに低空監視を一部委ね主砲用射撃指揮装置が対空レーダ機能を担うという、小型ではありますが護衛艦としての能力を充分保持している一隻です。既に三隻とも除籍されており、今日的にはやはり水上打撃力へ機能を絞り過ぎた故の護衛艦としての無理を感じずにはいられないわけですが、それにしても本型が当方の曖昧な記憶ではP-3Cと同程度の取得費用と記憶していましたので、これには驚きました次第です。
2200t型潜水艦143億円(昭和52年度)。2200t型潜水艦というと、ゆうしお型潜水艦で、数排水量2900t、通常動力潜水艦としては世界でも大型の潜水艦です、はるしお型やそれ以降の海上自衛隊潜水艦も航続距離を重視し大型化してゆくのですが。水中高速性能を重視した涙滴型船体構造を採用し、ディーゼルエレクトリック方式、つまりスノーケルを出せる状況下ではディーゼル機関を動かし、潜航中はバッテリーにより推進する方式を採用、静粛性を重視した潜水艦ですが、護衛艦よりも高かったのか、P-3C哨戒機よりも高価ではありますが、参考までに同時期の費用を提示しますとこんなところ。
100、という語呂に拘るならば、P-3C哨戒機100機、というのは、はつゆき型護衛艦50隻、いしかり型護衛艦50隻、併せて護衛艦100隻分に匹敵する巨大航空機調達計画であったことになります。これは、海上自衛隊が大型護衛艦に匹敵し小型護衛艦を凌駕する一機当たりの費用を要するほどの高性能航空機を多数そろえてでも、洋上哨戒能力の強化に取り掛からねばならない、という一種の使命感を感じ取られずにはいられません。重ねて、世界各国では日本が100機のP-3Cを導入、開発国であるアメリカは200機以上を導入していますが、その水準に追随する海軍が出てこない背景には、それだけ数を揃える厳しさ、水上戦闘艦や潜水艦という一種花形装備の予算に食い込む事への躊躇がある、といえるやもしれません。
冷戦時代、我が国は西太平洋における海上通商路を防衛するべく、特に第二次世界大戦における潜水艦によるシーレーン途絶の反省から、対潜哨戒機の導入を重視してきました。海上自衛隊は草創期より米海軍の厚意もあり当時世界最先端の対潜哨戒機であったP-2Vネプチューン対潜哨戒機の無償供与を受けることが出来、経済成長とともに有償供与を受け、海上航空部隊を強化、更にエンジンや対潜器材を一新した川崎重工P-2J対潜哨戒機を開発、続いて1980年よりP-3Cオライオン対潜哨戒機の導入を開始しました。
P-3C対潜哨戒機は、非常に高性能である半面その性能に見合った取得費用と運用費用に維持費用が付くため、生半可な覚悟で導入する事は出来ませんが、日本以外に導入している国でも二桁数を導入した海軍は稀で、三桁のP-3C哨戒機を導入したのは日本とアメリカのみ、それだけでなくとも、他の機種、Tu-95派生型やIl-38,ニムロッドやアトランティックといった他の対潜哨戒能力を有する哨戒機を含めても二桁数を導入した国は非常に稀です。そこに日本は100機を導入した、西太平洋の海上通商路保護に向けた決心が見えてくるようです。哨戒機など戦闘機が出てくれば対応できない、という指摘はあるやもしれませんが、言い換えればその状況は戦闘機の行動圏内でしか潜水艦が行動不能となっていることを示しますので、ここまで追い込むことが出来ればシーレーン防衛などの洋上防衛任務はほぼ完了したこととなります。
さて、今日、西太平洋における安定秩序への軍事力での挑戦を試みる新興外洋海軍がその勢力を強めつつある状況が報じられているところですが、やはりまだ格好だけのものという印象があります、何故ならばその新興外洋海軍国は現在、初の対潜哨戒機を漸く試作している最中だからです。より正確には多目的飛行艇に限定的な対潜装備を施したものを7機導入、現在も3機程度が稼働状態にあるとされていますが、この規模では水上戦闘艦の量産規模と比較し、航空哨戒能力の重要性を認識しているとは思えません。
見栄えから、というだけの視点ならば、たとえば我が国もP-3C哨戒機を導入しなければ大型小型摂りあわせて100隻の護衛艦が導入できたわけですが、艦艇には航空機のような進出速力や集合分散の迅速化は出来ません、しかし、見栄えだけならば艦艇だけを揃えたほうが、海上自衛隊で言えば護衛艦の数が単純計算で現状の三倍になるわけですので、基地も艦艇で満員となり、何と言いますか“カッコイイ”、でしょう。しかし海上自衛隊は洋上航空哨戒能力の整備という見栄ではなく実能力を採りました。
もちろん、水上戦闘艦と艦載ヘリコプターだけでも洋上哨戒は可能ですが、哨戒機の有無はそのまま有事の際にその水上戦闘艦が潜水艦により先制攻撃される可能性がありますし、哨戒機が飛行しているか否かで、潜望鏡を挙げられるか、通信赤農家、移動は出来るのか、遠距離からのミサイル攻撃が可能なのか、など潜水艦の行動制約は大きく変わってきますので、海上防衛装備体系に哨戒機があるのかは大きな差が出てきますし、行動半径は数千km単位で大きな洋上哨戒機の存在は、例えば水上戦闘艦部隊の索敵能力にも大きな差異が生じてきます。
即ちこれは勝つか負けるかという議論での脅威論ではなく、武力紛争を回避したいという立場からの脅威論として語るべき、こういう点に尽きると思います。昨今、その新興海軍国の太平洋への進出が脅威論として語られており、勿論当方も、何を考えているかわからないだけに一応脅威、どちらかといえば驚異という視線を向けているのですが、何をやらかすかわからないだけであり、実能力では一応の差がある、ということは共通知識として有しておくべきかもしれません。ただ、この命題は当方とその共有知を持つ皆様ではなく、むしろ先方に認識してほしい物であり、洋上航空部隊に割く予算を水上戦闘艦が全部持って行ってしまい見栄に拘った結果、自陣営が優勢と勘違いし、軍事行動に出てくるような残念な判断はしてほしくないものですね。
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