■特報:世界の防衛,最新論点
戦闘ヘリコプターの将来は間もなく大きな転換期を迎えるのかもしれません、この視点について今回は幾つかの話題を。
陸上自衛隊ではAH-64D戦闘ヘリコプターについて、D型に対応するミサイル備蓄の観点から将来の去就が注目されています。戦闘ヘリコプター、第一線の近接戦闘部隊には即座の航空支援と強力な打撃力を発揮する反面、2000年代初頭のイラク戦争と治安作戦等を契機に敵防空火器への脆弱性が指摘、時代は終わったともいわれています。本当でしょうか。
今回は戦闘ヘリコプターと関連する幾つかの話題についてみてみましょう。先ず、防空火器に対する脆弱性は、特に第一線防空火器の射程延伸によるものが多きいのですが、AH-1S対戦車ヘリコプターの装備したTOWミサイル射程3750mに対しAH-64のヘルファイアは8000m、一時的に脆弱性を払拭しました、それが追い付かれつつある構図ですが、今は。
アメリカ陸軍はAH-64Eアパッチガーディアンより射程32kmのスパイクNLOSミサイル発射試験を成功させました。これはアメリカ空軍第780評価試験航空隊が実施したもので陸軍が進める視程外多目的兵器開発評価試験の一環です。スパイクNLOSはイスラエルが開発した実用対戦車ミサイルとしては最大の射程を有するもので、航空機搭載は初めて。
AH-64Eアパッチガーディアンには現在、射程8kmのヘルファイアミサイルが採用されていますが、近年の地対空ミサイル性能向上により8kmの射程は心もとない時代となってきました、この為、光ファイヴァー誘導方式のスパイクNLOSを採用したもので、光ファイヴァー誘導の実用ミサイルはこの他に世界でも日本の96式多目的誘導弾しかありません。
スパイクNLOSミサイルは搭載方式がヘルファイアの様な兵装架に直に搭載するのではなく箱型発射装置に搭載する方式であり、アパッチには箱型発射装置が装着、ミサイル発射試験は射程の大きさから陸軍ではなく空軍が支援する事となり、第780評価試験航空隊が参加しています。2021年3月の初の射撃試験では32km先の標的に正確に命中しました。
以上の通り、32kmといいますとかつて航空自衛隊のF-1支援戦闘機が搭載したASM-1の射程が40km、非常に延伸した印象があります。従来は長射程のミサイルを開発した場合でも、目標を戦車とした場合は錯綜地形に隠れた戦車を超遠距離から判別識別し正確に誘導する事が難しい課題があったのです。カメラを持つスパイクNLOSがこれを解決しました。
一方で、ミサイルにカメラが搭載された時代に在っても、安易に乱射して索敵用に用いる事は出来ません、特にスパイクNLOSの発射機はヘルファイアミサイルよりも大型であり、現在のところ1:1でヘルファイアミサイルを交換する事は出来ないのです。そこでAH-64Eの強力なデータリンク能力を活かし、アメリカでは無人機との連接が、研究されています。
アメリカ陸軍は運用するグレイイーグル無人機の運用時間が100万時間を超えたと発表しました。グレイイーグル無人機はアメリカ陸軍が新しく装備した固定翼型の無人航空機で、アメリカ空軍が創設された際のキーウェスト合意により固定翼機の大半を空軍の管轄とした陸軍には装備の欠缺となっていた武器体系を補完する新しい航空機となっています。
グレイイーグルはジェネラルアトミクス社製、2021年3月16日に飛行100万時間を超えましたが、陸軍には250機以上が配備されています、エンジンは200hpと各種ヘリコプターと比較しても低出力ですが各種センサーに加えヘルファイアミサイル4発を搭載可能で、AH-64Eアパッチガーディアンからの航空管制を受け有人無人の混成戦術運用も可能です。
ヘルファイアミサイルを搭載出来るグレイイーグル無人機、それならば対戦車戦闘は無人機に任せ、戦闘ヘリコプターはいよいよ不要となったのではないか、こう反論されるかもしれません、しかし問題なのは、グレイイーグルの様な無人機がドローンと呼ばれる点、そこにこの種の機体の宿命がある点です、ドローンとは邦訳すると無人標的機なのですね。
無人標的機はもともと地対空ミサイルの訓練用に開発されまして、そもそもイスラエルが世界初の無人偵察機として開発したパイオニア無人偵察機も元々は無人標的機にカメラとTV動画伝送装置を搭載したものです、故に敵対戦力が高射機関砲や携帯地対空ミサイル以上の防空火力を持つ、例えばロシア軍や中国人民解放軍のような、相手には脆弱性が高い。
戦闘ヘリコプターの優位性は、匍匐飛行という超低空飛行を多用し敵防空火力の覆域においても接近し、地域制圧火力であるロケット弾と対戦車用のミサイルに点目標を正確に破壊する機関砲を併せ持ち、且つ防弾版等ある程度の生存性を有する点が、既存の武装ヘリコプターや無人機とは異なる点で、今のところこの生存性の優位性は揺らいでいません。
一方で、戦闘ヘリコプターには高い脅威度の地域へ進出し、任務に当る性能は付与されていますが、進出速度では、これこそ回転翼航空機の宿命なのですが、固定翼航空機には遠く及びません、そこでアメリカ陸軍では、AH-64Eを補完する航空機として複合ヘリコプターという、ヘリコプターの利点を幾つか犠牲とし高速飛行を重視した機体を開発中です。
アメリカ陸軍のFARA将来攻撃偵察航空機として開発されるS-97レイダー複合ヘリコプターの評価飛行が4月13日と15日に実施されたとのことです。S-97レイダー複合ヘリコプターはロッキードマーティン社とシコルスキー社が開発しているもので、シコルスキー社は1960年代から高速飛行が可能である複合ヘリコプターの技術開発を行ってきました。
S-97レイダー複合ヘリコプター評価試験はアラバマ州ハンツビルにあるレッドストーン兵器廠において実施され、二重反転ローターと推進用回転翼を組み合わせ、高速度の巡航飛行を可能とすると共に、同様の速度特性を有するV-22やV-280のような可動翼機と比較し、ヘリコプターの様な飛行特性を有し、高速巡航と発着まで速度領域と機動性の欠缺がない。
FARA将来攻撃偵察航空機は、対戦車ミサイルの運用能力を想定しています。もっとも防弾性能や機関砲の有無等からAH-64Eアパッチガーディアン戦闘ヘリコプターを完全に置換えるものではないとしていますが、極めて早い進出速度とヘリコプターと同様の運用特性を有しており、こうした機体へ打撃力付与はヘリコプター体系の転換点となりましょう。
陸上自衛隊の視点に戻りますと、戦闘ヘリコプターは近代化改修によりスパイクNLOSの搭載能力の付与は充分可能です。そして射程32kmのミサイルは、自衛隊が現在最も注力している島嶼部防衛に際しても、もちろん万能ではありませんが水平線に隠れた航空打撃という運用が可能となるでしょう。ただ、従来の5個飛行隊を維持する必要性は、難しい。
AH-64D戦闘ヘリコプターはAH-64E戦闘ヘリコプターへアップデートは可能です、そしてAH-64D戦闘ヘリコプターは一個ヘリコプター隊所要でしかありませんので、仮に航空打撃力を維持するのであれば何れはAH-64E戦闘ヘリコプターを新規調達せざるを得ません、しかし当初の様な62機の調達は、その行動範囲を考えれば如何とも言えないものです。
グレイイーグル無人機のような機体とAH-64D戦闘ヘリコプターを、方面隊毎に分けて装備し、必要な場合には統合任務部隊へ編入する、若しくはS-97レイダー複合ヘリコプターのような航空機を既存のOH-1観測ヘリコプターの後継機に、充てた場合は予算が難しい事になりそうですので、OH-1観測ヘリコプターの純粋な後継機に分ける等が考えられます。
いずれにせよ、戦闘ヘリコプターの時代は終わった、という理念こそが、実は、戦車の時代は終わった、という理念と同じ様に実は的外れで時代遅れとなりつつあります。もちろん、将来には歩兵携行可能なミサイルで数十km先を狙うものや、戦車が大型の対戦車ミサイルを迎撃するレールガン等を搭載する可能性もありますが、それはまだ先の話でしょう。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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戦闘ヘリコプターの将来は間もなく大きな転換期を迎えるのかもしれません、この視点について今回は幾つかの話題を。
陸上自衛隊ではAH-64D戦闘ヘリコプターについて、D型に対応するミサイル備蓄の観点から将来の去就が注目されています。戦闘ヘリコプター、第一線の近接戦闘部隊には即座の航空支援と強力な打撃力を発揮する反面、2000年代初頭のイラク戦争と治安作戦等を契機に敵防空火器への脆弱性が指摘、時代は終わったともいわれています。本当でしょうか。
今回は戦闘ヘリコプターと関連する幾つかの話題についてみてみましょう。先ず、防空火器に対する脆弱性は、特に第一線防空火器の射程延伸によるものが多きいのですが、AH-1S対戦車ヘリコプターの装備したTOWミサイル射程3750mに対しAH-64のヘルファイアは8000m、一時的に脆弱性を払拭しました、それが追い付かれつつある構図ですが、今は。
アメリカ陸軍はAH-64Eアパッチガーディアンより射程32kmのスパイクNLOSミサイル発射試験を成功させました。これはアメリカ空軍第780評価試験航空隊が実施したもので陸軍が進める視程外多目的兵器開発評価試験の一環です。スパイクNLOSはイスラエルが開発した実用対戦車ミサイルとしては最大の射程を有するもので、航空機搭載は初めて。
AH-64Eアパッチガーディアンには現在、射程8kmのヘルファイアミサイルが採用されていますが、近年の地対空ミサイル性能向上により8kmの射程は心もとない時代となってきました、この為、光ファイヴァー誘導方式のスパイクNLOSを採用したもので、光ファイヴァー誘導の実用ミサイルはこの他に世界でも日本の96式多目的誘導弾しかありません。
スパイクNLOSミサイルは搭載方式がヘルファイアの様な兵装架に直に搭載するのではなく箱型発射装置に搭載する方式であり、アパッチには箱型発射装置が装着、ミサイル発射試験は射程の大きさから陸軍ではなく空軍が支援する事となり、第780評価試験航空隊が参加しています。2021年3月の初の射撃試験では32km先の標的に正確に命中しました。
以上の通り、32kmといいますとかつて航空自衛隊のF-1支援戦闘機が搭載したASM-1の射程が40km、非常に延伸した印象があります。従来は長射程のミサイルを開発した場合でも、目標を戦車とした場合は錯綜地形に隠れた戦車を超遠距離から判別識別し正確に誘導する事が難しい課題があったのです。カメラを持つスパイクNLOSがこれを解決しました。
一方で、ミサイルにカメラが搭載された時代に在っても、安易に乱射して索敵用に用いる事は出来ません、特にスパイクNLOSの発射機はヘルファイアミサイルよりも大型であり、現在のところ1:1でヘルファイアミサイルを交換する事は出来ないのです。そこでAH-64Eの強力なデータリンク能力を活かし、アメリカでは無人機との連接が、研究されています。
アメリカ陸軍は運用するグレイイーグル無人機の運用時間が100万時間を超えたと発表しました。グレイイーグル無人機はアメリカ陸軍が新しく装備した固定翼型の無人航空機で、アメリカ空軍が創設された際のキーウェスト合意により固定翼機の大半を空軍の管轄とした陸軍には装備の欠缺となっていた武器体系を補完する新しい航空機となっています。
グレイイーグルはジェネラルアトミクス社製、2021年3月16日に飛行100万時間を超えましたが、陸軍には250機以上が配備されています、エンジンは200hpと各種ヘリコプターと比較しても低出力ですが各種センサーに加えヘルファイアミサイル4発を搭載可能で、AH-64Eアパッチガーディアンからの航空管制を受け有人無人の混成戦術運用も可能です。
ヘルファイアミサイルを搭載出来るグレイイーグル無人機、それならば対戦車戦闘は無人機に任せ、戦闘ヘリコプターはいよいよ不要となったのではないか、こう反論されるかもしれません、しかし問題なのは、グレイイーグルの様な無人機がドローンと呼ばれる点、そこにこの種の機体の宿命がある点です、ドローンとは邦訳すると無人標的機なのですね。
無人標的機はもともと地対空ミサイルの訓練用に開発されまして、そもそもイスラエルが世界初の無人偵察機として開発したパイオニア無人偵察機も元々は無人標的機にカメラとTV動画伝送装置を搭載したものです、故に敵対戦力が高射機関砲や携帯地対空ミサイル以上の防空火力を持つ、例えばロシア軍や中国人民解放軍のような、相手には脆弱性が高い。
戦闘ヘリコプターの優位性は、匍匐飛行という超低空飛行を多用し敵防空火力の覆域においても接近し、地域制圧火力であるロケット弾と対戦車用のミサイルに点目標を正確に破壊する機関砲を併せ持ち、且つ防弾版等ある程度の生存性を有する点が、既存の武装ヘリコプターや無人機とは異なる点で、今のところこの生存性の優位性は揺らいでいません。
一方で、戦闘ヘリコプターには高い脅威度の地域へ進出し、任務に当る性能は付与されていますが、進出速度では、これこそ回転翼航空機の宿命なのですが、固定翼航空機には遠く及びません、そこでアメリカ陸軍では、AH-64Eを補完する航空機として複合ヘリコプターという、ヘリコプターの利点を幾つか犠牲とし高速飛行を重視した機体を開発中です。
アメリカ陸軍のFARA将来攻撃偵察航空機として開発されるS-97レイダー複合ヘリコプターの評価飛行が4月13日と15日に実施されたとのことです。S-97レイダー複合ヘリコプターはロッキードマーティン社とシコルスキー社が開発しているもので、シコルスキー社は1960年代から高速飛行が可能である複合ヘリコプターの技術開発を行ってきました。
S-97レイダー複合ヘリコプター評価試験はアラバマ州ハンツビルにあるレッドストーン兵器廠において実施され、二重反転ローターと推進用回転翼を組み合わせ、高速度の巡航飛行を可能とすると共に、同様の速度特性を有するV-22やV-280のような可動翼機と比較し、ヘリコプターの様な飛行特性を有し、高速巡航と発着まで速度領域と機動性の欠缺がない。
FARA将来攻撃偵察航空機は、対戦車ミサイルの運用能力を想定しています。もっとも防弾性能や機関砲の有無等からAH-64Eアパッチガーディアン戦闘ヘリコプターを完全に置換えるものではないとしていますが、極めて早い進出速度とヘリコプターと同様の運用特性を有しており、こうした機体へ打撃力付与はヘリコプター体系の転換点となりましょう。
陸上自衛隊の視点に戻りますと、戦闘ヘリコプターは近代化改修によりスパイクNLOSの搭載能力の付与は充分可能です。そして射程32kmのミサイルは、自衛隊が現在最も注力している島嶼部防衛に際しても、もちろん万能ではありませんが水平線に隠れた航空打撃という運用が可能となるでしょう。ただ、従来の5個飛行隊を維持する必要性は、難しい。
AH-64D戦闘ヘリコプターはAH-64E戦闘ヘリコプターへアップデートは可能です、そしてAH-64D戦闘ヘリコプターは一個ヘリコプター隊所要でしかありませんので、仮に航空打撃力を維持するのであれば何れはAH-64E戦闘ヘリコプターを新規調達せざるを得ません、しかし当初の様な62機の調達は、その行動範囲を考えれば如何とも言えないものです。
グレイイーグル無人機のような機体とAH-64D戦闘ヘリコプターを、方面隊毎に分けて装備し、必要な場合には統合任務部隊へ編入する、若しくはS-97レイダー複合ヘリコプターのような航空機を既存のOH-1観測ヘリコプターの後継機に、充てた場合は予算が難しい事になりそうですので、OH-1観測ヘリコプターの純粋な後継機に分ける等が考えられます。
いずれにせよ、戦闘ヘリコプターの時代は終わった、という理念こそが、実は、戦車の時代は終わった、という理念と同じ様に実は的外れで時代遅れとなりつつあります。もちろん、将来には歩兵携行可能なミサイルで数十km先を狙うものや、戦車が大型の対戦車ミサイルを迎撃するレールガン等を搭載する可能性もありますが、それはまだ先の話でしょう。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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